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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第七章 捕虜になってしまったら
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捕虜救出作戦


「誰だ?」

「ラドローのことでアストール殿にお会いしたい」

「名を名乗れ。」

 一瞬ピオニアはためらった。ルーサーのお膝元で本名など名乗れるはずがない。

「ミズバショウと申す」

 あの日ラドローが見せてくれたランプのような白い花の名を告げた。


 アストリーの中はぴりぴりと緊張していた。密かに軍備を進めているのかもしれない。ラドローと一緒のときは人の気配など少しもしなかったのに。今は森に足を踏み入れただけで詰問を受けた。

 しかしあの時はラドローと一緒だったからこそ見逃されていただけなのかもしれない。

 

 ピオニアは弓矢を持った荒くたい男ふたりの間を歩かされた。森の奥に入っているのは確かだが、アストールに近づいているのだろうか?

 このふたりが自分を役人につきだすようなら剣で刺し殺してでも逃げなければならない。

 

 しばらく歩くとぽかりと空いた広場に出た。周囲に小屋やテントが見受けられる。ここがアストリーの中心かもしれないと思ったところで太い声が響いてきた。

「ミズバショウとはふざけた名前だが心当たりがひとりだけいる。こんなところにいてはいけない姫様のはずだが、まあこちらにきて座られよ」

「お初にお目にかかります。あなた様のことは夫からよく聞かされています」

「やはり、か。わしが弟のようにかわいがっている男の心を乱し、ひどい苦難に陥れた張本人だな」

「仰るとおりです」


「こんなところにいるのは、アイツの苦労を無に帰す無謀なふるまいだと思いませんかな?」

「思います。死なないこと、捕らわれないことが第一義です。しかしながら、あのひとを助けられるのはあなた様しかおらず、お願いに参上しました」

「頼まれずともアイツは助ける。心配ない」


「あの堅固なメルカット城です、どのように攻めるおつもりですか?」

「くちばしを挟みにきたのかね? 足を引っ張りたいのかね?」

「どちらでもありません。今私にできる精一杯のことがあなた様にお会いすることでした。お任せするしかありません。」

「仰る通り、城の守りは堅い。だが、公開処刑場は公開だ。急造の竹矢来の周りを見物人が押し合いへし合いする。一般人ではなく、我らが刑場を取り囲めば逃げ道をつくることはたやすい。そのまま騒ぎ立ててアストリーはメルカットからの独立を宣言する」


「一緒にいてはご迷惑でしょうか?」

「だめた。何が起こるかわからない。王はおまえが刑場に来ることを期待している。失神でもしようものならここにいますと宣伝するようなものだ」

「そんなやわではありません」

「それでもだめだ。女の見物客は面とおしされるだろう。森に残っても、メルカット軍がすぐに踏み込んでくる。危険すぎる。国の者はどうした?」

「北へ行きました。」

「ランサロードには入国できなかったのか?」

「はい」

「しかし、きのう、ハイディ殿が面会しているはずだ」

「ご足労くださったのですね、ハイディさま」

「では、北の国経由陸路でランサロード入りするだろう。おまえも戻った方がいい。ランサロードへでもパラシーボへでも」


「今日、明日ここにいさせてください。何でもさせてもらいます」

「姫に森の暮らしができるのか?」

「木こりの妻です」

「わかったが、少しでも危険を感じたら退去させるからな」

「はい」


 アストールは自分の小屋の横に小さなテントを建てさせ、そこにピオニア用の寝具を持ちこんだ。

「夕食の時間まで身体を休めていろ。いいか、くだらないこと想像するんじゃないぞ。ラドローはわしが助ける。だから安心して眠れ。食後からは働いてもらうからな」

「はい」

 ピオニアはテントに横になった。天布がすぐ目の前にあって息苦しい。

 しかし、もう大丈夫。アストールがいてくれる。恐いけど頼り甲斐がある。その思いで心は安らかだった。

 すぐ近くの城の地下に繋がれているハンス。会いたい。抱きつきたい。

 今眠ると起きられない気がして身体を休めるだけと思っていたが、いつのまにかピオニアは眠ってしまっていた。

 

