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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第五章 メルカット戦争 籠城 新聖燭台会議
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好きな男が怪我した場合

 七月に入って第一の生垣が燃やされた。レーニア軍はビーグル川左岸、城に近い側でしか敵を待ちうけられなくなった。自然、上陸するメルカット兵の数が増す。

 ハンスは弓の上手な者二人をともなって、石壁の陰で北山下からの上陸兵をねらった。

 男たちは城に戻る余裕がなくなってきた。あちこちの生垣にひそみ夜を明かすので、ピオニアを始め女たちは食糧を届け、怪我人を応急処置しに各防御拠点を巡回した。ハンスは

「頼むからもっと薄汚いかっこしてくれ。それじゃ姫さんだってバレバレだ」

 と、笑った。

 

 ある夜、ハンスが怪我をしたとの急報が入った。

 弓でえぐられた上腕を血に染めて、仲間たちに支えられどうにか自分の足で城まで帰ってきたが、医師が包帯をきつくあてがうと、ベッドの上に倒れこんだ。荒い息のあいまに無理に笑顔を作ってジンガと話した。

「これで二、三日は強弓がひけない。真面目に籠城を覚悟しないとこっちの負傷者が増える」

「わかった。予定通り籠城の手筈をとる」

「そうしてくれ。これでやっとゆっくり姫さんといられる」

「勝手にしろ」


 ジンガが部屋を出ていくとハンスの顔から表情がうせた。脂汗がひどい。

「今は眠るしかない。眠ってちょうだい、ハンス」

「ああ、傍にいられても片手じゃたいしたことはできない」

 そう嘘ぶくとハンスは意識を失った。


 ピオニアはおろおろする自分をどうしようもなかった。

 ――ハンス、あなたが怪我するなんてあり得ないって心のどこかで思ってた。戦っていても余裕だらけで、笑ってるか寝転がってるか、危険が迫ってるなんて思わせなかった。私はあなたのこと、他のみんなのことを考えて、できることをやってきたつもりだけれど、あなたが疲れてることに気づかなかった。自分の戦いだと思ってるから、疲れたなんて云えないわよね――

 

 脂汗をふきとりながら、意識がないのか眠っているのかわからないハンスを見ているともう二度と目を開かないのではという疑念が湧きあがってくる。大広間にはもっとひどい怪我をした仲間も養生しているというのに、ハンスのこととなるとまるで意気地がない、とピオニアは自嘲した。


 そこへノックの音が聞こえた。今日ハンスと一緒だったラーメだ。

若いチーズ職人だが弓矢の練習に熱心で、今ではハンスに次ぐ腕になっている。

「姫様、申し訳ありません。ハンスは大丈夫でしょうか?」

「今眠ったとこよ、大丈夫」

 ピオニアは努めて明るく答えた。

「あの矢、オレに当たるところだったんで、ハンスが咄嗟に左腕出したんです。オレなんか恋人もいないし、胸に矢が刺さっても良かったのに、ハンスの野郎が……」

「ラーメは無事だったのね?」

「見ての通りでさあ。オレは姫様に申し訳なくて、大事な旦那様を」

「気にしないで。ハンスは腕をやられただけだし、図々しいからすぐに元気になるわ。心配無用よ。あなたも休んだ方がいいわ」

「ありがとう、姫様」


 ラーメと話してピオニアはいつもの調子を取り戻すことができた。

「姫様」と呼んで大切にしてくれる人々がいる。自分の結婚が引き起こした戦争に身体をはってくれる人たちがいる。

 ――自分がしっかりしなくて、どうする?


 翌朝、ハンスの脂汗は引き、規則正しい寝息をたてているのを確認して、ピオニアは着替えと包帯の取り換えにかかった。

 ハンスはフードつき修道服一つきりしかもってないらしい。大広間から持ってきた怪我人用の寝巻を着せたが、病人っぽくて全く似合わない。

 

 外傷のほうは、血は止まっていたが、ガーゼがべったりと貼り付いている。再度出血させないよう、そろりそろりとガーゼをはがしていくと、あと一歩というところでハンスが目を覚ました。

「もう少し優しくできないか? 痛くてたまらん」

 既にいつもの目の輝きが戻っていた。

 

「大丈夫なの? 気分は? やっと熱が下がったところよ」

「久しぶりにおまえの顔ゆっくり見た。気分は上々。あ、おい、オレの服は?」

 ハンスは急に起き上がろうとした。

「まだ起きちゃだめ。服は汗びっしょりだったから、脱がしちゃったわ」

「持ってきてくれ。まだ洗濯してないだろうな?」

「まだよ」

 湿ったトレードマークの服を受け取ると片手で不器用にひっくり返そうとしている。

 

「何なの?」

「胸の内側だ。心臓の辺り。内ポケットがあるだろう? 中身出してくれ」

 変色した四つ折りの紙片が出てきたので、ピオニアはそのままハンスに渡した。

「ありがとう。洗濯されたらショックで寝込むところだった」

「もう寝込んでるくせに」


「何だと思う?」

「あなたの宝物? わからないわ」

「忘れちまったのかい? これだよ、オレの宝物。お守りかな」

 紙を開くと出てきたのは自分のサインとブルーベルの押し花だった。胸でハンスの汗を吸い続けて、もう花の色は残っていない。


 ピオニアはハンスの額にキスをした。そして机の引き出しの中にあった文箱を持ってくると、中から九枚の押し花を取りだした。

「残りはここにあるわ。こっちのほうが色が綺麗ね」

 ハンスは右手一本をピオニアの首に廻して引き寄せた。

「オレにはサイン付きのほうが大事だな」

「ずっと、ずっと持ってたの?」

「ああ、この服の前は騎士服で、もともと内ポケットがあったから」

「私もずうっと持ってた。ハンスを愛してるってわかってもこっそり」


「やっぱりオレよりラドローのほうが好きなんだろ?」

「かもね」

「おい」

「さあ、新しい包帯をさせてちょうだい。自分の夫ばかりにかまけていられないわ」

 ピオニアはにっこり笑った。


 ハンスの服が乾く頃には籠城の準備は完了した。


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― 新着の感想 ―
[一言] いろんな方の生きざまが描かれているところが面白いと思います☆彡 卵を持ってくる場面とか好きです (*´▽`*)
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