もうひとりの王様が来て
処刑を明後日に控えた暑い日に珍しくサリウがルーサーを訪れた。
「ルーサー殿、木こりの処刑は延期したほうがいい。ここ何ヶ月かで貴国から流入してきた食いつぶし者どもがいっせいにこちらへ戻り始めた。暴動が起こりうる」
「流民が戻るのは私が戦争に勝って、これからまた落ち着いた暮らしができると思ってのことだ。喜ぶべきではないか。貴殿もうちからの難民の流入に閉口していたであろう」
「痩せた国土に必要以上の人口は要らぬゆえ、こちらは厄介払いできて好都合だが、流民どもは口々に『木こりを殺すな』『税金返せ』などと口走っている。束になると扱いにくいですぞ」
「内政干渉はご遠慮願いたい」
「そう仰るのならもう何も申すまい。失礼する」
「そう怒らずに私の捕虜を見物して行かんか? パラスもハイディも興味本位に見ていったぞ」
「病痕木こりをですか? どうでもよいが」
「まあ、そう云わずに」
ルーサーはサリウと連れ立って地下牢へ下りた。ルーサーはムチをとると久々に囚人を責めたてた。
「おまえのせいで民衆が暴動を起こすそうだぞ」
バシン。
「この疫病神め」
ビシッ。
「さっさと姫をさしだせ」
バシッ。
「貴殿もいかがかな? 少しは気が晴れますぞ」
サリウは階段の最下段で、まだ汚臭がするのか伝染を恐れてか、急にハンカチで口を覆った。
「そうですね、実は弱い者いじめは好きな体質でしてね。でもそれをルーサー殿に見られると思うと本領を発揮するわけにはいきませんな。うちの地下牢にはもっといろいろ責め具を取り揃えている」
「一応大事な人質だから、余り酷いことはしないでくれ」
「いや、手ぬるいですよ。姫の居場所を吐かせるなら爪の下に針を刺すくらいはしないと。繕い女から縫い針を数本、もらってきていただけませんか?」
「私はそんな趣味はない。手持ちのもので楽しまれるがよい」
ルーサーはすたすたと地上階に戻っていった。
逆にサリウは階段の最後の一段を降り、日ごろの潔癖さに似合わずハンスに近づいてきた。ハンスは繋がれた両手の爪を隠すかのように、つい拳を握ってしまっていた。
「おまえだろう、ラドロー」
「何だ、もうバレたのか、まいったな」
「あまり衰弱してないじゃないか。もう五日間もこのままなんだろ?」
「病人には優しいんだよ」
「ほんとに病痕者になったのか?」
「そうだ」
「それで悲観して国を離れこんな騒ぎを起こしたのか?」
「いや、順番が逆だ。」
「どういうことだ?」
「こういう騒ぎを起こしたかったから国を離れて病気をもらった」
「理解できない」
「レーニアがランサロード領になったらおまえも嫌だろう?」
「それはたいそう嫌だ。おまえの陸軍とレーニア海軍に挟み撃ちにされると思うとぞっとする」
「というわけさ」
「ランサロードを弟にやって、おまえはレーニア王か?」
「違うよ、オレは木こり」
「じゃ、女が欲しかっただけ?」
「そうだ」
「バカな」
「そうだな。だが、いい加減ルーサー諦めさせてくれよ。オレは好きな女とひっそり暮らしたいだけなんだ」
「ルーサーに理解できるとは思えん。オレにもわからんのに。女なんて周りの国から何人か迎えて侍らせときゃいいじゃないか」
「できなかったんだよ」
「おまえは頭のいいヤツだと思っていたんだが」
「違ったみたいだな」
「それで、助かる見込みは?」
「さあ」
「絞首刑になるつもりはないだろう?」
「自軍を差し向けて助けるつもりもないだろう?」
「ないな。とんだ茶番だ。レーニアはレーニアらしくしていてくれたほうがいいが、別におまえはいなくてもいい。おまえが死ねばオレが一番の剣の名手だと云えるしな。
そうだな、ルーサーに民衆の前でおまえを許したら王の人気が絶大に高まると進言しておくよ。処刑をやめないと暴動にかこつけて暗殺されるとも云っておこう。
この暴動全部がおまえを助けるために仕組まれてるってとこか……。敵わんな」
サリウはそこで滅多に見せない微笑を浮かべた。
「職業軍人が必要なんじゃないか? まわせる手勢がいれば民間人に化けさせて暴動に参加させるよ。誰の指揮を仰げばいいんだ?」
「アストールだ。助けてくれるのか? ねちっこい拷問するんじゃなく」
「バカ、ルーサーを追い払っただけだ」
「おまえならやりかねんと思ってビビったのに」
「あのなあ、おまえのことは嫌いじゃないんだよ。そのくらい、わかっとけ」
サリウの頬に色がさしたのを見るのはもう十年ぶりだろうかと、ハンスは嬉しくなってしまった。




