島に帰るためには
「こっそり忍びこんで島に定住するにはあとどのくらい、待たなきゃならない?」
ハンスが真面目顔を取り戻して訊いた。
「そうだなあ、その三家族は新しい入植者が来たんだと思うだけだろうし、州知事も『またきたか』ってだけだしな。レーニア人とメルカット人、見た目が違うわけじゃねぇし、言葉もメルカットの海岸地方の訛りとほとんど同じだろ? それはいいんだが、問題は税金台帳なんだ」
「レーニアに住むと税金払わなくていいんだろう?」
「ああ、二年間。それがメルカットに残った家族にもなんだ。親、兄弟、子供までらしい。だから台帳と、もしかしたら戸籍か、までしっかりしとかなきゃだめみたいだ」
フルクに似合わずため息をついた。
「オレはメルカット人と結婚して入植し、後で妻を追い出すってのしか思いつかないんだ」
「いいんじゃないか? メルカットのお嬢さんをお嫁にもらえよ。すぐに追い出す気なんてなくなると思うがな」
「オレはおまえと決闘してピオニアさまを奪うんだ」
「まだ云ってんのか?」
ハンスは肩をすくめた。
「いつでも受けて立つよ。でもそれより名前さえ借りられればいいんじゃないか? ご本人には旅にでも出てもらい、ご家族には二年間無税を楽しんでもらって。二年後に本人がメルカットに戻っても誰も気にしないだろう? でもレーニアにはオレたちが素知らぬ顔で生活を続ける。だがそうだな、課税対象でない子供たちが問題かもしれんな。家族構成がぴったり合う隠れ蓑が見つかるといいが。メルカットって何才から戸籍に載せるんだ? そこを調べないと」
「レーニアは七才からですけど」
「ランサロードは十才からだな」
フルクはハンスの出自を知らないが、なぜランサロードが出てきたかは問い詰めなかった。
「もうひとつ、島を二十に区切ってそこしか使えないってのは本当か?」
「ああ、区画ごと杭があちこち打ってある。土地所有権ってのがあるらしい。森なら森だけ、浜なら浜だけらしいぜ」
「それじゃ喰えないのは当然だろう。一度にたくさん入植して融通するしかないな」
「だと思うぜ」
「いろいろ調べてくれてありがとう、フルク。どうにかレーニアに帰れる気がしてきたわ」
「姫さんのいないレーニアなんてレーニアじゃないからな。ハンスなんかに惚れるからこんな苦労するんだぜ? オレに乗り変えないか?」
「人妻を口説くなよ」
「いいじゃないか、姫さまの決めることだ」
「フルク、ごめんなさい」
「じゃ、飽きたらでいいや。とりあえずレーニア取り戻そうぜ」
ハンスは思いが届かないやるせなさを知っている。自分が自分の、ラドローがハンスの恋敵で、一生二番手以下だと落ち込んだことも何度もあった。
恋の病にかかったら、燃え尽きて痛みがなくなるまで続けるしかない。
「まずは戸籍のことやら調べなきゃな。これはアストールの助けが要る。ここらでメルカット人として生活するのは難しいか?」
「何てことねぇよ。漁師連中と料理屋、指物師、お針子なんかならどうとでもなる。土地が要らなくて手に職のあるヤツらだな。船大工も修理だけならいける。森の中で燻っていても何も始まらんからこっちへ来るならくればいい。三年ここで税金払い続ければ、メルカット人として戸籍に入れる」
「あ、そうか、おまえはそれを狙って……」
「仕方ないだろ、偽装結婚なんてできるほどオレの心は器用じゃねぇ」
「やっぱりいい男だな、おまえは」
「ハンスに云われたかねぇよ、姫さまにそう思われたいね」
ピオニアは微笑するだけにした。自分はフルクの思いに応えられないのだから。
「それから……」
ハンスの言葉をフルクが遮る。
「まだ何かあるのかよ?」
「もしかしたら冬前に、フランキが攻めてくるかもしれない……」
「冗談だろ?」
「そう祈ってる。だが、備えは必要だ。北の国に置いてきた船、取りに行きたい」
「人数さえそろえば海路は簡単だ。西の浜に古い方の中型船がある。あれで行けるだろ。大型船五人、メルカット型船四人、中型船三人ずつ、合わせて十五人船乗り連中が集まればいい。でもどこに舫うんだ? 東の湾はたまに州知事が見廻るぞ?」
「サリクトラの入り江に隠す」
「そうか。じゃ、中型船チェックしたり、荷物用意したりしておくよ」
「ありがとう」
「おまえのためにするわけじゃねぇ」
フルクがまたそっぽを向いたのでピオニアが云った。
「本当にどうもありがとう、フルク。身体、気をつけてここで頑張っていてちょうだい。あなたがレーニアへ戻る前線基地だから」
「任せてくれ。じゃ、姫さま、元気でな」
「ええ」