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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第一章 小さな島の王女にできること
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異国の森では

R15だと思われる部分はまだ後に出てくるのですが、この部分、問題ありましたら即ご指摘ください!

 ランサロードでの造船は困難を極めた。レーニアに自生しない木を使うのだ、まず杉やひのきの性質から調べねばならない。濡れたまま、乾いたときの伸び縮み、火を浴びたとき、ぶつかったときの強度、弾力性、レーニアの船大工と材木商は膨大なデータをとっていった。慣れない素材でバランスのとれた大型船を造るには組み立てより下調べが重要だった。ドックに選ばれた港には木切れが散乱するばかりで、三週間たっても船の姿は現れなかった。

 

 ピオニアは国内の戦争準備の間をみはからって、陸路単身馬を駆り、ジーニアンのいでたちで造船現場を訪れた。

「急ぐな、焦るな、着実に」と皆に声をかける。レーニアの船大工たちとランサロードの人足たちのコミュニケーションに問題はないようで、皆顔もあげずに黙々と手を動かしている。


 その様子をラドローが見ていた。

「覆面殿、城に挨拶なしとは水臭い」

「ラドロー殿、よく見にこられるのか?」

「ああ、造船とはなかなか大変なものらしい。だがレーニアの皆が乗ってきたあの船よりかなり大きいものを造ろうとしているようだ」

「はは、そのとおりだ。サリウには、ここの人々は誰も造船のことなどわからぬと云っておいたが貴殿だけは別かもしれぬ」


「覆面殿がそばに立って『焦るな』などというと逆に皆が焦るのではないか? 少しこのあたりを案内しよう」

 ラドローは浜から森へと先に立って歩き始めた。ピオニアが両手を広げても抱えきれないほどの太さの木々が乱立している。赤茶色の樹皮がたてに裂け、垂れ下がり、ごつごつした太い根が巡る。根の間には枯葉や樹皮が積み重なり、踏み込むと地面は柔らかく沈んだ。

 

「メルカットの森とは雰囲気が違うだろう? ここらは針葉樹林だ。葉っぱの丸い明るいアストリーと比べると、ここは昼なお暗い森林だ。だがオレはこの森の匂いが好きだ。心が落ち着く。たまにこんな小さな花が咲いているのもいいだろ?」

 ラドローは紺色のうつむいたベルのような花をつま先で揺らしてみせた。

 

「ここでもその覆面はとれないのか?」

 ラドローはゆっくり振り向いてジーニアンをじっと見つめた。

「見てどうするのだ?」

「船大工たちはおまえさんが誰だか知っている。でないとあんなふうに緊張したりしない。もちろんただの貴族じゃない。限りなくレーニア王家に近い」

「知ってどうなるのだ?」

 ラドローの答はなかった。くるりと背を向けてずんずん森の奥に入っていく。

 

 ――ピオニア姫の腹違いの姉妹か隠されていた双子か、ピオニア姫本人か。

 ラドローは別の誰かでいて欲しかった。この場で抱きしめても問題にならないひとりの女でいてくれたらと思っていた。

 

「暗くならないうちに港に戻りたい。引き返してくれ」

 ジーニアンはラドローのひろい背中に声をかけた。

 

 ――瞳だけ、鼻も唇も見たことがない。声だってわざと低く声色を使っている。自分が知っているのはその瞳だけ。陰気なマスクの上に光る、ライトブラウンの夢見るような瞳とその表情を隠そうとする長いまつげ。ぶしつけな男言葉に似合わないその瞳。

 

「私はピオニア姫の肖像画を見たことがない。あなたが誰でも構わない。一度だけでいい、その覆面をとって欲しい」

 振り向きざまに一歩踏み出し、ラドローは早口に云った。男の豹変にジーニアンは後ずさりした。

 

