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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第八章 島に帰るためには
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旅行の帰り路で

 

 アストリーの森に向かいながら馬車に揺られた。ハンスは病痕を隠すために黒いマスクをしている。あの処刑逃れ騒ぎから、顔に痕のある者はどうも人目を引く。それが逃亡者を捕まえようとしているのではないのがおかしい。

「おまえ、あの病痕者か? うまくやった、すごかった、自分も行進した」などと話しかけてくる人々が後を絶たないのだ。


 馬車に揺られながらハンスが笑う。

「な、フルクはやれること全部やってるだろう?」

「そうね、なびいちゃおうかしら」

「いいヤツだよなあ。でも浮気は許さないから」

「本気は?」

 ピオニアがからかうと、ハンスはことのほか淋しげな顔をした。


「そんな顔しないでよ、本気にしたの?」

「あんまりいじめないでくれ、恋敵相手にするの疲れるんだぜ?」

「あなたでも?」

「オレだって嫉妬もするし自信も喪失するんだよ。パラスなんてほんと、どうしようかと思ったよ」

「パラス? 知ってたの?」


「ヤツと何かあったのか、あの夜とか」

「何を云ってるの? 話をしてスープもらっただけよ」

「いや、抱きしめた」

「歩けなかったから抱き上げてくれたの」

「違う、こないだ抱きしめたとき、パラスに何のためらいもなかった。絶対初めてじゃない。人妻歓迎するのに抱きしめるヤツがあるかい?」

「ハンスは嫉妬深い、知らなかったわ。あの夜、覆面殿を元気づけるために、友達としてギュッとしてくれたの。それだけよ」


「ほんとに?」

 ハンスはピオニアの腹に手を当てた。

「パラスの子供じゃない?」

「ハンス!」

 ピオニアはムッとして、ハンスの持っていた手綱を横から引いて馬車を止めた。

「云っていいことと悪いことがあるわよ?」

 ピオニアは怒りが涙に替わりそうだ。


「ごめん、オレのほうがしっかりしなくちゃならないのに」

「憶えてるでしょ、落城前の雨の日、フルクのお蔭でゆっくりできたじゃない。『離したくない』ってひっついてたでしょ? あの日に授かった赤ちゃんなのよ?」

「あの日? 悪い予感ばかりして、もう離れ離れは嫌だって心から念じたからな」

「私だって、ずうっと傍にいたいって思ってた」

「あの日の思いの結晶なんだな」

 ガタンと音をたてて、馬車はまた動き出した。


 アストリーですぐできることは余りなかった。戸籍のことを知ろうにも、アストリーは流れ者、喰い詰め者の集まりだ。税金台帳に名のある者がいない。

 普段から、税として軍事協力や狩り場の提供、森の食材の納入などで代替させてもらっている。いってみれば、ルーサーは「アストリーの森」という荘園を持っていて、その中でのことはアストールに任せきり、個々人を把握しているわけではない。

 

 そこでハンスは改めてアストールに調査依頼をし、メルカットに長居をするのも賢明ではないので、早々にランサロードの森に戻った。

 

 ハンスは馬車を、自分たちの小屋ではなく医院に停めた。エリオかシェル、どちらかの医師が交代で詰めていてくれる。

「エリオ、ピオニアが大丈夫かどうか診てくれ。順調だろうな? なぜ旅行前にオレに本当のこと云わなかったんだ? 気分転換になるとかいい加減なこと云いやがって……」

 

 エリオのほうはピオニアに口止めされていた手前答えようがなかった。逆にハンスの慌てぶりが面白かった。

「姫さまは大丈夫です。つわりも治まり、食欲もでてきたでしょう? 疲れないこと、たくさん食べることです。貧血になりやすいですから。それから甘やかしはいけません。適度の運動が必要です。姫さま、旅行いかがでした?」

「楽しかったわ。そうそう、パラシーボのワース医師がよろしくって。エリオとシェルが元気か心配していました」

「そうですか、若手の伸び盛りでこちらのいうことを全て吸収してくれましたからね、良い医者になったでしょう」


 エリオは憮然としているハンスに笑いかけた。

「ハンス、ハンスはハンスのすることをする。姫さまは姫さまで自分を大事にする。ハンスがべったりくっついていたって、すぐには出て来ないですよ」

「いつ頃出てくるんだ」

「春になったら、です」

「そんな春っていったって新年か、立春かてんで違うじゃないか」

 ピオニアが隣で「ブルーベルの咲く頃よ」とクスクス笑った。

「それじゃ、春も晩春、初夏手前じゃないか」

「だから安心して待ってて」

「安心してだと? 六か月もやきもきさせられるのか……」


 翌日ハンスはジンガと打ち合わせし、船を取り戻しに行く算段をしたようだった。



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