合流すれば
「ルーサーもバカではない、アストリーに踏み込んでくる」とのアストールの助言に従って、ハンス、アストールと仲間ふたりは、当座の身の回り品を持ってそのまま旅に出た。
「大丈夫か、腹減ってるだろう?」
「いや、たまにパンももらってたから一時間くらいは走れると思う」
とりあえず一行は馬で北に向かった。
ひとしきり馬を走らせて、国境のブランウィックの森の中に今日は泊ることにした。ここはメルカットの北西部、パラシーボ領に隣接する森で、木の実が豊富だ。手下たちがノウサギを捕まえる間に、ハンスは木苺を頬張った。
「ありがとう、死なずに済んだよ」
ハンスは改めて礼を云った。
「捕まるなんて下手うつからだ」
「しかしすごい数の人間を集めたな。死傷者はでてないだろうな?」
「怪我人がひとり、兵の矢にあたった。連れ出してすぐ手当てしたはずだ。姫さんはきのうまでアストリーにいた。いろいろ手伝ってもらった。今はランサロードのどこかの森で国の者と一緒だ」
「ピオニアはどうしてアストリーに?」
「おまえを助けてくれって頼みにきた」
「いつだい?」
「わしがおまえと会って次の次の日だな」
「ランサロードから馬でか?」
「パラス領からだった」
「そうか」
「いつのまにサリクトラを仲間につけた?」
「一昨日だ。サリウにバレた」
「そうか。それでこれからどうする?」
「追われてないことが確認できたら皆と合流するよ。勝手のわからないランサロードで困っているだろう。全てはそれからだ」
「姫さんは冬の間にレーニアは無人島になると云っていたがそう思うか?」
「ああ。荒れ放題だからな。冬までに人が住めるようにはならない。メルカット人が住めるようにはな」
「今回の民衆の声にルーサー王は、少しはショックを受けただろうか? 自国の内政立て直しに目を向けてくれるといいが」
「そりゃそうだろう、あれだけの人数を集めて『王様反対』を唱えたんだぜ? その隙に皆でレーニアに戻るよ。何もなかったような顔してね」
「そう簡単にはいかないだろうがな」
翌日、アストールと分かれ、一日中馬を駆けさせた。風の噂を頼りにランサロードの南の森に入ると、思ったより容易に見慣れない集落が見つかった。広場に火を起こし、ジンガたちがそれを囲んでいる。
「ハンスお帰り。早い方だな。フルクたちはまだだ」
「こっちは馬だったからな。皆無事なんだろうな?」
「もちろんだ。怪我人も出てないよ。アストールの作戦は凄いな」
劇的な再会でもなかった。男同士の抱擁もない。ハンスは買い物からでも帰ってきたように仲間の輪に合流した。
「助からないはずがない」と信じて行動すると、えてしてうまくいくものだ。
その点ピオニアは、夫の身を案じ過ぎだったかもしれない。
「オレのことより、船旅はどうだった? 北の国からここまでは?」
「どうなるかと心配したが、思ったよりスムーズだった。北の国ではもう雪が降っていて、でもすぐ南に行くようにといわれ、たくさん歩いたが日増しに温かくなるような気がしたよ。ランサロード国境で役人に捕まって、咎められるのかと思えば、逆に馬車に乗せてくれ、ここまでたどりついた。」
「たくさん歩いたけど大丈夫だったよ!」
近くに座っていた子供たちが会話に混ざった。
「一昨日、王子様に会ったんだ。『どうですか? 不便はありませんか?』って聞いてくれて、カッコよかった」
「そうかそうか。それで、姫さんは?」
アンナが答えた。
「どこに行ったんだろうねぇ。そろそろ夕食だっていうのに」
「じゃ、その辺探してみるよ」
ハンスは針葉樹の間を歩き始めた。ほどなく木々の間をうろつく妻の姿を見つけた。
「姫さん」
「ハンス、無事だったのね、よかった!」
ピオニアは早速夫の首根っこに飛び付いた。
「何してたんだい?」
「あのね、ブルーベル見つけたらあなたが帰ってくるかなーって思って」
「はは、あれは春の花だよ」
「そうだった?」
暮れ方の森の中でもハンスの笑顔は眩しかった。
「でも帰ってきただろ?」
「全てうまく行った?」
「壮大なスケールでうまくいったよ。ひとり敵の矢で怪我人が出たのが残念だが。大人数が寄り集まると、あんなことができるんだな、武器も持たずに。オレは牢番が手首の紐の解き方教えてくれて、アストールは首つり縄を火矢で射抜いた」
「さすがね」
「今回はアストールもパラスもハイディもサリウもいいヤツだなあと思った」
「サリウも?」
「ああ、暴動を危惧してルーサーに忠告に来たんだ。一目でオレだと見破りやがった」
「ルーサーは知ってるの?」
「いや、アイツは要らないことは云わないよ。オレが死ねば自分が一番の剣の名手だとは云っていたが、まあ、それは本当のことだ」
「あのね、パラスのお母さまにお礼に行かなきゃ。ふたりで戻っていらっしゃいって」
「王太后はお元気だった?」
「とっても」
「そりゃあいい。オレも何年お会いしてないかな。パラスにも心配かけたから会ってくるといいんだが。これからのこと、明日相談しよう。それで、オレたちの小屋はどれだい?」
「ひとりだったからテントにいたの。小屋は家族で使って欲しくて」
「そっか、また建ててやるよ。テントはこれか?」
ピオニアは頷いた。
「狭いなあ。ふたり入れるかなあ。よいしょっと。さ、ピオニア、見せてごらん」
「え、何を?」
「股ズレ」
「イヤ、イヤよ」
「ランサロード城からパラスの城経由アストリーの森を二日間。おまえ海戦で負けてから馬は島に放し飼いにしてたろ? オレがレーニアに戻ってから馬乗ってるの見たことないぞ? となると、肌は相当弱ってたはずだ。診断は避けられない」
「エッチ」
「エッチじゃない。心配してるんだ」
「えっちよ」
ふたりが存分にいちゃいちゃしたのは、いうまでもない……。