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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第七章 捕虜になってしまったら
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捕虜になってしまったら


 ルーサーは凱旋パレードを仕立ててレーニアを後にした。

 ハンスは後ろ手に縛られたまま、歩かされた。首には「私がクーデター首謀者です」との木札、荒縄が首に喰い込んで痛かった。

 海を渡ってからはロバに乗せられた。

 しかし、触るのが嫌なのか、誰も白いマスクを外そうとしない。フードも、ルーサーと向き合う前に急いでかぶったままだ。

 

 両の目しか出ていないなら、市中を引き回して晒す意味は無いだろうにと、ハンスは他人事のように苦笑した。

「堂々としている必要はない。妻と引き裂かれ、捕虜になった憐れな木こりだ」

 心の中で自分の役どころを客観視してみた。

「ここ二、三日の嫌な予感はこれだったんだな。ピオニア泣いているだろうな。何があっても無事でいろ。オレがどうなろうと」


 パレードはメルカット城下の通りという通りを練り歩いた。民衆は勝ち負けより、戦争が終わったことを喜び、声援を送っていた。 

 その様子をアストリーの森の住人が親分に報告した。

「アストール、町はルーサー王の凱旋で賑わいつくしています」

「捕虜は何人だ?」

「たった一人、でもあの病痕者だ、親分の友達の」

「何だと? ラドローが捕まったのか? 最悪だ。自分の目で見てくる。留守を頼む」


 アストールの頭にかっと血がのぼった。馬を走らせながら自分の決断が遅れたことを悔やんだ。

「もし昨日、アストリー独立戦争をふっかけていれば、ルーサーは本土へ戻らざるを得なかったろうに。王がレーニアに渡った時点で動いていれば。籠城戦、もう少し持ちこたえるだろうと思っていた……。二百人が逃げおおせてラドローだけ逃げ遅れるとは、ルーサーに顔を見られたに違いない」


 アストールは城の正門へと続く大手通りに先回りした。

 軍楽隊の後に盛装した王の天蓋が行き過ぎる。担いでいる兵たちもご苦労なことだ。

 そして雇われ指揮官率いる一個師団に挟まれるように、ラドローのロバが近付いてきた。フードにマスク、顔は覆い尽くされている。フードの端から覗く栗色の巻き毛が、紛れもないアイツらしさを表してはいるが。


 ロバの上のハンスは、すぐにアストールに気づき、首を左右に振ってみせた。

「まだバレていない」という意味だろう。

 アストールが右手小指を立てると、北西、ランサロードの方向をあごでしゃくった。自分の左腕をとんとんと叩いて見せると、ハンスはゆっくり頷いた。

 アストールは安心した分だけ悪態をついた。

「何だ、身元はバレてなく、姫はランサロードに向かい、自分の怪我も大丈夫なら何で捕まったりしたんだ。城の戸締りでもしていたのか? バカだな。さて、どうやって助けろというんだ? 相手はメルカット城、ちょっとやそっとじゃ忍びこめないぞ?」


 ハンスは、アストールが森から出るなんて十何年ぶりだろうかと思った。

「それほど心配をかけているのだな。助け出そうとしてくれるんだろう。それなら申し訳ないが、もうひと迷惑かけさせてもらうか。自分が助かるためにってのは苦手なんだが、単なる嫉妬のためにルーサーに叩き切られるのもつまらない。レーニアの皆に苦労かけたまま死ぬのもなんだし、ピオニアのためにもな」


 入城すると、ハンスは薄暗い地下牢に連れて行かれた。レーニア城のダンジョンほどは深くないが空気はひんやりしている。両手を十字に開かれ、壁から垂れた鎖に繋がれた。指先がしんしんと冷えてくる。牢番は二人。

 普段着の騎士服に着替えたルーサーが早速下りてきた。


「姫をどこに隠した?」

「あっしの胸の中に」

「じゃあ、その胸打ち割ってでもしゃべらせてやろう。牢番、ムチをもて」

 パシン、パシンと革製の鞭が胸の上ではじけるが、ハンスはウール素材の修道服を着たままだ。痛くはあるが、気を失うほどではない。


「なぜ繋ぐまえに服を脱がさなかったんだ?」

 ルーサーが効率の悪さに腹を立てた。

「病気がうつると困るで……こんなやくざもん城に入れたら病気が広がっちまう」

 牢番二人が尻込みしている。

「うつりはしない。覆面がそう云っていた」

 ルーサーは自分に云い聞かせるように呟いて、ハンスを力いっぱい叩き続けた。痛みに堪える男の額に脂汗が滲む。自然体温が上がる。


 ルーサーの息が切れたところでハンスは低く云った。

「あんまり手荒な真似すると熱出して病気がうつりますぜ?」

 牢番たちは階段を逃げ上った。

 病気については半信半疑のルーサーは、うろたえたが再度詰問した。

「ピオニア姫をどこにやった?」

「あっしの病がうつって死んだだ」

「口から出まかせを云うな。もう少し苦しまないと吐かないか? よし、水も食事も与えるんじゃないぞ」

 

 王が去っていくと、牢番たちは嫌々ながら階段の半ばまで降りて来て座り込んだ。

「ほんとにうつるのか?」

「うつるさ。身体が弱ればこの痕が新しく広がり始める。そしたらうつる」

「どうしたらいいんだ?」

「元気でいられるよう、水と食べ物をくれればいい」

「そんなことできねぇ、お咎めうけちまう」

「病気がうつるかお手打ちになるか、どっちかだな。水だけでもくれりゃ、病気をうつすのはやめてやるよ」

「ほんとか?」

「ああ」


 牢番のひとりが水差しを持って恐る恐る近付いた。

「ほんとにうつすなよ?」

「大丈夫だ」

「うわっ」

 マスクをずらして頬の痕が顕わになると、どうしても目を背けずにはいられなかったようだ。

 ごくごくと冷たい水が喉を通り、口の端から溢れ胸元を濡らした。

「マスクを戻しておいてくれ。見たくねぇだろ?」


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