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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第五章 メルカット戦争 籠城 新聖燭台会議
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休戦のためには

 

 ハイディは咳払いをしてから改めて質問した。

「メルカット副官殿に、どうすれば戦争を止めるのか、まず伺いましょう」

「それは宣戦布告時に明言した通り、ピオニア姫を助け出しメルカット城に保護できたら、です」

「保護してどうされるおつもりかな?」

 オルディカが尋ねた。

「王族にふさわしい暮らしをしていただく。そして跡取りができたらレーニア王としてお育てする。それまでレーニアはメルカットが委任統治します」

「跡取りの父親はルーサー王だということですな?」

「もちろんです。ルーサー王はピオニア姫が赤子の頃から知っているし、亡きレーニア王に『よろしく頼む』といわれた仲です」

 ジンガは黙っていられなかった。

「相手を決めるのはピオニア様本人だ」

「木こりでそれも病痕者では身分違いも甚だしい」


 パラスは一瞬うろたえた。

「あの男はラドローだ」と叫べば簡単なことだ。この城の主になるはずだった男なんだ。

 そうすれば戦争は終わるか? 

 本当にハイディは困るのだろうか? 王位継承で揉めると云っていた。

 本当にメルカットはランサロードと戦うだろうか? 

 わからない。でもアイツがピオニア姫と静かに暮したがっているのは確かだ。顔を壊してまでハンスになり通しているのも確かだ。本人が名乗らない限り、ここで口にするわけにはいかない。どんな事態を引き起こすのか、先の見えない自分が云っていいことじゃない。


「ではレーニアは、どうすれば戦争を止めますか?」

 ハイディの声がテーブルの上を静かに過ぎる。

「ルーサー王が兵を引けば。そしてふたりの結婚を認めてくれれば。それだけです」

 ジンガをじっと見ていたオルディカがずけずけと云った。

「ピオニア姫本人はルーサー王を嫌っている。保護されたいとも跡取りが欲しいとも思っていない。これはルーサー王の負けではないかな?」

「え? ルーサーはレーニア国土が欲しいんじゃないの?」

 ジャレッドが驚いた。

「女欲しさにこの五カ月、戦争してきたように聞こえるな」

 サリウが遠慮会釈なく呟く。


「そんなことはない! よく考えて下さいよ、皆さん」

 副官は慌てふためいて声が裏返った。

「皆さんの国で一般人がクーデターを起こしたら放っておくんですか? 王族がバカにされているんですよ? 王様より木こりがいいってことなんですよ?」

「それでいいじゃないか」

 パラスが一蹴した。

「うちはクーデターなど起こされやしない」

 サリウが断言する。

「うちは私に取って代わるものが出るかもしれぬが、北の国はもとより群雄割拠、世襲が継続するほうが珍しい」

 ジャレッドは

「クーデターは軍隊で抑えるしかないかな」

 と首を傾げ、ハイディは

「クーデターになる前にどこまで民衆の声を聞けるかが、その王の手腕だと思います」

 と述べた。


「ルーサーとピオニア姫が話し合えば済むことじゃないか?」

 サリウが冷めた声で云った。

「力でレーニアを占領するには詰めが甘い。五か月ものらりくらりしているのは、民衆を蹴散らすのが目的じゃないからだろう?」

「オレもそう思う。個人的な感情はお互い同士で解決するもんだろう?」

とパラス。


「戦争を止めてくれるならメルカット国境に置いたうちの軍もとっとと撤退させるし、サリウもそうだろう? エール島のことを考えようよ」

 ジャレッドはせっかちにもう次のことを考えている。


「姫をメルカット城に行かせるわけにはいきません。戻ってくるとは思えないからです」

「来てもらえれば、戦争も済むし、全てが丸く収まる」

 ハイディがむっとした。

「ジンガ殿はそんな意味で云ったわけじゃないでしょう、副官殿。ピオニア姫が身の危険を感じずにルーサー王と話のできる、中立の場が必要です。サリクトラはいかがですか?」

