死刑前夜には
民衆たちは少しずつ増えていった。アストリーの森に野宿もしていたが、メルカット城下町にたむろする者、一度は投げ出した畑にキャンプする者、いろいろだ。明日の処刑時刻を目標に、もっと広場に集結するだろう。
アストールは絞首台からはちょうど逆光になる、大きなとちの木の上から矢を打つつもりだ。ハンスを吊るすロープを火矢で燃やし、ルーサー王の度肝を抜く。射程ギリギリの強弓を使うらしい。
ピオニアのもとにはレーニアの男たちが五十名ほど到着した。ジンガはランサロードの森での新しい暮らしに目途をつけるべく、男たち全員には参戦を許さなかった。
アストールにコンタクトしてきたパラスの私兵、ランサロードの兵に合わせ、予想に反してサリクトラの私兵と軍力に不足はない。
作戦としてはとてもシンプル。
皆と一緒に騒ぎ立てる
配置されている護衛兵に弓が引けないほど接近して取り囲む
武器を奪う
ハンスが近づいたらすぐ人垣で囲む
それだけのことだ。
アストールはレーニアの老兵パーチとオフィルに姫をランサロードに連れ帰るよう命令した。
「人数は十分過ぎるくらいだ。姫は弱点になりうる。遠ざけてくれ」
「しかしハンスのことはわしらの国のことで」
「姫もおまえらの国のことだ。ハンスはわしの弟分、任せろ」
ピオニアは遠目にもハンスの姿を見たかったが、聞きわけてランサロードへ発った。
その頃メルカット城の地下牢ではハンスが、牢番のふたりに「いろいろありがとう」と云っていた。
「恥ずかしいとこたくさん見せてしまったな。自分でも自分の匂いに閉口したからそっちもうんざりしただろう?」
すっかり仲良くなってしまった牢番たちは、心配そうに訊き返した。
「明日殺されるんだぜ、恐くないのか?」
「たぶん殺されないと思うよ」
「大抵、前の夜は泣き喚くんだぜ」
「そういうもんか? ところで明日ここを出るときオレの手縛るのは誰だい?」
「皆触るの嫌がるだろうからオレたちじゃないかな」
「もしできたら少し緩めにしてくれないか?」
「できねぇよ、お咎めうけちまう」
「いや、とがめだてしてる暇ないと思うんだ、王様は。暴動が起こるから」
「本当なのかその話?」
「ああ。オレが姫さんと結婚したからって殺すこたぁないだろう? それでオレの仲間たちが怒って騒ぎ立てるんだ。ひどかっだろ、最近の王様。税を取り立てるばっかりで戦争し続けて」
「ああ、それでピオニア姫に逃げられちまって情けないよな」
「もし緩めてくれるんだったら、王様に捕まる前にアストールのとこにいきな。そしたら大丈夫だ」
「じゃあ、オレが解き方教えてやるよ、オレはきっちり結ぶけどな」
「いいのか?」
「どんな結び方するかまでは命令されてない。ひもの端ひっぱれば解けるようにしよう。ほら後ろ手に縛られるだろ、しやがみこんで端を踏んづけるのさ。少し長めに残しといてやるから。あの世にいっちまう前にしゃがむことができたら、手は自由だよ。だが兵隊に槍で刺されちまうだろうがな」
「よくわかった。これで助かったも同然だ。本当にありがとう」
「礼は助かってから云いな」




