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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第六章 メルカット戦争 籠城 新指揮官
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フルクがもたらした束の間の休息


 翌日は朝から雨だった。ピオニアは城内にフルクの姿がないのを気にした。

「まだ戻ってないみたいなの。何かあったんじゃ……」

 ハンスは

「敵陣でお昼寝してるんじゃないのか?」

 と取り合わない。

「恋敵だから冷たいの?」

「いや、心配ないから心配しないだけ。頼りになるってわかってるから」

「それが冷たいっていうの」

「違うよ。アイツはオレがするだろうことをしている。疑われないなら油が使用可能かどうか見極めたいだろうし、指揮官の怪我の状態も知りたい。何かやってるよ」


 城外の敵は、濠に落ちた丸木橋を引き上げ、枝を抱えた兵士がぱらりぱらりと姿を現すようになった。だが雨の中だ、油なしで火が点くものでもない。のん気なものだ。

 それを見てハンスも、「今日一日は腕を休ませてもらえそうだ」と安堵していた。

 フォントが云うには地下の井戸の水位が戻ったらしい。これも朗報だ。


 昼過ぎてフルクがダンジョン経由で戻ってきた。潮の匂いをぷんぷんさせている。執務室で顔を合わせたピオニアは

「漁にでも出てたの?」

 と訊いた。

「まあそんなもんかな。お土産があるんだが、鉄格子のとこに置いてきたんで、三人くらいで取りに行ってほしい」


 テームたちが地下へ降りていく間にフルクは、仕入れてきたニュースを報告した。

「重曹作戦は、まあうまくいったんだ。朝みたら油の表面がピーナッツバターみたいになってて、ヤツらはそれをこそぎ落とそうとしてた。油として使えそうなのは合わせて甕一個分かな。それで伝令が出て、もっと油持ってくるらしい。指揮官は足引き摺ってるが、元気だよ」

「雨だからって敵は何してるんだ? いくらなんでも静かすぎだろう?」

 ジンガが訊いた。


「ああ、城の周りは手があいた者だけ枝運び。みんな林の中にいる」

「何をして?」

 ハンスが焦った声を出した。

「橋を作ってる。丸木橋をもっと。レーニアの弓矢隊は人数が限られている。メルカットが一斉に濠を渡れば矢にあたる確率も低い」

「その通りだな。怪我しても頭は働いてるってわけだ」


「心配するな」ジンガが云った。

「朝方船大工仲間で東の湾に行ってきた。大型船、メルカット型船、中型船、どれも万全だ。保存食を積みこみ始めた。直前に飲料水を載せる」

 そこへテームたちが顔を出した。

「さすがフルクだよね、皆の欲しいもんわかってる。ありがと、夕食楽しみにしろって料理当番さんから伝言」

「おお、海の味だからな。ほんとは岩牡蠣でもと思ったんだが外してる時間がねぇ。ニナ貝ならつまんで集めるだけだし、皆に行き渡るだろ?」

「貝を食べるのか?」

「ハンスはお初か? ちっちゃな巻貝だよ。潮の味ってオレたちの元気の素だからな」

 ハンスはただ微笑んでピオニアに目配せした。

「な、頼りになるだろう?」

 とでも云いたそうに。


 午後は見張りの者以外、皆、ゆったり過ごした。

 ハンスは雨の音を聞きながらピオニアを横抱きにしていた。

「離したくない」

 ピオニアがアンナの手伝いに行くと云っても譲らず、右腕を緩めなかった。新婚夫婦らしくお互いを確かめあうと、ハンスは睡眠不足のせいか、深い寝息をたてて眠ってしまった。


 夕食時ももう終わり頃になってハンスは目が覚めた。ぼうっとしたまま食堂に足を向ける。食堂と呼んでいるのは台所の隣の旧配膳室で、半地下になっている。自分たちが寝室にしているピオニアの弟の病室も同じ階だから、城の真東から真西に廊下をぶらぶら歩くだけだ。 


 食事の列の最後の家族が席に着くところだった。

「ハンス、起きたのね。私も一緒に食べるから待ってて」

 給仕をしていたピオニアが笑顔を向けた。

「綺麗な女だな」

 と全く他人のような感想がハンスの胸の中に湧いた。おたまを手にしてジュードにおかわりの汁をよそっている。そんな何の変哲もない、日常的な動作が眩しかった。

「やっぱりこの女が好きだな」

 今度は心の奥から言葉が浮かび上がる。剣も持てば矢も放つ。鍬も振るえば針仕事もする。働き者だからいいというんじゃない。こだわりなく自分の役割を見つけてするりとこなしてしまう、その決意と覚悟が好きなんだろう。

 ――弱虫の癖に、甘えたがりの癖に、よく頑張っているよな。

 

「ハンス、嫁さん見ながらにやにやすんじゃないよ、気持ち悪い」

 食事中だったパーチのかみさんが冷やかした。

 ピオニアはハンスが、知り合って間もないころのあの温かい、ラドローの瞳をしているのに気付いていた。

 ――戸惑ってしまうほど優しい視線。この目の中に私は生きている。

 けれど、ジュードのおかわりのスープをこぼしそうになって、ハンスから目を逸らしたのだった。


「さて、ハンスお待たせ、腹減っただろう」

 パーチ一家がテーブルを離れた。ピオニアはパーチのおかみさんと給仕を交代し、ハンスの横に座った。

「このスープの味、大丈夫? フルクの取ってきた貝の味なんだけど」

「ああ、美味いよ」

「よかった。落ち着いたらあなたの故郷の味も習わなくちゃ」

「一緒に行くことになるんじゃないか、この城を離れたら」

「そうなの? じゃちょっと楽しみだわ」

「おまえ、お気楽だな」

「そりゃあもう、あなたがいるもの」


 食後、夜陰に乗じて橋や枝を濠に落とす以外、この日はすることがなかった。


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