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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第三章 メルカットとの戦闘準備
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獅子身中の虫作戦


 翌朝、ラドローは人気(ひとけ)のないところは馬で突っ走り、あとはねずみ取り売りのふりをして東に向かった。

 海岸に出たのはもう夕刻だった。そこには六十隻のメルカット船がレーニアを取り囲もうと出撃を待っている。ルーサーから命令が下るまであと二、三日、今は岸に見張りはなく、数名ずつが船内に寝泊りしているようだ。

 

 ラドローはできる限り多くの船にねずみを乗りこませるつもりだ。

 時間がない。しかし急いではいけない。ゆっくりと内部から船を壊したい。食糧を奪い、船底に穴でもあけばしめたものだ。今日明日でなくていい。出撃後、レーニア船に苦戦しながら情勢のかわらない持久戦の中で、ぼろぼろと壊れていって欲しい。

 

 去年のフランキ戦の後、レーニアの海岸でメルカット船の板材を見つけた。薄板だった。船大工に聞いたところ、メルカット船は内海向きで船底が薄い、掃討に外海に出ただけで壊れた船があったという。そこにつけこんでのねずみ作戦だ。

 

 ラドローは夜陰に乗じてもやい綱にぶら下がり、綱渡りをはじめた。ねずみ返しがあるのだ。ねずみ返しより上までロープをつたい、ねずみを放さねばならない。メルカット船は図体ばかり大きく、浜からねずみ返しまで身長の倍はある。飛び降りて水音をたてるわけにもいかない。ねずみをつぶさないようにふところの革袋に入れ、雲梯をわたる要領で伝っていく。もやい綱はたるんでいて風や自分の重みで頼りなく揺れた。

 

 ひとしきりねずみを忍び込ませると、ラドローは肩で息をついた。

「これでもやっと二十五隻か」

 東の空はもう白み始めている。

「ピオニア、オレの出せる力が違うんだよ。『ラドローがいないならハンスといるのも、ルーサーといるのも同じ』とおまえが本気で思っているなら、オレはこれ以上がんばる気力もない。しかし、ひとっかけらでもハンスの愛が届いていて、オレとの先を考えてくれているなら話は全く別物だ。とりあえず、今は森の奥で少し眠らせてくれ」


 昼近くなってラドローはとりわけ汚い恰好で近くの街にでた。早晩メルカット船からねずみ取り器を求める輩が現れるだろう。そうしたら理由をつけて船の内部を見せてもらおう。街の市場のはずれに座り込み、持ってきたねずみ取り器を三、四個無造作に膝の前に並べうつむいている。

 

 ぼうっとしているようで、ラドローの頭は今後の予定をたてていた。

 明日ルーサーはピオニアにあい、表面上は丁寧に結婚話をもちだすだろう。ピオニアが断れば、

「あなたは木こりに騙されている。王族として先祖の顔に泥を塗るのか、メルカット城へ来い」というだろうな。ピオニアはどうするだろう。罵りあってでもレーニアに留まって欲しい。

 オレは明日はアストリーに戻ろう。ルーサーとピオニアの動きがわからなければこっちもどうしようもない。宣戦布告かピオニアが引きずられてくるか、何らかの情報はあるだろう」


 ふっとため息をつくと頭には次のプランが浮かぶ。

「戦端が開かれても焦らなくていい。海戦にかけてはレーニアのほうが上だ。勝ち急ぐ必要はない。上陸されなければいい。その隙にオレは北へ行こう。北国ではじめて食べたイモを仕入れるんだ。北国の夏育つイモが、気候の温暖なレーニアでは冬作れるはずだ。籠城戦に備えなければ」


「そしてこの冬の間に組み立てておいたメルカット型船でレーニアに届けよう。あの船は、外見はメルカット型だが外海仕様だ。スピードも走波性もメルカット船を凌ぐ。レーニアの東の湾に隠してあるあの船さえ動かせれば、海上封鎖も楽に突破できる。

 陸上戦になる前に戻らねばならない。レーニアには経験がない。エニシダの盾も城の防備も使い勝手がわからないだろう。

 オレはレーニアという小国をピオニアと同じくらい愛してしまったようだ。ピオニアがハンスを捨てても、オレは船大工のジンガや羊飼いのクエヌを見捨てることはできない」

 

 ひとりで含み笑いをしていると待ちわびていたメルカット船からのお客がやってきた。

「おい、船にねずみがでた。ねずみ取りはいくらだ?」

「何ねずみが何匹くらい出たんでしょう?」

「そんなん知ったことか」

「野ねずみはこのタイプ、いえねずみはこっち、どぶねずみには大きいのにしないと、効果がねえ。糞をみればあっしには見分けがつきますがねえ。大事な船なんでしょ、あっしを船まで連れてっちゃくれませんか?」

「めんどくさい、全部買ってやるから。病痕者がついてくるな」


「馬に三十っ個ばかり乗せてて担いでいくには重すぎる。馬ごと持っていかなきゃならねえだ。馬は売るわけにはいかねえ。離れて歩きますからどうか連れてってくだせえ」

「馬にまで金を払うつもりはない。わかったから俺のずっと後ろをついてこい」

「ありがとうごぜえやす」


 東海岸に着くと、ルーサーが再度準備を怠るなと命令したらしい、昨夜より多くの人間が甲板の上でうごめいていた。

「麦がやられた!」

「チーズがなくなっている。そっちは大丈夫か?」

 上を下への大騒ぎだ。

 

 船倉にはもともと二、三日分の食糧しか積んでおらず、忍び込ませたねずみはたらふく食い散らかしたようだ。船の装備としては火矢での攻撃を想定しているらしく、大砲を積んでいるのは五、六隻といったところ。それも他の船同様の薄い甲板に、木製の砲台をうちつけてあるだけなので、撃つたびに衝撃で船が激しく後退するか、横揺れするか、楽しみなできばえだ。


 レーニアがランサロードで組上げた大型船に大砲があったが、砲台にはころがついており、レールに乗っていた。そして大砲の後ろには十分な広さがあった。あれは砲の衝撃を船に伝えないためのものだ。大破しても沈没する前に大砲を投げ捨てることもできる。

 

 ラドローは「こいつは野ねずみだ、いえねずみだ」とつぶやきながら、一隻一隻にねずみ取りを置いていった。もちろん小さなねずみの乗った船には大きなねずみ取りを、どぶねずみのような大きなねずみの乗った船には小さな、籠タイプのねずみ取りをあてがった。

 

「敵がサリウでなくてよかった。ヤツにはこんな作戦通用しないし、少々ねずみにかじられて困るような船でもない」

 市場のはずれに座っている間に「殺してくれ」と持ってこられた数匹のねずみをこっそり船の中に放すと、代金を受け取り最後の船を下りた。ねずみ取り器は完売した。今のところはねずみが船底をかじった痕は見かけなかったが、あの小動物が元気な限り、歯がのびて甲板かマストか舷側かどこかをかじってくれるだろう。

 

 ラドローは一路アストリーの森へ戻った。



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