ルーサーという王の恋路は ②
ここまで割り込みで、次の部分の冒頭が少々変更です。
「オレだってアイツの幼馴染だ。一緒に過ごした時間はおまえほどじゃないかもしれんが。ルーサーの両親は親善外交と称してよく舞踏会を開いた。オレはメルカットに来るのが好きだった。ルーサーとよく遊んだ。二才年上のアイツはいつも大きく見えた。オレが誘拐されたとき、ふたりで勝手に町に出ていた。七才のアイツはオレを取り戻そうとひとりで盗賊団に喰ってかかった。アイツは切りつけられても怯まず、気を失うまで馬車を追ってくれた。左腕には今でもその時の傷が残っているはずだ」
「そんなルーサーがいつも話していたのが『僕の島のお姫さま』のことだ。アイツは二十年変わらず、おまえを愛している」
「僕の島に住んでいるお姫さまでしょ? レーニアが欲しかっただけじゃない」
「違う。『僕の大好きな、島に住んでいるお姫さま』だ。『島に住んでいる僕の大好きなお姫さま』と云い換えてもいい。毎年恒例の大きな舞踏会が済めば島に行ける。夏休みはあの子と過ごすんだ。プレゼントは何がいいだろう? 花の好きなあの子にバラをあげるとしたら、花束と鉢植えとどっちがいいだろう? 海水浴もしなくちゃ。今年はあの子、もう少し泳げるようになるかな? そんなことばかり云っていた」
「そんな子どもの時のこと……」
「いくつ齢が違う?」
「十才」
「おまえは子どもでもアイツは既に大人だった。アイツはずうっと待っていた。おまえが大人になるのを男らしく、紳士的に、おまえのスピードに合わせて待っていたんだよ」
「じゃあ、フランキ戦の時は? ドローイング・ルームでお茶飲んでぽつぽつおしゃべりして、私の手を取ろうともしなかった。いつもソファに座ったままで、あなたみたいに私に手を伸ばそうとしたことなんてなかった」
「それはアイツが本物の騎士で、オレが偽者だからだ。ランサロード南港近くの森でオレがしたことは、騎士にあるまじき行為だ。おまえは女だと知っていたのに、木に押しつけて覆面を剥いだ。キスまで奪った。おまえの合意もなしにだ。ルーサーのほうが余程いい男じゃないか」
「ルーサーは私に恋をしていたの? 幼馴染として気安いから、慣れてるからじゃなかったの? 手ごろなところにいたから結婚しようと……」
「違う!」
夫の声の勢いに驚いてしまった。
ハンスは大声を出して悪いと思ったのか、静かに語り出した。
「男にとって恋愛ってひどく恥かしいものなんだ。好きな相手の前では自分が自分でいられない。相手の言葉一つで、おろおろしたり絶望したりする。理性的でいたいのに、身体も心も云う事を聞いてくれない。身体は相手に向けて前進したがる。心は拒絶を恐れて後退する。頭はその両方をコントロールしたいのに、熱を持ってうまく働かない。自分の無様な姿を晒したくはないのに、男同士なら簡単にそれが見て取れてしまう。オレはルーサーに面と向かって『自分もピオニア姫に惚れてしまった。かくなる上は姫本人にどちらがいいか選んでもらおう』と云えなかった。ルーサーの思いが余りにも深く激しいと知っていたから。その上、早くしないとおまえをルーサーに奪られる、一刻も早くおまえの目をラドローに向けないと勝算はない、と思っていた」
夫の瞳に優しさが戻り、少し恥ずかしげに訊いた。
「女の恋はもっと単純なのか?」
ふたりそれぞれ、片恋の頃の逡巡を思い出していたのかもしれない。
「女はもしかしたら、想いを秘めて立ち止まっていることもできるのかもしれません。男性が行動を起こすまで知らんぷりできるかも。でも私は気付く間もなくあなたを目で追っていたと思いますけど」
「そうだな。会議中だというのに、発言してもいないのに、目が合うことが多かった気がする。おまえがピオニア姫でないことを、実は心から祈っていた」
ピオニアは肩を竦めるだけで答えにした。
「ルーサーはおまえが恋を知ったとき、その相手が自分であることを願って、おまえから求めてくれるのを待ってしまったんだ。アイツが大人だから、いい男だからだ。確かにルーサーは不器用だ、おまえに恋する自分の姿を見せられなかったんだろう。もう長い間、一種保護者のような感覚で見守ってきたから」
「でも私はその過保護さに堪えられなくなってた」
「そうだな。それだけがオレの勝機だった。だから、頼む、おまえだけは、想いを寄せてくれる男の不器用さを笑いものにはしないでくれ……」
夫の言葉が身体の奥に沁み込んでいった。そう、ルーサーは彼なりに私を愛していた。それは最初から疑ったことはない。彼から恋とか情熱というものが汲みとれなかったのは、自分も馴れてしまっていたからかもしれない。
少し軽く答えることができた。
「他の男にどれ程愛されているか、自分の夫に説明してもらうなんて、とってもヘンテコな気分だわ」
「いいだろ、オレがどれだけルーサーを褒めても、もうおまえはオレのものなんだから」
「気を抜いたらどうなるか、知らないわよ〜」
怒られて始まったこの会話だったが、ピオニアはハンスの心の中をもっと見せてもらえたようで嬉しくなっていた。