進水式では
十日後レーニア初の大型船が完成した。他の準備で国を離れられなかったピオニア姫も覆面の騎士姿でランサロードに赴いた。そして白ワインを船体に浴びせかけ簡単な進水式をとりおこなった。
ラドローは乗船してみて船の広さと安定感に驚いた。
「これがレーニアの造船技術か。サリウも驚くだろう」
「サリクトラには、もっと大きな船がたくさんある。造り方がまったく違う」
ピオニアは逢えない間の思いのたけを秘めて、恋人に覆面の騎士として接するのは少々手こずった。いつもよりぶっきらぼうだ。
ラドローのほうは普段通りの彼に見えた。
「これをピオニア姫に進水祝いとして渡してくれ」
森で十本のブルーベルを摘んで花束にしたらしい。あの日足元で咲いていた紺色の釣鐘状の花だ。顔を背けて波濤を眺めているのかと思ったら、顔色を隠していたようだ。
同じ色にならないように、ジーニアンは甲板を見たまま短く答えた。
「承知した」
ラドローが下船すると、船はみるみるうちに帆に風をはらみ出航した。まずは八の字に船を進め舵の按配を確認すると、一路南に向かう。
サリクトラ岬沖でフランキ軍に見咎められるのが一番怖い。サリウからは「フランキ軍船はみかけない」と報告が入っているが、この船を遠くから目ざとく見つけて動き出すこともある。
フランキに向いたサリクトラ、レーニア、メルカット海岸線に緊張が走る。
「なぜ陸路で帰らぬ?」
海では護衛もできないラドローが先刻苛立たしげに訊いた。
「士気が落ちるからだ」
「おまえが処女航海で死んでは困るだろうに」
「自国の船が信じられなくてどうする?」
ピオニアは舳先に立って潮風を浴びながら、自分の態度を思い苦笑した。
「可愛くない女だこと」
ラドローは、船着き場の先で同じ会話を思い出していた。
「これがオレの姫か」と思う。
――あの夜腕の中で震えていたくせに、今日は大胆きわまりない。それが国を背負う、国是というものなのか?
ラドローは船影が消えるまで眺めるともなく海をみていた。
二日後レーニアからラドローのもとに早馬が届いた。「ご厚情いたみいります」との形式的な文にブルーベルの押し花とピオニアのサイン。
ラドローは花とサイン部分を内側に折りたたんで懐にいれた。