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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第三章 メルカットとの戦闘準備
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民として戦う場合

ハンスの作戦が始動します。


 アストールは心配を顔色に出さずに訊いた。

「俺はルーサー王には恩義がある。メルカット国民でありながら、この森で自由に暮らせているのも王のおかげだ。それを踏まえた上で俺にして欲しいことがあるか?」

「噂を流して欲しい。

 ① 今回のレーニアとの戦争はルーサー王の失恋の腹いせだと。

 ② ピオニア姫は木こりにめろめろだと。

 ③ サリクトラがメルカットに攻め込もうとしていると。

 ④ エール島は岩だらけの荒野だと。

 ⑤ メルカットとレーニアのけんかの仲裁ができるのはパラス王だけだと。

 ⑥ レーニアは狭くて貧しい国だと。

 そんなとこかな。ルーサーは凄いやつだとオレも尊敬している。一番話が合う相手だった。だが、ピオニア姫のこととなると公私混同甚だしい。女は国の軍隊を使って獲得するもんじゃない」


「噂を流すのは簡単だ。今回の戦争がルーサー王のためにならないこともよくわかった。わからないのはおまえの立場だ。おまえだってレーニアの軍隊を使って、自分の女を守ろうとしているだけじゃないのか?」

「レーニアはレーニアを守るために戦う。姫は自分から退位するだろう。さもなきゃ自分からルーサーに身を任せるさ」


 とうとうアストールの顔色が変わった。

「どういうことだ? おまえたち愛しあってるんじゃないのか?」

「だめみたいだ。オレの今の名はハンスっていうんだが、姫が愛しているのはラドローでハンスがどんなに姫に恋焦がれても一生すれちがいだ」

「それじゃあおまえ、何のために顔をこわしたんだか……」

「云わないでくれよ。オレも早まったかなと思ってるんだから。オレの腕の中でラドローの名を呼びながら眠り、今朝がたもラドローの瞳が好きだと夢のようなことをいっていた」


「名乗らないのか?」

「今のオレが嫌いなら名乗ってもしかたあるまい。苦しいんだ。オレの胸の内は何にも変わっちゃいないのに、毎日ふられ続け、自分の愚かさをつきつけられている。キスすれば気付くかと思ったがそれも勇み足だったようだ。それで今朝別れてきた。こちら側ですることがたくさんあるし、それがオレにしかできないことだから。納得いくまで姫をルーサーから守ってみる。それが徒労に終わってももういいんだ」

「不幸な恋愛だな。だが、ひとつだけ間違えるな、ラドローもハンスもおまえだぞ」


 アストールは目を細めて若い友人を見つめた。

「噂を流す以外に望むことは?」

「そうだな、ねずみとねずみ取り器をできる限りたくさん集めたい」

「軍資金はあるのか?」

「すっからかんだ」

「よーくわかった。おい、皆ども集まれ。アデル、狩をしろ。いつもの二倍の獲物を捕まえて城に売りに行く。そのときにねずみの駆除を申し出ろ。生きたまま籠一杯にもらって帰るんだ。それからついでに王様が何してるか聞き出せ。ベルベルたちは残った獲物を街で売りさばけ。その金でねずみ取り器を買い占めろ。チーズをとるとバチンとバネがはずれるのや、一度入ったら出られない籠形のや、いろんなタイプを集めるんだぞ」


 アストールの手下たちとラドローは弓矢をもって森の奥へ入っていった。グループにわかれ思い思いの狩をし、半時もすれば皆それぞれ、いのしし、しか、はと、しぎなどの獲物を手にした。ラドローも皆と追い詰め射止めたきつねを肩に城下へ向かった。


 まずはメルカット城の搦め手門から食事番にとりついでもらった。普段から森の食材を提供しているので、「アストリーからきた」といえば物はみてもらえる。出てきたコックは、

「うーん、どれもいいものばかりだが、三日後には王様はレーニアに行くんでねえ、たくさん買っても余っちまうんだよ」

 と腕を組んで考え込んだ。「三日後」という言葉をラドローは心に刻んだ。

 

「このキツネなんて毛皮だけでも価値がありますで、王様にいかがなもんでしょう、はいでさしあげますが。」

「いや、いのししだけにしておこう。こいつはハムにもできるから。」

「そうおっしゃらずに。そうそう、納屋のすみででもキツネの毛皮剥ぎをさせてもらえるなら、その間にお城中のねずみの退治もかってでますが。地下牢だろうが屋根裏だろうが水も漏らさず」


「ねずみか、わしは料理以外で動物を殺すのは好かんでな。掃除番に任せている。あ、おい掃除番、ねずみ退治はすんだか? まだだったらこの方たちがやってくれるとよ」

「いいよ、自分でやるよ。もう慣れっこだ」

「いやそれだけじゃないんだ。ねずみの始末と同時に上等なキツネの毛皮をはいでくれるんだよ。おまえ王様が何のためにレーニアに行きなさるか知ってるだろう? 今度こそピオニア姫を連れて帰られるんだよ。ご結婚の記念に毛皮を献上すりゃあ、姫様も王様もお慶びいただけると思うんだがねえ。どうだい、ふたりで折半ってことで、このキツネの毛皮買わねえか? おまえさんはねずみの退治、俺さまはきつねの肉の珍味が同時に手にはいるんだがな」


「本当に城の隅々のねずみを退治してくれるんだろうな? 普段手が回らないところもあるからな。ピオニア様にメルカットはねずみが駆け回る城だなんて思われると困る」

「そりゃあもう。」

「姫様への献上はふたり揃ってだ。抜け駆けなしだぞ」

「もちろん」

「よし、この話のった。それでいくら出せばいいんだ?」

「それじゃ、イノシシとキツネ三ドウニエずつってことで」

「そりゃ、破格値だ」


 ラドローは掃除番についてメルカット城内に入った。客人として訪れれば見ることのない、城の裏の姿がわかる。召使が使う戸口や通路は侵入にも脱出にももってこいだ。ダンジョンや塔の屋根裏に上がれたのはラッキーだった。

 そして、掃除番が仕掛けていたねずみ取りには三十匹余りかかっており、「一括で処理しますだ」と生きたまま城外に持ち出した。

 街ではねずみ取り器の買いつけも済み、森では、アストールたちが野ねずみを捕まえた。

 

 その日の夜にはキーキーチューチューうるさい、ラドローの荷物ができあがった。

 翌朝にはメルカット東海岸にむけて出発する。夜具にくるまって横にころがっていたアストールがラドローに声をかけた。

「無茶するなよ。すべてを捨ててこの森で暮らすこともできるんだからな」

「ありがとう、わかっているよ」


 ――ピオニアがレーニアを離れない限りは万にひとつの勝算がある。ルーサーについてメルカット城に入るようであればお手上げだ。あの城はひとりで忍び込めても、ふたりで抜け出せるもんじゃない。この騒がしいねずみたちも無為に船旅を楽しむだけだ。

 せめてオレがラドローだと告げてくればよかった。そうすればこんなあやふやな気持ちで戦わずにすんだ。これじゃまったく孤軍奮闘もいいところだ――


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