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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第五章 メルカット戦争 籠城 新聖燭台会議
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新聖燭台会議に行くのは

 翌昼になって、籠城前最後の買い出しにサリクトラの市場に行っていた者たちが帰ってきた。漁師夫婦が何組かで手分けをしたが、売るほうより買うのに忙しく、レーニア人だと簡単に見抜かれたようだ。今度はハイディからの、ピオニア宛の書状を預かってきていた。

 

 

 ―◇―


 某年七月二十一日

 レーニア国王女 ピオニア様


 メルカットとの戦端が開かれはや四カ月、ピオニア様には戦いの中、いかがお過ごしでしょうか。

 

 我々は長らくルーサー王を中心に聖燭台会議を開き、各国の平和と繁栄に努めてまいりました。

 しかしながら、現在メルカット国と貴国は戦時下にあり、聖燭台諸国の誰をも仲裁に入ることができないありさまです。

 これはひとえに、聖燭台同盟の第一人者がルーサー王であり、彼がこの戦争の当事者であるためだと考えます。

 それ故、僭越ながら私、ランサロード皇太子が緊急聖燭台会議を招集させて頂きたいと存じます。

 若輩者の上、会議には新参である私ですが、それだからこそ聖燭台に求めるものが明確にあると思われるのです。

 

 聖燭台の前にて、我々を取り巻く情勢を共通認識とし、貴国とメルカット間の戦争終結策を模索致したく、心よりご出席を願う次第です。

 

 尚、ピオニア様におかれましては、三月にご結婚の上、退位されたとのご連絡を頂いております。

 しかしながら、大統領殿には正式に紹介されたこともなく、公の場で発表もないことから、この書状はピオニア様宛とさせていただきます。

 国の代表として然るべき方が聖燭台会議にご参加下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。

 

 皇太子 ハイディセラシウ・フォン・ランサロード

 

 聖燭台会議

 ランサロード王城にて

 八月二日 午前十一時より


―◇―



 自分の服に着替えて、左手を吊ってはいるが普段の調子がかなり戻ってきたハンスは、弟の手紙を読んでしきりに頷いた。

「なかなかいい文章を書くじゃないか、ハイディ殿は。絶妙のタイミングだ」

「ハイディって女の子の名前みたいと思ってたけど、本名はカッコいいのね」

「おまえ、それがこの手紙を見ての一番の感想か?」

 ハンスが可笑しくてたまらないという顔をした。ピオニアはその笑顔が嬉しくて、目先の深刻な問題とはかけ離れた、リラックスした話題を続けた。


「あなたは? あなたの名前もラドローだけじゃないの?」

「知らないのか? レーニアでは周辺諸国の歴史は勉強しないのか?」

「するわよ、するけどメルカットやサリクトラ、フランキの歴史のほうに時間を割くから……」

「それでか、ニブすぎると思ったが全く知らなかったのか」

「鈍いって私が?」

「そうだ」

「どう鈍いのか、詳しく説明して欲しいわ」

 ピオニアは腰に両手を置いてムッとしてみせた。


「ハンスの綴りは?」

「Xans これは入国台帳みたもの」

「オレの名前は Ladreauxans ラドローアンスだ。Xの音はほとんど聞こえない。ラドローハンス一世と名乗った祖父王から譲り受けた名前だから、国の年寄りの中にはまだご丁寧に、ラドローハンスと発音する者もいるがな」

 ハンスは息が強く抜けていくXの発音をしてみせた。

「メルカットやレーニア方言にこの音は無い。皆がHの発音をする」

「それでハンスになったのね。やっとわかったわ」

「ニブいだろ?」

「鈍いわね、我ながら。でもラドローアンス・フォン・ランサロードならちゃんと王族の名に聞こえるわ」

「だからもうオレはただのハンスなんだよ」


 ふたり笑いながらジンガのいる執務室に赴いた。手紙を見せてハンスが問いかける。

「さて、ジンガ、懐かしのランサロードに行ってみるか?」

「やめてくれよ、あんなところ懐かしくも何ともない。オレが知っているのは杉とひのき、それからあの忌々しい漁港だけだ。いや、ランサロードの貴族をひとり知っているな。毎日作業場を見に来ていた、背の高い、『なんで焼くんだ』『なんで水につけるんだ』と横から煩く口を挟むヤツだ。おまえにそっくりだったな、ハンス」

「世の中、似た男なんていくらでもいるさ。しかし、メルカットからはルーサーじゃないと思うんだ。のこのこ行って、『戦争を止めろ』と非難されるだけだ。代役をたてるに違いない。だからこそ、うちからはジンガが行くべきだ」

「姫様が行って下されば」

「私はもう姫様ではありません。国の代表はあなたでしょ」

「もう一回選挙をしたらハンスになるに決まってる」

 ジンガは全く乗り気でない。

「ジンガ、オレはランサロードに行けないとわかってるんだろう?」

「やっぱりそうなのか? ただのハンスじゃないと思っていたが」

「オレはただのハンスだよ」


「しかし、船大工のオレをまともな代表として認めるだろうか?」

「難しいところだな。聖燭台侮辱罪を云い渡されるかな。ハイディ殿なら大丈夫だと思うが。それからパラス王はおまえがオレの親友だと知っている。うまくいけば、友達の友達は友達ってことになるが、今のところ木こりや船大工は好きではない」

「無事に帰って来れることを祈ってくれよ」


 ジンガは苦労してハイディ宛の返信を書き上げた。大統領印を使うのも初めてだった。ハンスは、聖燭台会議に出席するだろう顔ぶれをひとりひとり一口で解説していった。

 冷静で他人のことには無関心なサリウ

 熱くて暴れたい放題のジャレッド

 心優しいが難しいことはわからないパラス

 十六才になったばかりの理想家ハイディ

 人生経験豊富で何事にも動じないオルディカ


「もし本当に身の危険を感じたら、このペンダントを見せて北の王オルディカを頼れ。これを持っていれば、彼は大抵のことなら叶えてくれる。護衛をつけるくらい何でもない。ラドローはどうしているかと訊かれたら、オレのこと話してくれていい」

「わかった」


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