王族たちのそれぞれの事情
レーニアから海を挟んで北西遠くの自室で、サリウは考えていた。
メルカットがレーニアに宣戦布告してはや三ヶ月、ルーサーはまだあの小国を攻めあぐねている。何を恐がっているのだろうか?
大国の力を駆使して人海戦術で上陸し続ければいい。人数が地の利を越えたところでルーサーの勝利だ。海戦で苦労するのは目に見えていた。だから六十隻も揃えたのだろう?
レーニアの南側に回らなくとも内海側でいくらでも上陸可能だ。港しか上陸しちゃいけないわけじゃない。統制さえとれれば初日から一個師団派兵可能だぞ。
ルーサーは国内に何か問題でも抱えているのか? もしくはレーニアが戦巧者なのか。船大工が戦術家とは思えない。あの覆面が裏であやつっているのか、ヤツが木こりなのか。
「グザビエ、グザビエはいないか?」
「お呼びですか、サリウ様」
「レーニアの漁師は今でも市場に来ているか?」
「ええ、相変わらず。戦争してるとは思えないとの噂です。外海の魚をこまめに水揚げしています。ただ日によっては干物が多いこともあるようです。兵糧の備蓄を更新しているのでしょう。まあ、余裕ですね」
「これからが大変だと覚悟しているのだな」
「いえ、全く悲壮感はないそうです。姫様はもう他人の嫁なんだからルーサー王も早く諦めりゃいいのになどと話しています」
「ピオニア姫は本当に木こりの嫁なのか?」
「そのようです。王侯としてのお披露目もないので、姫が降嫁したということでしょうか。ひきさいても離れないほどアツアツだそうで」
「女とはわからんものだ。メルカットのクィーンより木こりの嫁か。ルーサーもバカにされたもんだな。しかし、いい加減にしないと聖燭台の軍事同盟の意味がない。フランキが元気になってきている。対フランキに守りが固められないようでは聖燭台も終わりだ。ルーサーに目を覚ましてもらわねばな」
「ルーサー王に合力するのですか、レーニアを援助するのですか?」
「そうだな、ルーサーに合力する大義名分が見つからない。王族とはいえ所詮女、気まぐれな生き物だ。木こりの嫁になろうが王族の威信に関わるとも思えない。
が、レーニアがメルカットに併合されるとあの海軍力が損なわれる。自国を守るために必死であそこまで高めたのだろうから。レーニアが弱くなって苦労するのはうちだからな。私としては中立の立場でルーサーに戦争だけ止めて欲しい。
そうだな、メルカット国境に一個師団ひいてみるか。ちょうど私がメルカットの領土をねらっているという噂もあるようだし。国内が動揺すればルーサーも早めに切り上げるだろう。決して国境を越えるな。サリクトラ側に布陣するんだぞ」
ジャレッドはサリウの軍備を聞いて驚いた。
「どういうことなんだ、サリウがメルカットを攻めようとするなんて。
そりゃ、今度の戦いはおかしいよ。三ヶ月かかってもピオニア姫が出てこないならやめた方がいいね。もっと面白いことを考えた方がいいよ。
エールは荒地だってみんな云うけれど荒地だって無いよかましだと思うけどね。みんなは国土が広いから関心ないだけなんだろう?
サリウはルーサーの戦いが終わらなきゃ船出してくれないっていうし、暴れたくてうずうずしてるうちの軍隊どうしよう。オレもメルカット国境にでも出陣するか。それがエールへの近道かもしれない」
パラスは動かなかった。ラドローを助けたくとも理由が無い。ルーサーを支援する気もない。
「覆面殿が姫様だった。まだ信じられないがしっかりした人だ。ラドローと似合いの夫婦だ。ラドローが木こりだなんて考えたくない。盟友として聖燭台に並んだ仲間同士が女をとりあって戦争するなんておかしな話だ。もう一度ルーサーにやめろと云ってみようか。サリウやジャレッドが不穏な動きを見せている。戦争が広がると思ってか、食い潰してか、最近急にメルカットからの流民が増えた。
ランサロードのハイディは、自分が聖燭台の一員になってからとんと会議が開かれないのを残念に思っていた。聞けばルーサー自身がレーニアに攻めこんでいるという。
「聖燭台の同盟とは何だったのだろう? 外敵には協力しても内乱には手をこまねいて見ているだけなのだろうか? 兄ならどうしたろう?」
若いハイディは考え続けた。そしてパラスに手紙を出した。
「メルカットとレーニアの戦争はいつまで続くのでしょうか? 聖燭台の会議はこのまま両国を見捨ててよいのでしょうか? 私は兄について外交を学んでおりましたが兄は聖燭台を誇りに思っておりました、国々が力を合わせて自分たちを守るいいシステムだと。しかしながら、それは対フランキ、対北方民族という聖燭台同盟外の敵国に対してだけだったのではないでしょうか? 同盟内諸国間の紛争は解決できないのでしょうか? 今やサリウ様やジャレッド様までもがメルカット国境に兵を集め一触即発と聞いております。ご両人の軍事行動の真意はわかりかねますが、このまま放っておいていいものでしょうか?」
パラスは青年のまっすぐな疑問に心を打たれた。しかしどうしてよいやらわからなかった。自分もサリウ、ジャレッドには「どういうつもりか」と、ルーサーには「いい加減にした方がいい」と書状を出していた。しかし何の返答もかえってこないのだ。
パラスは途方に暮れた。ピオニア姫の夫はラドローだ。弟のハイディがランサロード軍を率いてメルカットに攻めこめばルーサーはひとたまりもないだろう。しかしラドローには口止めされている。それにルーサーに滅んで欲しいわけではない。
そこでパラスはハイディの手紙をラドローに見せようと思いついた。




