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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第六章 メルカット戦争 籠城 新指揮官
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火攻めを遅らせるためには

戦争の話が続いてますが、ラブストーリーです。ジャンル「恋愛」を忘れたわけではありません。もうしばらくご辛抱ください。


 明朝五時、濠にふたつの急造橋が架けられた。メルカット兵が列をなして木の枝を担いで来る。蟻のように整然と、城の足元に置いては濠の向こうに戻っていく。城を一周、二周とするうちに、枯葉、枯草の袋詰めを持つ兵が間に混ざるようになった。ご丁寧に、枝の間に押し込んでいく。この瞬間も林の中では木を切っている部隊があるのだろう。


「見事な人海戦術だ」

 ハンスは朝日の中、我が身を切られる思いでメルカットの作業を見ていた。


 ――油壺が届くのは早くて朝九時ごろじゃないだろうか? まだ来てないはずだ。そして今ヤツらは作業に必死で、矢を手元に置いていない。弓矢を携帯しているのは指揮官のデルスだけだ。

 ひとしきり枝を配置した後で、濠の向こう岸から一斉に火矢を打ちこむのだろうから。


「敵の準備ができるのを、手をこまねいて見ている必要はないよな」

 ハンスの頭に何かが閃き始める。

「枝を積ませなければいい。積むのを止めさせられないなら、遅らせるか? 焚き木をこっちの城内に引き込んで猫ババするとか。それとも油をかけても燃えないくらいに濡らす。水がもったいないか。あ、濠の中に投げ込むのはどうだ? 余りに危険か」


 ベッドのほうで物音がした。

「ハンス、もう起きたの?」

「まだ早い。おまえはもっと休んでろ」

「あなたこそ、身体も頭も休めなきゃ」

 ピオニアが起き上がって近付いてきた。

「ちょっと興奮気味かもしれない。余り眠れてない」

 ハンスはキルトのかかった窓から離れた。

「みんなに、どれだけ手伝ってもらっていいのかな?」

「あら、これはもうレーニア全体の戦いなの。あなたのために戦ってるんじゃないわ。皆が自分の生活を守ろうと戦ってるのよ。だから、名案があるなら何でも云ってちょうだい」


 ハンスは少し間を置いてからゆっくり話しだした。

「敵は枝や枯葉を城の周りに積み上げている。朝食後にはメルカットから油が届く。それまでに、今積み上げられている焚き木を減らしたい」

「そうね」

「ランサロード城の周囲には地下室の明り取りの格子がいくつかある。ここにはないか? あれば、格子を外して枝やらを城内に引き込めないか?」

「ひとつしかないわ。セラーに降りる途中の窓。梯子をかければ可能だけれど、小さな窓だから枝が通るかどうか……」

「そうか。もう一つの案は危険だから提案しないほうがいいかと思ってる」

「云ってみて」


「何人かが同時に城外に出て、枝を濠に投げ落とす」

「それは効果的な策だと思うわ」

「でも怪我人が出る恐れがある。できれば自分ひとりでやりたいくらいだ」

「無理ね。ひとりでやっても意味はないわ。素早くたくさん落とさなくっちゃ」

「ああ、敵が弓を引くまでの間に。デルス指揮官を止めるためにはオレは、二階バルコニーから強弓を引かなきゃならないと思う。他にも三人くらい弓矢隊にいて欲しい。だが、こっちもアイツの射程距離内だ」


「やらないと、油が届いて燻されるんでしょ?」

「やったからといって、落城が一日遅らせるかどうかだ。消し止める水がなくなれば逃げるしかない」

「じゃ、みんなの意見を聞きましょ。私たちが決めることじゃなさそうよ」

 ピオニアは夫に笑いかけた。

「あ、そうか、ひとりで決めなくていいのか……」

「ランサロード陸軍を指揮してるんじゃないのよ」

 ハンスは急に緊張が解けた顔を妻に向けた。

「レーニアのみんなの判断力を信じて欲しいもんだわ」


 ハンスが足早に二階の執務室に上がるとジンガももう起きていた。作戦を語りながら同じ階の大広間に入った。

 籠城からこっち、担当業務のない者は、朝起きて洗面を済ませば大広間に来るという日課が定着している。元気一杯の十代の男女がふざけながら台所でお茶を淹れ、早起きの年寄りたちに配っていた。

