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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第九章 親になるということは
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他国の城塞では


「ほら、いい加減食事を始めたらどうだ? 実は給仕係が温かいブイヤベースを出したいと控えているんだが?」

 サリウが促した。

 テーブルに載っている料理はエビやカニの冷製だ。それだけでも十分嬉しいが、十一月に入った途端の夕食にほかほかのシーフード・シチューが味わえるなど、想像もしていなかった。


「さすがサリクトラだな、オレたちの好みを知ってやがら。ランサロードの王子様は森のキノコが恋しいか?」

 フルクの毒舌が止まらない。

「いや、美味しいよ」

 ハンスの笑顔にいつもの輝きがない。隣のパーチが心配して小声で話しかけた。

「内緒にしてフルクをイラつかせるよりバラしたほうがいいと思ったんだが」

「ああ、いいんだ。秘密にしていたわけでもない。今日は朝からずうっと目の敵にされていて。オレはまだ帆の開閉もまともにできない……」


「おまえに操船を期待しちゃいない。夜行性だから眠たいんだろ。その上、リーダーとしての気負いもある」

 パーチはもの静かな落ち着いた男で、長い間漁業長としてフルクの上に立ってきた。

「なんでパーチが船団長じゃないんだ? おまえのほうが年上だろう?」

「大型船の操縦じゃ、フルクに敵う男はいないさ。いや、どんな船でもそうだろう。オレはたぶん、魚のいる潮目を見切るのが得意だ。アイツは風を読んでどんな海でも渡っていく。魚はついでに獲ってくるって感じだな」

「そうか、漁師にもタイプがあるってことか。オレは鈍感だそうだから、どこが気に入らないのか本人に訊いてみるよ」

「あんまり気にするなよ。根に持つヤツじゃないから」


 上座のサリウがまた話しだす。

「増強したメルカット海軍にうろうろされてはレーニアに戻るのが難しくなったかもしれない。だが、ひとついいことがあるから焦らないでもらいたい」

「いいことって?」

「フランキは当分攻めて来ない。メルカット新海軍の力量が測れるまで下手に挙兵はしないから、時間はある」


「そういわれても、なあ?」

「冬前には来ないとしても、春になったらわからんってことだろ?」

「フランキと戦うか、強くなったメルカット海軍を破るかどっちかだと思うと、レーニアを取り戻すのも夢のような気がしてしまうな」

 男たちは口々に不安を述べた。

「レーニアにはレーニアの生き方、戦い方があるだろう。それをじっくり考えて欲しい。私はレーニアとメルカットの戦争などもう見たくもない」

 サリウが一同を見廻した。

「オレたちだって好きで戦ったわけじゃない」


 ハンスは皆の言葉を聞いて気持ちがしぼんだ。

「レーニアを立派な民の国にして見せろ」と云った父、「選んだ限りはやり遂げればいい」と云ったピオニア。

 それでもやはり、レーニアを壊したのは自分自身だ。


 パーチの向こうに座っていたテームが前に乗りだしてハンスを見た。

「ハンスは明るいのがいいんだって親父が云ってたよ。どんな難問投げかけられても深刻そうな顔をしない。いつでも背筋がすっと伸びていてる。解決策のほうから寄って来てくれる感じがするって」

「ジンガそんなことを云ってたか? 自分ではいつも焦って必死なんだがな」

「必死だからって必死に見えなくてもいいってことなんだろうよ」

 パーチが付け足した。

「オレは王子だろうが何だろうがハンスが好きだからね」

 十五才の若者にそんなことを云われ、ハンスは咳き込んだ。が、やっと微笑み返すことができた気がした。


 食後二階の大部屋に案内され、雑魚寝でいいなら泊まれと云われた。翌朝サリクトラ・ランサロード間国境までの馬車も用意してくれるという。

 サリウにしてはサービス満点だ。民に混ざって食事を共にしたことでさえ驚きだった。


 ハンスはいくらフルクに嫌味を云われても、自分の人脈と情報網、視野は投げ出してはいけないと思う。漁師だからできることと元王子だからわかること、どちらが偉いか比べるものではない。引け目を感じる必要もない。それぞれの個性として持ち寄って、最善の策を練ればいい。


 まずはサリウだ。前回サリクトラ城で会ったときから情勢がかなり変わっている。三階の王の間に付いて上がった。

「この半月の間に急展開したな」

「ああ、ややこしくなった。フランキには、東の国から来た海賊上がりの男の情報は流しておいた」

「そうか、ありがとう。ところでルーサーはどこで何をしてるんだ?」

「それが、書状を出しても返事はみな外務大臣から戻ってくる。内政立て直しのために国内を巡幸しているとか、ただ離宮に籠っているだけとか、噂はいろいろだ」

「困ったな、デルスをのさばらしたくはないんだが」

「ひょこひょここっちの海に入られたら私も困る」

「メルカットが内側から植民地化されたらどうするんだ」

「最悪、なりかねん。外交、軍務を任すなど、骨抜きにされかかってるように見える」


「おまえとオレの見解は同じ、だな?」

「ああ。ルーサーのことはおまえのほうがよくわかるんじゃないのか? 仲良しだっただろう?」

「ピオニアが絡んでから、オレもアイツも自分を見失ってるよ。ルーサーはメルカットの地下牢で、オレだと気付かなかったんだ」


 サリウはため息を吐いた。

「恋愛にそれほどの意味があるとも思えんが」

「恋に落ちるときは突然だ。おまえも楽しみにしてろ。今日はいろいろありがとう。あ、明日フルクは漁船でレーニア対岸のメルカットに戻りたいというと思う。手配できるか?」

「買い取ると云うなら売ってやらんでもない」

 サリウがにやりとしたので、冗談だとわかった。


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