ふたり一緒に戦う場合
ピオニアは夜になってはっと目を覚ました。隣にハンスがいない。
「夢だった?」
一瞬自分が寝ぼけているのかと思った。違う。ハンスは私をおいてまたいなくなったのだ。アンナが気をきかせてくれたのか、枕元にあった自分のナイトガウンを下着の上にはおり寝室を飛び出した。隣の控えの間にもいない。
「嫌よ、またひとりにするなんて。ラドローだろうが、ハンスだろうが、私は一緒にいたいの」
城の東翼から二階中央の執務室に駆け上がった。
――ジンガならハンスの行方を知っているはず。
サンダルの音がパタパタと城内に響き渡った。ノックの返事も聞かず、肩で息をしながら、ピオニアは執務室に飛び込んだ。
「おまえか、伝令かと思った」
ハンスがのんびりいった。
「姫様、姫様に内緒でハンスを出撃させたりしませんよ」
ジンガが優しく云った。
「ジンガが止めてもこの人は行っちゃうもの」
ハンスはゆっくり立ちあがってソファをぐるりとまわると、ピオニアのほうへ近づいた。もうフードはかぶっていなかった。
「そろそろ出かけようと思ってた」
そういって心配に凝り固まったピオニアを柔らかく抱き寄せた。
「今出ているクエヌは健康的な羊飼いだから、夜目がきかない。交代してやらなきゃアイツのほうが羊みたいに垣根にひっかかっちまう。ジンガ、夜目の利くもの十五人ばかり集められないか?」
「前もって声かけといたよ。そろそろここに集まってくるはずだ」
「助かる。さてピオニア、こんな恰好でうろついてないで、もうひと眠りするんだな。それとももう一回寝かしつけなきゃだめか?」
ハンスの目はラドローのいたずらっ子の瞳をしている。
「でも北の戦いと違うわ。」
困ったヤツだと見下ろして、ハンスの声が優しい。
「オレはこの一ヶ月メルカット船に乗りこんでいた。敵の内情はよくわかっている。そしてここはレーニア、オレの土俵だ。何を怖がることがある?」
「レーニアには逃げ場がないわ」
「あるじゃないか、大きな大きな海が。逃げたい頃には船が全部直ってるよ」
「ルーサー王の手にはハンスの地図はないのですよ、姫様。ほら、みんなに笑われないうちに部屋に戻ってください」
「もう勝手にレーニアから出たりしないから、お姫さん」
ハンスから頬にキスをもらい、ピオニアは執務室をでた。そこで三々五々集まってきた出撃隊とちょうどすれ違った。
「姫様おやすみなさい」
フルクは意味ありげにウィンクしながら声をかけたが、ピオニアは何の意味だかわからずに、「気をつけてね」と握手をした。
部屋の中ではジンガがハンスをからかっていた。
「姫様があんなに女っぽいとは思わなかった。いつもきりりとしてるのに」
そこへ入ってきたフルクが口を出した。
「ハンスは腰がたたなくて使い物にならんだろう?」
ハンスは素直に赤くなりながら云い返した。
「バカ、おまえこそ、操船で疲れているんじゃないのか?」
「俺は夜行性なんでね」
フルクをはじめ、夜釣りの得意な漁師が十四人ほど集まったところで、ハンスたちはクエヌのいる第一の生垣へと向かった。




