書状が届いたら
レーニアへの郵便物はもともとメルカット経由で渡っていたが、両国の国交が途絶えてからはサリクトラの市場でレーニア漁民に直接手渡すしかなくなっていた。パラスの使者はレーニア人に会えるまでサリクトラの市を歩き廻った。
「レーニアの者はおらぬか?」
大声で呼ばわるとその日は漁民ではなく卵売りの母娘が返事をした。
「私どもレーニアから来ておりますが」
「戦争中なのに売るほど卵がとれるのか?」
「ええ、鶏が勝手に生み落としてくれるもので食べきれない分を持ってきております」
「我が国王パラス殿からの書状だ。ラドロー殿にしかと渡してくれ」
「ラドロー様? そのような名前の方はレーニアにはおりません」
「そんなことはない。国王が間違えるはずはない。ラドロー殿を探し出して渡してもらおう」
母娘は顔を見合わせた。
「どうしましょう?」
「姫様に聞いてみましょう。もしかしたらご存知かも」
ハンスは市場での噂話を仕入れようと今日の市場当番の帰りを待っていた。
「どうだ、何か面白い話はあったかい?」
「特にないよ。国境の兵たちは退屈してるって。国境からでちゃいけないんだって。フランキが攻めてくるって話もなかったよ」
「でも変なものを預かりました。ラドローという方宛ての手紙で」
「誰から?」
「パラスという王様だそうです」
「ありがとう」
「違います。ラドローという人を探さなくては」
「オレは知ってるよ」
「だめです。姫様どこですか?」
「えーと、大広間じゃないかな。呼んできてやるよ」
ハンスは大広間の入り口から大声で「姫さーん」と呼んだ。ピオニアは怪我人の包帯の取替えをしていたがその場を任せて近づいてきた。
「自分の事実上の妻を呼ぶのに『姫さん』ってヘンじゃない?」
「オレは気に入ってるよ」
廊下を歩きながらハンスはいった。
「パラスからラドロー宛ての手紙がきている。マーニーたちがハンスなんかに渡せないって見せてくれないんだ。外国に対しての自分の名前だってことにしておまえ受け取ってくれ」
「わかったわ」
「二人ともご苦労様。卵は売れた?」
「はい、全部。この手紙ラドロー様宛って」
「ありがとう。私宛てよ。男装したときの名前なの」
「ああ、そうでしたか。よかった、ハンスに渡さなくて」
「いいじゃねぇか、夫婦なんだから」
「だめ!」
三人の女は口を揃えて云った。
ハンスとピオニアは足早に部屋に戻った。パラスは、そうめったやたらに手紙を書く男じゃない。ラドローの名を出すのも危険だとわかっているはずだ。
部屋に入るやいなや、ハンスは封ろうをはずした。
パラスの大らかな字が目に入った。
「ラドロー、元気にしているか。無理してないだろうな。弟御から書状をもらった。だがオレには何の答えも見つけてやることができない。迷惑かも知れぬがここもと転送する」
「ハイディだ。ハイディの手紙が入っている」
じっと読みとおし、懐かしい筆跡に微笑んでピオニアに渡した。
「素直なヤツだ」
「ほんとに」
ふたりは異母兄弟とは思えないほど仲がよかった。それはハイディの母親がラドローとたいして年が違わず、彼を男として見込んでいたせいもある。ハイディに馬や剣を教えたのもみなラドローだ。
「でもこんなに大人になってるとは思わなかった。こいつならできるかもしれない。オレがハイディだったらすることはひとつ。これだ」
ハンスはさらさらとペンを走らせピオニアに見せた。
『ランサロードで聖燭台を主宰せよ』
「パラス、書状ありがとう。こちらは二十人ほどの怪我人はいるが、大きな被害はなく持ちこたえている。ルーサーは勝つ気がないんじゃないかと思うことさえある。
ハイディに云ってやってくれ、『ランサロードで聖燭台を主宰せよ』と。君のところではメルカットと国境を接しているし、下手にことを構えないほうがいい。だが、ランサロードなら離れているし、まがりなりにも北の大国だ。ついでに北方民族も招いて新しい同盟をつくる格好でもしてみせればルーサーも理性が戻るだろう。聖燭台諸国の盟主が自分から若輩者のハイディに移るわけだから。
そして兄なら新聖燭台同盟で停戦監視軍を組織するだろうと伝えてくれ。頼む」
「ランサロードにとっては何のいいことがあるの?」
ルーサーを動揺させるには名案だが新聖燭台という大規模な話に想像のつかないピオニアが訊いた。
「ハイディの外交練習さ。いずれはあの国をひとりでまとめていかねばならないのだから。パラスやジャレッドと顔を合わせるだけで勉強になる。噂に左右されず、サリウの真意も知っておくべきだ。フランキ情勢もわかろうし、レーニアみたいな国があるってことも知っておいたほうがいい」
「停戦監視軍って考えは実現可能?」
「可能なら助かるが、ま、無理だろうな。何で関係ない国の戦争止めに行かなきゃなんないんだと思うほうが自然だろう。当事者は内政干渉だって云うだろうしね。国という枠組から離れた、聖燭台を代表する軍隊という考え方が理解してはもらえないだろう。それでも万に一つの可能性がある」
「あなたがここにいるのは内緒なの?」
「ああ。下手に助けに来られちゃ困る。ランサロードとメルカットは戦わない。それが最初からのオレの目標だから」