「何の真似だ?」

 声が震える。足がすくむ。二、三歩後戻りするうちにラドローは大股で近づいてきて、ジーニアンの両肩を大きな杉の木に押しつけた。

「やめてくれ、ラド……」

 云い終わらないうちにラドローの唇が覆面の上から口をふさいだ。気が遠くなるかと思った。薄い生地を通して唇の温かさがじんじんと伝わってくる。体が麻痺していく。

 

「はずしていいか?」

「だめだ、ラドローやめてくれ、女が欲しいなら他をあたれ、森に引き込んで無理矢理なんておまえらしくもない」

 杉の木とラドローの両腕に押さえられ、ジーニアンは首を横に振りながら夢中で叫んでいた。

 ラドローは落ち着いていた。体以外は。

 

「ルーサーが好きか? パラスが好きか? サリウが好きか? ジャレッドが好きなのか?」

「皆一様に好きです……」

 ジーニアンは地声で答えた。


「声……、それがあなたか……」

 ラドローは女の黒髪の上に苦しみ喘ぐように唸った。


「オレのことは?」

「放してくれたらまた好きになります。」

 ラドローは右手で頬を押さえもう一度キスした。

「はずしていいか?」

「ラドロー……」

 ジーニアンの目から涙がこぼれはじめた。細い肩が震える。

 

「オレはこの瞳だけを見ておまえを愛した。何が隠れていようと構わない。オレのこと少しは好きなら唇を見せてくれ」

 ラドローは覆面に手をかけて下にずり落とした。すっとした鼻筋、形のいい唇。夕暮れの森の暗がりの中でラドローはそれを指先と唇で確かめた。

「愛している」

 沈黙が過ぎていく。

 

 広い胸に抱きしめられてピオニアは、男の鼓動の速さを聞いた。

「あなたがピオニア姫なのか?」

 額の上のほうでラドローの声がする。

「はい」

 筋肉質の両腕が痛いほど脇腹に喰い込んだ。

「ルーサーが恋焦がれるはずだ。これでランサロードとメルカットは戦争だな」

 ピオニアの体がびくっとこわばった。

「冗談だよ。さて、この先に木こり小屋があるはずなんだ。そこで夜明かししてもらう。城まではちょっとばかり遠いし、人足たちの間に姫を寝かせるわけにもいかない」


 ラドローは小屋につくと慣れた手つきで火をおこし、薬缶をかけた。よく泊まりにくるのだろう、ハムや果物、ビスケットなどが置いてある。ひとしきりお腹につめ込んだところでラドローが口を開いた。

「ところでおさらいしておきたいんだが」

「何をでしょう?」

「さっきのはオレが姫様に無理矢理無礼を働いたのか?」

 ピオニアは赤くなって両手で顔を覆った。

 

「他の聖燭台の騎士は皆一様に好きだと云った。オレのことは?」

 姫は差し出されたカップを受け取ったが、中のお茶がどくんと揺れた。声がまた震える。

「アストリーの森でランプのような花を見せてくれました。レーニアにはない花」

「水芭蕉だ、きれいに咲いていた」

「あの時あなたを好きになっていることわかりました」


 ラドローは似合わないほど大きなため息をついて笑顔をみせた。

「よかった、片思いでなくて。姫を襲うなんて騎士として最低だもんな」

 ピオニアもこの言葉には白い歯をみせて笑った。

 

 ラドローは急に真顔になって云った。

「ルーサーには嫁がぬといった、レーニアと結婚しているといったな。国は捨てられぬか?」

「捨てられませぬ。国を渡す相手がおりません。そして私が国を出たらすぐにメルカットから追っ手がでることでしょう。保護するとの名目で。まるで子供扱いですから。レーニアも私もそれまでです」

「聖燭台同盟もそれまでかな。まあ内乱よりまずフランキ戦だ。そして今日はそれも忘れて寝ることとしよう」


 毛皮の敷物の上に横たわり、互いのマントを重ねあった。ピオニアの目の前にラドローのあごの線がある。左手が優しく黒髪をなでている。

「寒くはないだろ?」

 ピオニアは体を下へ少しずらすとラドローの胸板に頬をよせて目を閉じた。



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