「各部屋を廻って起きてる者をできる限り多く集めてくれるかな?」

 ジンガがいうと、若者たちは城の四方に散っていった。


「ハンスから、敵の火攻めを遅らせる方法を提案された。問題は怪我人が出る可能性があることだ。簡単に説明するから、作戦を実行するかどうか、するとしたら誰が何をするか考えたい」

 ジンガが口を閉じた時の皆の反応はあっさりとしたものだった。

「島を出るのは一日でも遅い方がいい。火攻めはされないほうがいい。焚き木は濠に落とせばいい、悩むまでもない」


 ハンスは皆の勢いに危惧を感じた。

「オレは二階中央バルコニーから矢を打つ。あのやり手の隊長を狙うつもりだ。できれば致命傷を与えたい。もう遊びじゃ済まない、戦争しているんだとわかって欲しい」

「わかってるさ、そんなこと」

「こっちは住み慣れた島を追い出されようとしてるんだぜ?」

「だからといって深刻な顔したって、(いくさ)に勝つとは限らないよ」

 広間のあちこちから聞こえる意見にハンスはハッとした。


 ――ああ、オレは少々、心の余裕を失くしていたかもしれない。


 ジンガが後を繋いだ。

「指名はしない。志願者を募りたい。木の枝を濠に落とす者、二十名、その二十名を屋上から援護する弓矢隊九名、そしてバルコニーでハンスを援護する弓矢隊二名だ」

 ハンスは急いで云い添えた。

「屋上に届く矢はほとんどない。オレが指揮官には打たせない。だがバルコニーは敵の射程圏内だ。矢がびゅんびゅん飛んでくると思ってくれ。濠落とし隊はすばしっこくなくちゃだめだ。メルカットのヤツらが弓を取り上げて射かけてくるまでの間しかない。扉や出窓から飛び出して八秒、いや六秒だな。枝が落ちなきゃ落ちなくていいんだ。壁際から遠ざけるだけでもいい。六数えたら城内に飛び込んで戻ってきて欲しい」


 バルコニー弓矢隊は腕に自信のあるラーメとギリ―が手を挙げた。

 屋上弓矢隊にピオニアが志願した。

「姫さま、止めて下さい!」

 アンナが叫んだ。

「やらせて下さい、私の戦いです」

 ピオニアはアンナでもハンスでもなく、ジンガに向けて云った。覚悟のほどを見て取って大統領は首肯した。


「では一番危険な枝を濠に落とす役、二十名」

「はい」「はい」「はーい」

 早朝から大広間でたむろしていた十代三人組が目をきらきら輝かせている。

 大人たちは首を横に振った。

「だめだ、テーム、ジュード、ケーレ、おまえたちは若過ぎる」

 代表してジンガが止めた。テームはジンガの息子だ。

「何云ってんだよ、オレたちもう十五だぜ? 一番すばしっこくて力も大人にゃ負けない」

「それでもだめだ、おまえたちは自分が怪我したときの親の気持ちを知らない」

「オレたちなら怪我もすぐ治るって」

「そういう問題じゃない」


「やらせてやろうよ、アンタ」

「母親のおまえがそんなことを云うのか?」

 ジンガが妻のアミルを睨んだ。

「少しくらい痛い目にあったくらいがちょうどいいよ」

「おふくろ、ひでえな」

 と云いながらもテームは自信ありげだ。


「一で出窓から飛び出る。二で枝を抱きかかえる。三、四で濠に向かう。五で投げる。六で振り返って出窓に走る。カンペキ」

「そんなふうに何もかも思い通りにいけば、戦争になってないんだがな」

 ハンスがため息をついた。

 その様子をみて、ジンガのほうが決心したようだ。

「よし、任せる。五で枝を投げ、濠に入ったかどうか確認するんじゃないぞ? どこに落ちようが構わん。すぐ背を向けて戻る。できるか?」

「できるさ、オヤジ。船底修理より簡単さ」

 ジュードやケーレも、彼らの家族も頷いている。


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