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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第六章 メルカット戦争 籠城 新指揮官
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指揮官が怪我をすると


 護衛もつけず、デルスはひとりで濠に近付いてみた。指揮官だとわかれば矢で攻撃してくるかもしれないと思ったが、レーニア軍も昼飯時なのか、単独行動だからか、放って置いてくれた。

「濠の水は雨水なんかじゃない。どこかから湧き出しているんだ」

 石組をじっと見ながら歩いた。濠の水面は澄んでいて、風が当たるとさざ波が走る。浮草は見当たらない。石壁に生えた水草がある。不審に思って膝を折って覗きこんだ。


「水草じゃない。ただの雑草だ。濠に水を張ったのはつい最近だ。石組に生えた草が水の中で揺れているだけ、まだ腐ってもいない。かなり大きな取水口があるはずだ」

 水面に落ちた木の葉が揺れながら奥の方へ溜まっていく。デルスは最初、それは風のせいだと思っていた。

「いや、違う、この濠には水の流れがある。山の手の林側から真西へ。取水口はこっちだろう!」


 デルスは指揮官のテントで非常食を頬張り昼食に代えると、兵隊たちのテントに赴いた。「隊の中で一番泳ぎの達者な者といったら誰になる?」

 皆に聞こえるように大声を出したのに、濠を泳がされるのがわかっているのか、誰も答えない。

「濠の水を抜く大事な仕事なんだ、そうだな、志願者には二倍の日当を出す。どうだ、誰かやらぬか?」

 がやがやとしたが挙手はない。

 臆病者なのか、強欲なのかとデルスが危ぶんでいると、リーセルが横に来て耳打ちした。

「泳げば弓で狙われます。命を賭けるには二倍ではちょっと……」


 デルスは頷いてまた兵士たちに向けて大声を出した。

「レーニアの矢はオレが防いでやる。あの高さならオレは敵に命中できる」

「おおっ」

 と、あちこちから感嘆の声が上がった。

「この場で日当の倍増分、そして濠の取水口を見つけたらさらに倍増分をやろう。日当三倍だ。これでどうだ?」

 ミックという名の無口な若者が立ち上がった。

「よし、ついてこい」


 ミックは金貨をもらって嬉しそうに従った。城裏の林側、搦め手門近くで、上着を脱いでぼちゃりと濠に飛び込んだ。

「ここいらに水が入ってくるところがあるはずなんだ。水面近くだ。手を当ててみろ」

 ミックは片手を石組に当て、濠の南東角辺りを行きつ戻りつ泳いだ。


 屋上から続く石塀の上にラーメたちは並んで、矢を射下ろした。だが、濠の中の男は、頭しか水上になく、的が小さい。逆に指揮官らしき男が、濠の向こうから猛然と矢を射かけてきた。

 届かない矢に慣れていたレーニア側に油断があった。一人は肩に、一人は頭に掠り傷を負った。ラーメはすぐさま大声でハンスを呼んだ。


 屋上側で他のメルカット兵を牽制していたハンスが石塀に駆けて来て、濠の向こうの指揮官向けて矢を打ち放った。

「東の海で幅をきかせる金髪のバイキング系だな」

 ハンスの矢がデルスの膝をかすめた。デルスはがくっと姿勢を崩した。それとほとんど同時に、水の中のミックが

「ありました、隊長、ここです、赤い石が緩んでいる!」

 と叫んだ。

「閉めろ! 石を戻して水を止めてから上がって来い」

 デルスは褒める余裕もなく叫び返した。


 ハンスは攻撃の手を止めなかった。濠から上がろうとするミックの右腕を打ちぬき、引き摺り上げようとしていた兵たちに弓を引いた。

 デルスが体勢を整えて反撃しようと矢をつがえたので、右肩に当てた。

 だが、次の瞬間には大勢のメルカット兵が指揮官とミックを取り囲み、守るようにして陣に引き上げていった。


「すまない、油断した。オレも石塀側にいればよかった。こうも早く濠の取水口を見つけられるとは……」

 怪我人二人に肩を貸し大広間に降りながら呟いた。

「あそこから矢が届く男などざらにはいないと思っていた。想像以上の敵だ」


 メルカット本陣では右肩と膝に包帯を巻いたデルスが同じことを考えていた。

「アイツはオレを殺そうとして仕損じたんじゃない。膝を狙って膝に当て、肩を狙って肩に当てた。打ち下ろしの有利さはあるにしても、強敵には違いない。一対一でやりあっても利は無いな。定石通り、城を落とすしかない。やはりあの作戦だろうな。殺せるときにオレを殺さなかったことを、後悔してもらおうじゃないか」


