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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第六章 メルカット戦争 籠城 新指揮官
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新指揮官が赴任すれば


 デルスは二時間後には人っ子一人いないレーニアの港に降り立った。自分の(いくさ)支度(じたく)だけだ、何も手間はかからなかった。兵たちは皆レーニアに居る。城を取り囲んでいるはずだ。

 浜から右手遠くの丘の上に、夕陽を逆光に浴びた小さな城が見える。周囲の平原地帯は、牧草も畑もブドウも茂り過ぎ、荒れ放題だ。

 高度が段々上がっていく左手の森の中に、四足の動物の影がある。鹿かと思ったら馬やロバだ。置き去りにされた家畜たちなのだろう。人々は取る物もとりあえず籠城したらしい。

 足元の白い道が蛇行して城に続いているようだが、行儀よく道に沿って歩く必要もない。城への直線距離を歩き始めた。

 

 最初に目の前に立ちはだかったのは、背丈ほどに伸びあがったハリエニシダだ。まだパラパラと黄色い花が残っている。迂回しながら若枝の棘に袖をひっかけてしまった。

「ひどい荒れ地じゃないか。ハリエニシダを抜く余裕もなかったのか? この高さならメルカットと戦争する前から生えていたはずだ。フランキ戦か? 所詮小国、専門戦闘集団もいない、農民が兵になればこのありさまだ」


 ハリエニシダの茂みをぐるりと廻ると、また浜辺に出た。目の前が川口になっている。橋は見当たらない。

「そりゃまあ、敵の上陸前に橋は落とすよな」

 デルスは独り言を云いながら川を遡った。楽に渡れるところがあるはずと思ったからだ。

 五分も登らない内に夏の西日を浴びてしゃらしゃらと水面がさざめく浅瀬に出た。デルルスは水を蹴りながら渡った。


 対岸はどんぐり林だ。緑の実が小さく膨らんでいる。丘の上の城は木々に隠れて見えなくなった。見当をつけて木を避けながら進み、これで視界が開けると思ったら、また目の前にハリエニシダの茂みが立っていた。右、左と目をやって肩を落とした。

「勘弁してくれよ、こんな雑木(ざつぼく)どうして生やしておくんだよ?」


 今度は上から迂回しようと茂みに沿って草原をどんどん登ると、先程渡った川の上流らしき流れが目の前に横たわった。

 仕方なしに川とハリエニシダの間を歩く。すると、右手の茂みが途切れているところが見つかった。自分の位置は城より高く思える。下ったほうが良かろうと思って入っていくと、目の前に同じとげとげ植物が壁のように立ちはだかった。いくら何でもどこかに抜け道があるだろうと、そのハリエニシダの塊りに沿って緩やかな草地を下りて行った。

 だが、その先にあったのは右に左に曲がる茂みばかりで、出口はない。

 

「これはただの茂みじゃない。生垣か。それも迷路なのか?」

 デルスはやっと思い至った。まんまと生け()に誘い込まれた魚のようなものだ。

「城の主は相当な戦略家だ。城はどこだ?」

 右左、上下と歩かされ、自分の方向感覚まで狂わされている。落日の薄明かりがなければ立ち往生しているかもしれない。


 背伸びをして生垣の上を見廻すと、ちょうど真後ろに城壁が見えた。

「してやられたな。全くエルフに魔法をかけられたような気分だ。心してかからねば」

 来た道を川の上流近くの、生垣の途切れ位置まで戻った。今度は生垣の外側、外側を歩いていった。やっとハリエニシダから解放されると、眼前、青々とした小麦畑の向こうに城の東翼とお濠、眼下に騎馬道が見えた。


「ミステリーサークルのような落とし穴でも掘られていそうだよな、麦の間に」

 就任初日に指揮官が生き埋めになり、部下に助けを求めるわけにもいかない。デルスは大事をとって、騎馬道まで坂を下り、威厳を保って城の正門前に向かうことにした。


 メルカット陣は、濠を渡る跳ね橋を揚げた北向きのレーニア城正門の向こう、西側に野営していた。新指揮官が来るという一報は入っていたが、兵たちは全くだらけている。デルスが到着して初めて、重い腰を上げて形ばかり整列した。

「よい、もう日も暮れた、兵たちは解散せよ。小隊長だけ集合し、今日の戦果を報告してほしい」


 指揮官用テントのろうそくの灯の中で、小隊長たちと顔合わせを済ますと、ひとりが今日の戦績を報告した。

「今日の成果、羊一頭、鶏三羽、です」

「何? どういうことだ?」

「ご存知の通り、我々の矢は城内に届きません。それで敵が濠の向こうに見えるのを待っているのですが、出てくるのは家畜どもばかりで」

「それでもヤツらの食料を奪うことにはなるかと家畜を狙っています」

「しとめた羊や鶏はどう回収しているのだ? 濠を泳ぐのか?」

「いえ、屋上から射かけられ、死体はヤツらがせしめてしまいます」

「バカ野郎、それではヤツらのために狩りをしてやっているだけではないか」

 デルスは天を仰ぎたくなった。見えたのは垂れ下がったテントの低いキャンバス地だけだったが。


「あの小さな城に二百人近く住んでいるのだろう? 食料は本当に足りているのか? 水はどうなのだ?」

「敵は皆元気そうにしております」

「おまえらがなぜ勝てないか、よくわかった。籠城戦などしたことがないのだろう? 敵が城に立てこもったときどうするか。まず水を断つ。食料を奪う。濠を埋める。その定石さえ知らぬのだな。矢を無駄にするのはおしまいだ。明日から私が戦い方を教えてやる」


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