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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第七章 捕虜になってしまったら
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友人である王の城では


 ジンガたちは北の国に向かった。ピオニアは船には戻らなかった。見覚えのある木こり小屋でジーニアンのいでたちに着替えると、パラシーボ経由メルカットへ入国しアストリーの森に向かうべく出発した。三日はかかるだろう。

 

 アストールだけはハンスそのものを知っている。ラドローの立場も含めて。国という枠に縛られない彼こそがハンスを助けられる唯一の人物だと思えた。アストールに会おう。ハンスから話を聞いているだけでどんな人物かはよくわからない。自分に何ができるかもわからない。それでも五日後の処刑をのんびり待ってはいられない。

 ランサロード国を横切るのは大変だ。見咎められないよう、森の中の道を選び、馬で駆けていく。駅馬を乗り継ぎ、乗り継ぎ、パラシーボの城門前にたどりついたのは翌日の夜半を過ぎていた。

 

 馬を降りるとピオニアはもう真っ直ぐ歩ける状態ではなかった。膝が折れ曲がって立っていられない。足を前に出そうにもすりきれた肌が焼けるように痛い。

 城門前に膝をつき、扉にもたれかかるとありったけの力で厚い木戸をたたいた。幸い門番はまだ眠ってはいなかった。しかし、騎士服を着ているとはいえ、うずくまった招かれざる客を訝しげに眺めた。

 

「パラス殿にお取次ぎを」

「王は眠っておられる。明朝出直されませい」

「火急の用件だ。是非、覆面が参ったとそれだけ伝えて下され」

「覆面?」

「そういえばパラス殿はおわかりになる。取り次いでくれるまでここを動かぬ」

「王の眠りは神聖で妨げるわけにはいかぬ」

「お怒りにはならぬ。ご自身でこの門まで迎えに来てくれよう。ただただ覆面と一言お伝え下さい」

 門番は首をかしげながら王の控えの間係に伝言した。

 

「覆面という名の怪しい騎士が参っております」

 大きないびきをかきながら寝ていた王の横で側仕えは恐る恐る奏上した。

「何だ、起こすなといってあるだろう」

「覆面という騎士がどうしても王に会いたいと」

「覆面? 覆面殿がきているのか? すぐ招き入れよ。何をぐずぐずしている。いやよい、オレが迎えに行く」


 寝巻きの上に大きな大きなナイトガウンをはおるとどすどすと音をたててパラスは城門に向かった。門番は王自身が城から出てきたのに驚いた。

「大事な客らしい、あの小さくて黒ずくめの騎士が」

「覆面殿、どこにおられる?」

 城主の声が門の内側から響いてきた。ピオニアはほっとして気が遠くなりかけた。

「パラス」

 声は出せたがやはり立ちあがることはできなかった。

 

「覆面殿、うずくまっているのか、どうなされた、ちょっと失礼」

 ふわっとピオニアの身体が浮いた。パラスが軽がると抱き上げたのだ。

「気を確かにもたれるよう。馬で駆けつづけて来られたのか? どこから? もしかしてランサロードからか?」

「はい」

「火を起こせ、熱いスープを持て。それから母を起こしてくれ」


 パラスはピオニアを応接室のソファの上に抱き下ろした。キャンドルに火がつくと、覆面殿の服を着た女性の顔が浮かんできた。

「ラドローが覆面殿は姫だと云った。本当にそうなんだな」

「パラス」

「起きなくていい。横になったままでも話はできる。昨日、ラドローに会ってきたよ。地下牢に繋がれていたが元気そうだった。いつものアイツだったよ」

「拷問されてなかったでしょうか?」

「革のムチが置いてあった。あなたの居所をしゃべらせれば処刑は取りやめるとルーサーは云っていた」

「そうですか……」


「何をしたらいいかとラドローに訊いたんだが、仲間が助ける準備をしてくれてるからいい、といっていた」

「仲間?」

「心当たりはないのか?」

「いえ、たぶん、わかります。明日会いにいこうと思っています」

「そうか、それならいい。それから、レーニアの船がもしうちにきたら、上陸させて皆をランサロードの森へ住まわせてくれと」

「私からもお願いします」

「もちろんです」


 そこへパラスの母親がひっそりと部屋に入ってきた。

「王、どうしましたか。お客様ですか?」

「母上、レーニアのピオニア姫です。身の回りのことをお願いしたくて」

「このような時間に申し訳ありません」

 ピオニアは居ずまいをただした。

 