 メルカット軍は身体を張って戦う指揮官の姿を見て、自分たちも何かすべきだと全軍思い始めていた。

 料理屋あがりのエディが報告に来た。

「城の料理人なんて残飯を濠に投げ込んだりするんですが、ヤツらはそんな様子はないですね。残飯をみれば食料事情は手に取るようにわかるというのに。ただあの狭い敷地内で野菜を作っても、鶏や羊と一緒じゃみな食べられちまう。山羊のミルクと卵を子供たちに分けて、大人は魚でしょう。欲しいとしたら、青菜やフルーツの類いだと思いますよ」


 デルスは戦争があると聞いて東の海を渡ってきた男で、レーニアを知らない。敵が戦争前に諸国の市場で何を売りさばいていたか、籠城直前にサリクトラに何を持ってきていたか知っていれば、もっと苛酷な戦略が立てられただろう。

 ジャムはレーニアの特産品だ。家庭菜園で様々な果樹を育てていた。城の中庭にはオランジュリーがある。簡易温室のようなものだ。酒樽に植え込まれたオレンジや木イチゴが中で育っていた。夏の今、酒樽ごと木を屋上に運び上げ、そこで十分な日照時間を与えている。

 弓矢隊が、背丈ほどの果樹に身を隠しながら矢をつがえられるという利点もある。

 空になったオランジュリーは、家畜が入れないよう戸締りに気をつけながら、間引き菜から食べられる、ほうれん草やブロッコリー、サヤエンドウなどを育てている。

 

 云ってみればレーニアにとっては、島の暮らし自体が元来、大規模な籠城のようなものだ。城に閉じ籠って不便は多いものの、土地のやりくり、水の使い方、物々交換、仕事の助け合いなど、習い性となって身体に沁み込んでいる。

 

 エディばかりにポイントを稼がせるわけにはいかないと、小川を調べていたマインがデルスに話しかけた。

「隊長、小川の上流に面白いものを発見しました」

「何だ?」

「小川は人工的に造られたものです。上流に大きな池があって、そこからわざわざ林内に流している。ご丁寧に水量調節の堰まである」

「何だって? 堰をいじれば小川は涸れるのか?」

「はい。池は滝となって海に向かって流れ落ちていますから、堰をもっと高くして水が越えなくすれば、林の中には流れて来ない」


「その小川が濠の水の源だと思うか?」

「ええ。ミックが見つけた取水口の延長線上で小川は地面に沁み込んでいる。水がそこまで来なくなれば、濠にも入らないと思います」

「素晴らしい。濠に流れ込む水を止め、今ある水を飲めないように汚してしまえば、水は断てそうだ。これは第一級の発見だぞ」

 マインは喜んだ。

「リーセルたちが計ってくれた濠の深さから考えると、干上がらせるのは楽じゃない。スィープ、橋のほうはどうだ?」


「六本ほど目星をつけて木を切り倒しました。明日の朝までには組めると思います」

「そうか、なかなか頼もしいじゃないか。切り落とした枝葉は捨てずに取っておいてくれ。レーニア勢の燻製ベーコンをつくるつもりだから」

「くんせい?」「ベーコン?」

 皆が口々に反応した。

「ああ、城の周りをぐるりと、燃えやすいもので取り囲んで火を点ける。煙と炎でいぶり出してやる」

「すごい、そんな作戦初めてだ」

「これが普通の攻め方だよ」

 戦巧者いくさこうしゃでもないメルカット軍に褒められながら、デルスはまんざらでもない思いを噛みしめた。


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