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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第八章 島に帰るためには
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漁師の恋敵と無職の王族


 メルカット国内に入り、ハンスはまずフルクを捜すつもりだ。

「身重の妻が、まぐろが食べたいと云うんでサリクトラまで行ったが、不漁続きで……」

 と、訳のわからないことを道行く人々に話している。

 ピオニアはより身重に見えるよう、クッションをお腹にあてがうことにした。

 そして、

「それなら、ダーソン村に行ってみな。外海の魚獲ってる漁師がいるってよ。皆と同じ船で出るのに帰りはいつも外のさかなで一杯だって。まぐろも獲ってるかもしれねぇ」

 という耳より情報を得た。


「もしかしてレーニアで船乗り換えてるの?」

「そうだろうよ。アイツのことだから、レーニアがどうなってるか自分の目で見てるだろうし、もしかしたら城に忍びこんでる」

「でもダンジョンの鍵は?」

「中庭に棄てた。が、州知事がのん兵衛なら鍵壊してでもセラーに入るさ」


 ダーソン村は七、八軒の家が集まった漁師村だ。ただ最近は、外海の魚が手に入ると聞きつけて、朝市が有名になってきていた。貴族たちがものは試しと召使を買い付けに寄越すのだ。

 お昼過ぎに村に入ったふたりは、宿屋兼お食事処でまぐろ料理にありついた。


 ハンスは、「身重の妻のために次はいつまぐろが手に入るのか知りたい」と云い張って、フルクとおぼしき男の住所を聞き出した。そこはぽつんと離れた、一番海に近い掘っ立て小屋だった。

「昼間起こすと機嫌が悪い」と宿の親爺は忠告してくれたが、寝かしておくわけにもいかない。


「フルク、いるか? 入るぞ」

 ハンスはズカズカと入り込んで家主の顔を覗き込んだ。

 眩しいせいか顔に枕を抱いて背中を向けている。

「フルク、寝てていいのか? ピオニア姫のおでましだぞ?」


「誰だよ……、昼間起こすなと云ってあるじゃないか」

「私です」

 ピオニアが笑いかけた。

「姫さま! おどかしっこなしですよ、寝込みを襲うなんて。なんだ、ハンスも一緒かよ、うんざりだな」

「すまない、ふたりっきりにさせてやれなくて」

 ハンスは飛びきりの笑顔を見せる。


 毛布にくるまったままでフルクは起き上がった。

「落ち着いたから知らせようと思ったんだが、こちとら字が書けねぇ。代筆頼むにはまだ周りを信用できないんで、誰か来ねぇかなとは思ってたんだ」

「そうだろう? あまり危ないことするなよ、外海の魚獲ってるって噂、随分広まってるぞ? ルーサーが気付いたら、レーニア人だとバレる」

「毎日獲ってるわけじゃないんだが。こっちの船がかったるくて嫌になったときと、ちょっとこづかいが欲しくなったときだけだ」

「それとレーニアが気になったときだろう?」

「そうだよ」

 恋敵に真意を云い当てられて、フルクはしかめっ面をした。


「姫さま、ワインが次から次へと無くなってる。ハンスのハリエニシダがぼさぼさで、クエヌはまた嘆くだろうなあ。城の中庭にいた家畜たちは橋を渡って島中で遊んでる。ぶどうが結構実ってて収穫時期を逃したのが残念だな」

「城内は荒らされてない?」

「荒らす気も片付ける気もないな、あれは。オレたちが出ていったきり。割れちまった二階中央のステンドグラスだけは普通のガラスが入ったが。屋上にあるミカンやらをオランジュリーに下ろさなきゃと思ったんだが、ひとりじゃ動かせねぇ」

「収穫も剪定もできなかったわね。この冬とうとう枯れちゃうかしら」


「濠の水は気持ち悪いんで、一回干上がらせようと思って水門閉めたままだから、州知事は『どうして水が無くなるんだー』ってわめいていたぜ」

「可哀想な知事さんをねちねちいじめてるんだな」

「ああ。今住んでるのは港周りに三家族だけだ。牧草地を畑に変えようと頑張ってるが、まあ無理だな。海風がきついから牧草地になってるんだから。ハリエニシダ抜くだけでも冬までに終わらねぇ」


「木はどうだ、あちこち切り倒されたか?」

「おまえと違って全部憶えてるわけじゃねぇからなあ。ハリエニシダの垣近くのどんぐり林から二本、北山から五本くらい、いかれたかと思う」

「ヤバイ」

「何がだ?」

「去年のちょうど今頃約束させられたんだ、一年後に船が十隻作れないと営林大臣としてただ働きさせられるって。籠城中にも何本も切られたし、無理だな」


「ハンス、そんなこと憶えてるの?」

「憶えてるさ、初めてお城で食事した日だもの」

 ピオニアはぽっと赤面した。あの日「やりにくい相手」だと思ったのは、自分がどぎまぎしていたせいじゃなかったか。

 フルクは「惚気るんじゃない」とそっぽを向いた。


「あら、私あなたにお給金払ってないわ。いつからだっけ?」

「あ、そういえば、そうだ。あの日までは営林大臣室の箱に金貨が入ってた。一日一枚。ほとんど北山の石壁につぎ込んだけどな」

「あの日って?」

「ケンカ別れの日」

「あら」

「もう半年以上ただ働きさせられてるじゃないか。その分はもらう権利があるな」

「でも私もお金ないわ。お城の金庫は無事なのかしら? あれ、もう私のお金じゃないわ。お姫さまじゃないんだもの。私もただ働き?」


「なんだ、夫婦そろって無職かよ、情けねぇな」

 フルクがつっこんで三人心から笑った。


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