「情勢がそうさせるのでしょう。気にすることはありません」

 パラスの母親はいらないことは口にしない人だった。ピオニアの夫が処刑寸前だということを知っているのだろう、静かな声だった。

「私のできることは少ない。表立ってルーサーと敵対するわけにもいかない。ラドローを助けたいのに」

「わかっていますわ、夫も私も。ここへきたのは無理をお願いにきたのではありません。お会いしたかっただけ。城下で宿をとるかわりにパラスに会えば私が元気になれると思っただけです。その上、夫の状況まで教えていただいて、希望が湧きました。夫もあなた様に会えただけで力が湧いたと思います。顔を見るだけでいいのです。聖燭台で求めたものを壊したくない。それがラドローの考えですから、どうか自国を大切に、決して無理な行動にはでないで下さい」


 ピオニアは出されたスープをおしいだたいた。

「姫は明日早いのではないですか、パラス。寝室の用意も整いましたよ」

「明日はメルカットに向かいます」

「それはいけない。そんなことアイツが望んでない」

「大丈夫。城へ行くわけではありません。仲間に会いに行くのです」

「それならばいいが。くれぐれも道中気をつけて」

「ありがとう、パラス」

 ピオニアはどうにか立ち上がってにっこりした。

「覆面の下にこんな顔を隠してたなんて。それをアイツがさっさと見抜いてたなんて。抱きしめていいですか?」

 ピオニアがきょとんとしているうちに、パラスの壁のような胸が頬に押しつけられた。大きな手が背中をたたいている。

「覆面殿なら大丈夫と思っておきます」

「ええ」


 ピオニアはパラスの母につれられて客用寝室に入った。

「王大后様、後は眠るだけです。どうかお構いなく」

「丸二日馬を走らせたのでしょう? このまま寝てしまったら明日馬になんて乗れませんよ」

 ピオニアは赤面した。身体中の関節がギシギシいっている。そして腿のつけ根は無残に赤くむけてしまっているだろう。

「隣のバスルームにきれいなお湯を用意させました。沁みるでしょうが入りなさい。足腰をゆったり伸ばすのです。あがったら薬を塗ります」

 パラスの母親は有無をいわさぬ調子だ。

 

 湯から出たピオニアはベッドにうつぶせるよう半ば命令された。

「あの、自分でやりますから」

「マッサージは自分ではできませんよ」

 王大后はその齢からは想像しがたい指力でピオニアの腰を揉んだ。ピオニアは思わず、うっとかあっとか声をあげてしまっていた。逃げる間もなく冷たいガーゼがタオルの下の太ももの付け根にあてられた。

「きゃっ」

「これはレーニアから伝わった改善法ですよ」

「え、ええ」


「夫をむざむざ殺されてはなりません。病にも敵にも。レーニアほど医術が進んでいたら私の夫はまだ生きていたかもしれません」

「王大后様」

「ルーサーに好きなことをさせてはなりませんよ。ご主人様と一緒にここへ戻ってきなさい。ふたりにはいつも門は開いています」

「ありがとうございます。どの様にお返ししたらいいものだか」

「今こちらがお返しをしているところです」

「明朝、挨拶なしに出立いたします。おやすみなさい」

 王大后が部屋を出ると心地よい睡魔が襲った。身体が温まり、体内の疲労物質が皆溶け出したような気がした。


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