朝飯前の作業とその後には
二分後には皆持ち場に着いた。十五才トリオは、援護しやすいとの理由で敵の真ん前、一階正面の隣り合った出窓三つにスタンバイした。
作戦開始の合図はハンスの一撃だ。屋上からは射程距離外と判断して警戒を怠っているデルスに向けて、ハンスの強弓がうなった。
デルスは尻もちをつき、矢は地面に突き刺さった。
屋上のピオニアたちは、枝を抱えて橋の上に並んだメルカット兵を狙った。兵たちは慌てふためいて引きかえしたが、押し合いへし合いした。ピオニアの矢がひとりの背中に当たり、もんどりうって濠の中に転落した。
そこへ、枝落とし隊が一斉に、扉や窓から飛び出した。絡み合った枝の塊はかなり重い。
「あれは何だ、すぐ止めさせろ!」
メルカット兵たちは辺りをきょろきょろ見廻して自分の弓矢を探した。野営テント近くの立木の下に集めて置いていたことを思い出し、我先に走り戻った。
デルスは体勢を立て直し、自分の矢をつがえていた。狙っているのは濠のこちら側で枝を抱えているジュードだ。
「させてなるか」
ハンスの二の矢がグギッと音を立ててデルスの太腿に突き立った。デルスはよろけたが、出窓に戻ろうとして枝に足をひっかけたケーレに狙いを替え、矢を放った。矢は幸運なことに蹲った背中の上を通り過ぎていった。
次の瞬間には二十名全員が城内に戻り、サポート役が戸締りをすると、肩で息をしながら大広間に集合した。
「ケーレ、大丈夫か?」
「膝擦りむいちまった」
医師のエリオがすぐ消毒にあたった。
「驚かすなよ」
「肝が冷えたぜ」
「大活躍ね!」
老若男女口々に声をかけた。
城の裏側、中庭の向こうの石塀側を担当したクエヌとベーグは、
「敵は正面ばかりに気を取られて、こっちは楽勝だったぜ。ほとんど全部濠の中だ」
「なんだよ、青少年を囮に使ったのかよ!?」
テームが、父である大統領に喰ってかかった。
「大人はずるいんだよ」クエヌが笑う。
「裏は全く援護なしだ。沈着冷静な状況判断が必要だったんだ」
そこへ夜行性を自称するフルクが現れ、
「もう一戦交えたのか? 船旅はまだか?」
と云ったので、爆笑になってしまった。
「ズル過ぎるよな、大人は」
とハンスが呟いた。
朝食後、ピオニアはハンスに詰め寄った。
「左腕見せて」
「見てどうするんだ?」
「二本目の矢、太腿狙ったんじゃないでしょ? 腕が痛くてぶれたんでしょ」
「どっちでもいいだろ、終わったことだ」
「致命傷を与えるって云ってなかった? それ程事態は切迫してるんじゃなかった? 腕を出して」
ハンスはじっとピオニアを見つめた。
「人殺しをさせたかったのか?」
ハンスは胸元を開けて片袖を脱いだ。矢傷痕がある上腕の筋肉の周りが青黒く変色している。ピオニアはエリオ医師に作ってもらった湿布をぺたりと貼り付けた。綿布に小麦粉を練って塗り付けたもので、貼るとひんやりとする。
「冷て」
有無を云わさず包帯を巻いていった。腕が上げられないように胸にも回して固定していく。
「ドクターストップよ」
「これじゃ、水汲みもできない」
「いいの。左腕一生ぶら下げておきたいの?」
「ヤツらが踏み込んできたときに剣が使えない」
「いいの、船に逃げるの。私が守ってあげる」
ハンスは冗談じゃないと云いたそうだ。
「ピオニア、余り心配させないでくれ」
「それはこっちのせりふだわ。無理しないでちょうだい。何のために戦ってるんだかわからなくなってしまうわ。レーニアのみんなのためにも」
「何日も休めやしないだろうがな」
ハンスはとりあえず、左腕を吊っておくことに同意した。
「ピオニア、オレと一緒になって後悔してないか?」
「どうして?」
「国はめちゃくちゃで、城は落ちようとしている。国土を捨てて出ていかなきゃならない」
「ハンスでも弱気になることがあるのね」
普段が明るく自信に満ちているから、何かあるとその落差が際立つ。
「ルーサーを男性として愛することができたら運命は違っていたでしょうけれど、できなかったのだから。いずれにせよ彼は、レーニアか私か両方ともかを奪いにきたわ。私が誰に恋をしなくても、そこのところは同じことよ」
「どうなんだろうな。連れ添ってから気付くこともあるだろうにな」
ハンスの意味深発言。
「何云ってるの? あなたを選んだこと、私に後悔して欲しいの? あなたこそどうだったの? 普通に結婚してランサロード王になったほうがよかったんじゃない?」
ピオニアは冗談めかして掻き消した。
「オレは王様には向かないよ。皆を纏めるのはジンガのほうがうまいだろう?」
「ジンガ、本当にうまくなったわよね。でもあなたが下手ってわけじゃないわ。あなたはまだレーニアに遠慮してる。自分のせいで壊れていく国だと思ってる。レーニアは壊れない。自分はレーニア人だと思う人々がいる限り壊れないのよ。あなたはまだ、レーニア人じゃないわね」
「そうだな。レーニアは好きだが、おまえの国だからだな」
痛みのせいで弱気になっているわけじゃないと見て取ると、ピオニアの言葉に俄然力がこもる。
「あなたが壊してる国じゃないの。あなたが守ってる国なのよ? でもあなたがランサロードがいいなら私、ついていくわ。ここが落ち着いたらどこにでもふたりでいきましょ?」
「どこへでも連れて行っていいのか? レーニアを捨てられるのか?」
「捨てるというと語弊があるけれど、レーニアがもう大丈夫だと思えれば、どこの国ででも私は木こりの妻として生きていけるわよ?」
「そんなものなのか? オレはたまにランサロードの空気がとっても吸いたくなる」
「私だって他のところに住んだらレーニアの空気が懐かしくなるわ。でもランサロード人にだってなってみせるわよ」
「わかった。オレもレーニア人になってみせる」
「もう、私の話、わかってくれたの? あなたひとりが無理することないって云ってるの」
「ああ、レーニア人がランサロードを懐かしがってもおかしくない。国籍はたぶん、自分が一番しっくりくるところを自分で選べばいい」
「ええ」
「おまえと離れなくていいなら何人でもいい」
ハンスはピオニアの胸に頭をもたせかけた。ピオニアは優しく包み込んだ。




