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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第六章 メルカット戦争 籠城 新指揮官
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敵と出会ってしまったら


 ルーサーの後ろから違う声が響く。

「おやおやこれは弓の上手い修道士さまじゃありませんか」

 デルス指揮官の声らしい。

 ふたりが、ルーサーが、近付いてくる。


 扉の向こうではジンガがチルンを抱きしめていた。

「無事でよかった。お母さんのところに行こう。ハンスはどうした?」

「昔のお友達とおしゃべりしてくるって……」

「え?」

 ジンガの顔色が変わったのを見て、チルンは懸命に答えた。

「ぼく、待ってるって云ったんだよ、でもだめって」


 ジンガはひとり階段を駆け上がって鉄扉のノブをガチャガチャと廻した。開かない。

「ハンス、ハンス」

 ハンスは扉を思い切り蹴飛ばした。ジンガの声をかき消そうとして、そして「早く行け」との思いを込めて。


「捕虜になるのがそんなに悔しいのですか? 修道士さまにしては誠に血の気の多い」

 デルスは数々の矢傷の恨みとばかりに嫌味たっぷりだ。

「丁重にお縛りしろ」

 近寄ってきたデルスの部下たちはハンスを押さえつけようとして飛びのいた。

「病痕者だ、こいつ病痕者だ」

「騒いでないで手首だけ縛ってしまえ」

 デルスは有無を云わさず命令した。

 部下たちは、恐る恐る、ハンスの両手首を合わせ、後ろ手に縛った。


 ルーサーはゆっくりとハンスを眺めまわしていたが、おもむろに口を開いた。

「おまえが木こりか?」

「へい」

 ハンスは地声が出ないよう気をつけた。

「姫を凌辱したんだな」

「キョウゾクって何です? あっしのわかる言葉でしゃべってくだせぇ」

「キョウゾクじゃない、リョウジョクだ」

「力で女をものにすることよ」

 デルスが下品に云った。


「あっしゃ、姫さんにちゃんと好きですって云いましただ。キョウゾクなんてしてねぇ」

「姫さんが抱っこして下さいって云ったのか?」

 デルスはピオニア姫の醜聞に興味がありそうだ。

「姫さんは抱っこしても逃げなかっただ。普通はバシンと平手打ち喰らうだ」

「おまえの病気に同情したのだ、あの天使は」

 ルーサーは困った女だとでもいいたげ。


「ああ、姫さんは優しいだ。この痕にだってキスしてくれる」

「女が汚いものなどにキスするか」

 デルスが吐き出すように云った。

「女は汚くても好きならキスできるだよ」


「そんな話聞きたくないわ。おまえ、姫をどこに隠した?」

 ルーサーが居丈高に遮る。

「さあ、どこかな」

「この城にはおまえしかいないようだが?」

「ああ、あっしひとりでお留守番。アンタがルーサー王さんだか? どうしてここに姫さんがいると思うんだい? もう何か月も前に旅に出たかもしれねぇ。あっしが殺してしまったかもしんねぇ。生きてる証拠があるかい?」

「屋上から矢を打つ女がいたのは見たが、あれが姫さんか?」

「そんな野蛮なこと姫さんにはさせねぇよ」


「いや、ピオニアの弓矢の腕はかなりのもんだ。おまえに騙されて唆されて、戦争させられたのだろう? 姫がいる限り私が手荒に攻め込まないことを知った上で人質に使ったろう? この城にいたはずだ」

 ルーサー王もバカじゃない、とハンスは思った。

「姫さんは宝物。人質じゃねぇよ」

「姫はどこにいる?」

「城の中かな、外かな。島の中かな、外かな。好きな女は自分で探すもんで」

「何だと、この忌々しい。私を煙に巻くつもりか。メルカット城へひったてろ。姫をどうしたか、拷問してでも吐かせてやる」

 ルーサーが先頭になり、次がデルス、ハンスはその後を兵卒に引き摺られていった。


 南の浜では一度船に乗ったピオニアが下船してハンスを待っていた。チルンと母親に次いでジンガが現れ、彼は格子戸に閂を挿し渡した。

 それは、ハンスは来ないという意味だ。

「ジンガ、ハンスは?」

「ルーサーに捕まった。自分で地下道の鍵閉めやがった」

「そんな、一番捕まってはいけない人が……」

 ピオニアは何とか膝から崩れ落ちるのを持ちこたえた。


「一番は姫さまです。さあ、出航しましょう。追手が出ない内に」

「嫌ーっ」

 ピオニアは格子戸へと崖をよじ登ろうとした。ジンガが後ろから肩を掴み、その頬をはたいた。

「姫さま、姫さまらしくして下さい」

「ジンガ……」

 ピオニアの目には涙が溢れている。引き摺りこまれるようにメルカット型船に乗せられ、三隻の船は帆に一杯の風を孕んだ。


 出港するとピオニアは船尾から城を見上げた。煙はもう収まり、ベージュ色の塔が見える。

 ルーサーのことだ、木こりなんて相手にしない、激情に駆られ打ち殺すかもしれない。もしかして、ラドローだとバレたほうが危険かもしれない。愚弄されたと思うかも。悪い想像ばかりが頭に浮かぶ。姫は艫の甲板に身を投げて泣いた。


 八月とはいえ、夏も終わりに近い。強い風がピオニアの心も身体も吹きさらした。

「ルーサー、ハンスを傷つけないで」


 しばらくしてアンナが声をかけた。

「姫さま、中へ入りましょう」

 抱きかかえられるようにしてピオニアは船室に降りた。

 


挿絵(By みてみん)

モデルにした島の現在の風景


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