余裕のある緒戦では
緒戦はのんきに始まった。
及び腰のメルカット船団はレーニア船を追って北山の石壁まわりをうろついていた。ルーサー王も外海には出たことがないので、レーニアの大型船と上陸ポイントをかけてのにらみあいをしているだけで、動きがとれない。
レーニア小型船が足まわりを活かし、近づいて火矢を打ち放しては射程距離外へ出て行く。メルカット側から下手に近づけば集中砲火を浴びるだけだった。膠着状態は続いた。
メルカット船が六十隻そろうことはなかった。
ねずみの駆除におおわらわの船もあれば、夜半のうちに船が岸を離れ、見知らぬ海を漂っていたり、逆に出航したいのにもやい綱が解けず、切断を余儀なくされたり。
夜な夜なマストの上に青い火がともるとか、朝甲板にいのししの首がころがっているとか。急造した船には乾燥が足りないのか防虫処理を忘れたのか、カミキリムシが大発生した。
これらすべてがアストールたちの悪戯なのだったが、メルカット東岸は深い森で、姿を見られることなどなかった。
メルカット軍はもともと陸兵隊であり、船に乗るだけで苦痛に感じる者が多かった上に、不思議なことが続き、これは敗戦の兆候だと全軍にイヤなうわさが流れた。そこへちょうどアストールがさしむけた似非占星術師が
「天はお怒りじゃ、この戦争はまちがっておる」
とふれまわったものだから、一同厭戦気分でいっぱいになった。
そんなこんなで、数では勝るメルカット軍も自信にあふれたレーニア船の前にはたじたじしてしまうのだ。
それでも中には功名心旺盛な指揮官もいて、何か策はないのかと痺れを切らしていた。そんな指揮官のひとり、ケルティはある日レーニア東海上に自国船を見つけた。
「なんだあんなところまで船を進めているやつがいる。外海など恐るるにたらん」
と、そろりそろりと近づいていった。
メルカット船はぐるりとレーニア海岸線をまわっていく。東の砲台下を過ぎると、前にいた船は姿を消したが、先の岬を曲がってしまったのだろうと思い直進を続けた。右手には東の湾がぽっかり口を開けている。
ハンスの番小屋のすぐ下の岬にたどりつき、さてそこから面舵いっぱいレーニア南海に出ようとしたとき、ぐらりと船が傾いだ。
東へ流れる太い潮の流れにのりあげてしまったのだ。
――ぐぐぐぐぐ――
船は艫から東へと流され、一回転すると自然に東に回頭した。
――ざあっ――
ケルティの船は一路北東へ流されていった。
「もしものときはメルカット型船に後ろから射掛けるように合図せねば」とハンスの番小屋から一部始終を見ていたジンガは、
「舵をゆるめることも帆風を抜くことも知らないのか。船になっちまった木のほうがかわいそうだ」
と呟いた。
その後も東の湾におびきよせたり、大型船から大砲を撃ってみたり、一隻一隻メルカット船は減ってきた。
「海戦で二ヶ月。ハンス、上出来ではないかしら?」
ピオニアは不要な布を持ち寄ってのキルトづくりに参加しながら考えた。キルトはてっとりばやく端切れから大きな肌布団を作るのに便利だ。城に寝泊まりする者が増えている。いずれ籠城戦に備え、一枚でも多く用意したい。色合いを活かして小さな布をつなぎ合わせ中に綿を入れ、上下から針を通していく。五、六人で四方から縫い進めていくのだ、女ばかりだから当然おしゃべりに花が咲く。
「小麦の生育は順調。羊たちの数も減ってない。魚を獲り、干物を作る余裕もある。ブドウの間に植えたニンジン、トマト、さつまいもも育っていると聞く。あと足らないものはなにかしら?」
針の動きも止めずに島の奥さん連中は答えた。
「それでも男たちは疲れ始めているよ。かわりがいないからねえ。怪我人も出てきているし」
「私、船に乗ってみようかしら?」
「姫様、何をおっしゃるんです」
アンナが止めた。
「私はひととおり、舵もとれるし、潮の流れも知っているわ。そしてルーサーの船に向かって叫ぶの。私が欲しけりゃ奪いにおいでって」
「弓で射抜かれておしまいだよ。弓矢はルーサー王のほうがお得意だろ」
「たぶん、そうね。でももうじっとしてるのつらいわ」
「今姫様に何かあったらハンスは戻ってこないかもしれないじゃないか。何してるか知らんけど、姫様がいる限りはハンスが助けにきてくれるよ」
「何だか私、みんなの人質みたいね」
「そうそう、だから大切にしなくちゃね」
キルティングチームは笑いの渦だった。
三月の開戦から小型船三隻が沈められていたが、ジンガの監修のもと、戦いに出ない老人や女子供でかんなをかけ、釘をうち、急造船を組み上げる余裕があった。
怪我人は今のところ五人が城に運び込まれ、医師のエリオとシェルが診察した。
女たちは船に乗る夫の代わりに家業に努めたりと何かと忙しくしていたが、手が空くと云われなくとも城に顔を出した。
お裁縫、大工仕事に怪我人の看護、城にいる者皆の食事や洗濯などに大活躍だ。