「ミズバショウ様、ミズバショウ様、夕食食べてしまってください。片付きません。」

 女性の声で聞き馴れない名前で呼ばれ、ピオニアはぼうっとしていた。

「あ、はい、夕食でしたね。」

 自分の頬をパシパシたたきながらテントを出るとあたりはもう真っ暗で、その女性が足元を照らしてくれなかったら根っこにつまづくところだった。

 

 広場では野菜のふんだんに入ったイノシシ汁が焚き火の上で煮えたっていた。三つの鍋が用意されていたようで、二つはもう空になっていた。そそくさとピオニアも最後の鍋に向かった。

 いくら食べてもお腹いっぱいにならない。そういえば、ランサロードからここまで、干し肉とドライフルーツをかじりながら馬でとばしてきた。パラスにもらったスープ以外、食事らしい食事はとっていない。

 鍋を囲んでいる者たちは誰も遠慮などしていなかった。自分の皿が空になればまた鍋に向かい勝手におかわりをした。ピオニアも皆の例に倣うことにした。

 

「食欲があるなら見こみがある。やわではなさそうだ」

 アストールが声をかけた。

「こんなおいしい食事落城以来です」


 食べるにつれ目が醒め、頭が動き始めた。

 私はお客サンじゃない。食べさせてもらった以上に働かなくては。

「さて、ミズバショウ、これから檄文作りをする。おまえには頭も使って欲しいが、同時にこの羊皮紙にひとつひとつ書いていって欲しい。筆跡がバレぬように注意することだ。一枚ずつもって部下たちが周辺から人を集めてくる。民衆の心を代弁し、皆が唱和できるような短いものがいい。

 まずはわしからだ。『王様をこらしめろ。』思いついた者から口にせよ。ミズバショウ、次々書いていけよ」

 

『木こりを殺すな』『いい加減にしろ』『戦争反対』『生活を返せ』『木こりの結婚を認めろ』『王政反対』『畑を返せ』『アストリー独立』『王様引っ込め』『税金返せ』


「それだけか、ルーサー王に云いたいのは?」

「おかしら、こんなのもいいんですかい? 『失恋王ルーサー!』」

 火を囲んだ輪は爆笑した。

「逆にルーサーを怒らせないかしら?」

「怒ってもひとりずつ殴り倒すことはできんよ。おまえの云いたいことは?」

「『恋愛の自由』『レーニアを返せ』」

「レーニアを返せか、それはちょっと危険だ。『レーニアはレーニアの手に』としたほうがいい。これなら他国民でも云える」

「ありがとう。『木こりは森に。農民は畑に』」

「そうだな、流民になった者たちの声だな。よし、それくらいか、じゃあ、ミズバショウ、同じものを二十枚書き写してくれ」


「わかりました。武器で戦うのではないのですね、アストール」

「そうだ。民の力をみせてやる。レーニアの仲間はどうだ、声をかけたら集まるか?」

「これ以上皆に苦労かけたくないのですが」

「まだまだ姫様根性丸出しだな」

「姫様根性……」

「来たいやつはくればいい。おまえに言われてしぶしぶくるくらいなら来ない方がいい」

「どこにいるかわかれば連絡がとれるのですが。」

「ランサロードあたりでわしの部下が明日には見つけ出すだろう。心配ない」


 話ながらもピオニアはペンを走らせ、二十枚を書き上げた。

「どのくらいの人数が集まってくれるのでしょう?」

「数え切れないほどだ。ここ三ヶ月、徴兵と重税で多くのメルカット人が流民として国を離れた。そいつら全部と各地のわしの仲間たち、レーニアの皆、パラスとハイディがこっそりよこす私兵たち、そんなところか。刑場と城を囲んでぐるぐると二十周はできるだろうよ」

「そんなに!」

「烏合の衆ほど抑えにくいものはない。しかも陰でわしに統制されていれば」


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