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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第四章 海や陸でのメルカット戦争
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待ち人が現れて

 翌朝、お濠の壁の赤い石をずらすとじわりじわり水が流れ落ちてきた。見る間に濠の底に広がりうっすらと覆う。敵の侵入を食い止めるにはまだまだ浅いが徐々に深くなっていくだろう。

 

 八隻の無傷の小型船は上陸を少しでも遅らせようと、メルカットレーニア海峡の入り口でルーサー軍を待ち受けた。急がなくても今日中にかたがつく、焦ることはないとメルカット側はのんびりしたものだ。日が高くなってから一隻、二隻とレーニア島の北東に姿を現した。

 レーニア船は近づいての火矢攻撃をつづけ、三隻は炎上させた。しかし少しずつ後退を迫られ、上陸ポイントへの着岸を許してしまいそうだ。

 

 夕方近くになってやっともう一隻を火に包んだ。その船はコントロールを失い、レーニア東海域に流された。潮に乗ってしまったのか、勢いが速く、どんどん外海に運び出されていく。他のメルカット船は救助を断念した。

 その船は外海をぐるりと大きく巡航し、いつのまにか火も消えて、くじらが口を開けたかのような形の東の湾にすうっと入っていった。


 レーニア城は正門も搦め手門も跳ね橋を上げ、陸の孤島と化している。宵闇の中、城の北東塔から続いたドアがぎぃーっと開いた。濠の中を歩き渡ったのだろう、フードをかぶり、半身水に濡れたメルカット兵が入ってくる。二百人の国民を収容するのに部屋が足らず、開かずの間を開いていたピオニアは振り返った。

 

「ハンス!」

 五、六歩駆け寄って首根っこに飛びついたが、それが今のピオニアの自然な反応だった。物音を聞きつけて手伝っていたアンナが隣の部屋からシーツを抱えて出てきた。

「ジンガを呼んでくれ」

 ハンスは静かに云った。アンナがその場を離れるとピオニアは、

「抱きしめてもくれないのね」

 と手を離した。

「疲れてるんだ」

 ハンスはぶっきらぼうに云い、メルカットのお仕着せを脱ぎ捨て上半身裸のまま、早足でやってきたジンガと話し始めた。

「食糧を持ってきた。冬でも育つイモだ。東の湾からフルクたちが森の番小屋へ引っ張りあげている。手伝ってやって欲しい。それから、メルカット軍は上陸して港近くに陣をしくだろう。弓矢隊をつくり監視させてくれ」

「わかった、無事で何よりだ。おまえは少し休め」

「ああ、そうさせてもらおう」


 ジンガは庭で船修理用の板材づくりをしていた者三名を森の番小屋に向かわせた。

 ハンスはピオニアが開けたばかりの部屋に姫を伴って入った。そしてそこにあったソファにどっしり座り込み、うつむいている。ピオニアはズボンが乾かせるように暖炉に火を入れた。

 

「私はルーサーにもみなにもハンスを愛していると云いました」

「戦略的にだろ?」

「違います!」

 ピオニアは思わず大声になった。

「私はあなたが気になるのはラドローに似ているからだと思っていました。でも離れてみて恋しいのはあなたでした」


「大層な変わりようだな。都合が良過ぎると思わないか?」

「意地悪云われても仕方ありませんね。今のレーニアにあなたほど必要な人はいませんから」

 ピオニアはどぎまぎする自分を御するので精一杯だった。


「ラドローは見つかったのか?」

「いえ」

「もう忘れるのか?」

「忘れはしません、初恋ですから。心の片隅に置いておきます。でももういいのです。私はラドローより素晴らしい人に出会ったからです」

「それがオレだっていうのか? 信じろと云うほうがおかしいだろう? オレはこんな顔なんだぞ」

 ハンスはソファに近付いてきたピオニアの右手をとると、フードの中の自分の左頬にあてた。ごつごつとして冷たい。だが、ピオニアの手は震えもしなかった。

 

「帰ってきてくれてありがとう。捨てられちゃったかと思った」

「ああ、捨ててやろうかと思ったよ。手が痩せたな。おまえの顔がみたい」

 ハンスはもう「わし」とは云わないらしい。オレ呼びの、言葉が丁寧なほうのハンスだ。ピオニアはテーブルの上の燭台に火を灯した。するとハンスはさっと立ち上がり、暗い窓のほうを向いてしまった。

 

「自分の顔を見せなきゃおまえの顔が見られないなんて不便だな。目をつむってくれ」

ピオニアが目をつむるとハンスが近づいてきてキスをした。そして

「きれいだ。この顔にあいたかった。諦めないで戦ってきてよかった」

 と、ささやいた。そしてピオニアの手を握るとまた自分の頬に当てた。

「恐くないか?」

 ピオニアは首を横にふった。

「顔は見せたくないがおまえの瞳がみたい。オレを見ても前言ひるがえさぬか?」

「ええ」

「じゃあゆっくり目をあけてごらん」


 ぱさっ。

 ハンスが右手でフードをはずす音がした。病痕は二人の手ですっかり隠れ、現れたのはまぎれもない、ラドローの顔だった。

「ラドロー!」

「前言ひるがえすなよ。もうオレのことはどうでもいいんだろ?」

 あの温かい瞳がいたずらっぽく笑っている。

 

「生きていてくれたのね。そしてずうっとそばにいてくれた」

「これがオレの惚れた瞳だ。ああ、どんなに目をあわせたかったか」

 ハンスは頬を押さえたまま尋ねた。

「さて、オレより素晴らしい人に出会ったと云ったな、ピオニア」

「はい」

「手をはずす勇気はあるか?」

「もちろん」

 ハンスは押さえていた手の力を抜き、女の右手を自由にした。ピオニアはすっと手を下し、ハンスをまっすぐ見上げた。

「愛しています」

 ハンスは姫をぎゅっと抱きしめた。

 

 ピオニアは恋人の手をとり、弟の寝室だった続きの間に導き入れた。


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