「火種を招じ込むつもりはありませんな。だいたい姫の結婚になぜ他国の王の承諾がいるのか納得がいかない」

「事実上の許嫁だったと理解すべきでしょうな」

 オルディカが口を添えた。


「ではここランサロードで行いましょうか。できれば皆様に中立の立場で見守っていただきたい。ピオニア姫の結婚相手の方もご一緒に」

 ハイディの提案にジンガははっとした。ハンスはここには来れない。隣で話している若い男は、血を分けた弟のはずだ。

「パラス様のところでお願いしたい。こちらは余りに遠い。パラス様のところならメルカット沖を大廻りしてもたいしたことはない」

「ルーサーは陸路、姫は海路でくれば鉢合わせすることもなかろう。私は構わないが?」

 パラスののんびりした口調に副官が声を荒げた。

「待ってくれ、私は王がそんなバカげた会議に出席するなどとは云ってない。あと一週間もすればレーニア城は陥落、ピオニア姫はメルカットへおいでになるはずだ」


「わかりました」

 ハイディは苦笑を噛み殺しながら云った。

「副官殿は他の皆さんとは違い、国王の代理、この場の一存で決められないこともあるでしょう。一両日中に、パラシーボでの休戦調停会議の参加を問う書状を私から送らせていただきます。当事者が揃えば、パラス殿にだんどり決めていただきますので、宜しくお願い致します」

「あいわかった」

「では散会と致しましょう。お疲れさまでした。遠路ご足労いただきました御礼にささやかな宴席を用意しております。六時から正餐となりますので、是非ご参加ください」


 ジンガは散会と聞いてやっと人心地がした。船まで早く戻りたい。連れてきた漁師二人が船を守っていてくれるはずだ。

 広間の外で待っていたのか、副官の護衛兵らしきふたりが入ってきた。武装している。民衆のクーデターを潰すための戦争と思っている副官にしてみれば、そのトップの自分を暗殺することは、意味があることかもしれない。

 

 パラスが笑顔で近付いてきた。

「ジンガ殿はパーティに残られるのか?」

「いえ、失礼させてもらいます」

「それは残念。ランサロードの淡水魚料理は美味いのに」

 宴を楽しみにしているパラス王には護衛を云い出しにくかった。

「気をつけて帰られよ。船大工殿はどんなやつかと思っていたよ。だが、メルカットの副官よりよっぽど堂々としていたな。親友によろしく。できればうちの城で会いたいとお伝え願おう」

「しかと承りました、パラス殿」


 ジンガは広間を出ていこうとしていたオルディカの背に話しかけた。

「貴殿はパーティに参加されますか?」

 ゆっくり振り返ると怪訝そうに訊き返した。

「今日はこの城に泊まるので他に何もなければ参加するつもりだが、何か?」

「誠に申し訳ないが船までの護衛を都合してもらえまいか?」

「おひとりで乗り込んでこられたのか?」

「国もとでは皆忙しくて。それで貴殿にこれをお見せしたい」

 ジンガはハンスから預かった革ひもの先の銀細工を胸元から引きだした。


「ああ、やはり、このペンダントの関係者でいらっしゃったか。ご本人は元気かな?」

 黒い髭の間の唇がにっこりと笑った。

「いたって。いや、ちょっと矢傷を負いましたが。貴殿に会ったのは彼が病気をする前ですか?」

「病気をされたのか?」

「ええ、顔に痕が残っています」

「そうでしたか……。もしかして今は木こりをしている?」

「はい、ご明察の通り。ただどうしても故郷には内緒だと」

「さもあろう。弟のこと、想い人のこと、酔った勢いでさんざん聞かされた。ああ、合点がいきました。思った通りだ。さて、護衛といわず、港まで私がご一緒しよう、もっと聞きたいこともある。一週間で城が陥落するようなことはないのでしょう?」


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