緊急代表会議では
一時間後二十名余りの村長、職業長を前にしてピオニアは静かに話を始めた。
「ルーサー王が三日後に来訪します。目的はレーニア領土と私の獲得にあると思います。冬の間皆さんがつらい思いをして築いてくれたあの石壁もルーサーは見てしまいます。にこやかに帰り、数日後に挙兵するでしょう。ルーサーはもう八年近く私に求婚し続けていました。それは純粋に私を愛していたためではありません。レーニアを手に入れ、いざというときの海軍力をたのんで対フランキの捨石にしたいからです。弟が生きていれば私はルーサーに嫁ぎ、両国の橋渡し役にもなったでしょうが、今となっては私がルーサーに嫁すことは、戦わずしてレーニアをメルカットに譲り渡すことに他なりません。そして私は決してルーサーの妃にはなりません。心に愛する人がいるからです。相手は営林大臣のハンスです」
ピオニアが口を閉じ、沈黙が流れた。しかし思っていたほど皆は動揺しなかった。
船大工のジンガが発言した。
「そのハンスはどこにいったんだ、姫様。アイツならどうすればいいかわかるだろう」
「彼はメルカットとどう戦えばいいか書き残して出奔しました」
皆はざわざわっとした。
「逃げたのか?」
「そんなはずはない。壁必死に造ったのはアイツだぞ」
「いつもレーニアはいい国だっていってなりふり構わず木植えたり、船造ったりしてたじゃないか」
皆の声が重なりあって聞こえた。
「私はハンスが今も自分のできる限りのことをしていると信じます。ですから、ここで私たちにできることを確認したいのです」
西地区の長を皮切りに何人かが意見を述べた。
「姫様はルーサー王に嫁がねえ。そしたら戦争になる。どう戦うかハンスが書いてる。戦うしかあるめえ」
「何で戦うんだ。姫様にふられたルーサー王は酒でも飲んで泣いてればええ。何で戦争になるんだ?」
「そりゃ、メンツってもんだろうよ。ハンスなんかに姫様とられたんだからよ。力ずくで奪い返しにくるだろう」
「姫様はわしらの姫様じゃが、恋敵の相手はハンスがせにゃ」
「違う違う、わしらはふられた腹いせにレーニアを壊しにくるルーサーと戦うんじゃろ」
「バカこけ、そんなん相手にしてられっか」
「そう、まったく個人的な感情で戦争になりそうなのです。メルカットの東岸には六十隻の軍船が臨戦体制に入っています。悔しいけれどメルカットは大国、戦ってぼろぼろになるのはこっちです。さっさと降参してメルカットの一部にしてもらうのはどうですか?」
「フランキに負けたとき島がどうなったか、姫様は知らねえだ。ルーサー王なんて信用できねえ。メンツで戦争しかけるなんて」
「そんとき姫様はどうなる? 嫌でもルーサー王のおもちゃだぜ」
「レーニアにはレーニアの生き方があるんだよ。簡単に身売りする気はねえ」
漁業長が云った。
「わしはまだなんで恋愛沙汰で国同士が戦争になるかわからねえ」
「そりゃ、ルーサーと姫様が王家だからだろ」
「王家だとどうしてわしらと違うんだ?」
「国がついてくるからじゃ。わしらだって結婚するとき、持参金や畑やらついてくるでねえか」
「でも畑は例えばおまえさんのもんでも、俺たちが住んでる国ってやつは姫様のもんかい?」
「レーニアは私の持ち物ではありません。私はただの代表です。でもまだ国は王家の財産だと思っている人も多いのです。私が王家の娘でなければハンスとさっさと結婚していました。私を退位させてくれませんか? 引退したいのです」
「引退?」満場顔を見合わせた。
「新しい国の代表を決めるのです。そうすればレーニアをレーニア王家の私のものだと思い込んでいる人も違うとわかってくれると思います。私が王族でなければ問題は個人の単なる恋愛沙汰です。ルーサーの挙兵はただの言いがかりになります」
「だが、国の代表なんて姫様以外に誰ができる?」
「ハンスくらい頭が切れれば」「そうだハンスならできる」
ピオニアは慌てて止めた。
「だめよみんな、ハンスが国の代表なら同じことよ。もっと悪いかもしれない。恋敵同士が国をあげて戦争するだけよ」
「そりゃそうだ。姫様とハンス以外でだ」
「私がただの娘ならルーサーの挙兵は武力侵攻です。レーニアには自国を守る権利があります。なぜか戦争になって目的なく戦うより、同じ戦うなら自分の国を守るために戦う方が、力がでます」
「よし、わかった。代表を決めよう」
「事は急を急ぎます。今日中に担当地域の十八歳以上の全員に誰に代表になって欲しいかこの紙に書いてもらってください。明日の朝、紙を集め、一番目に数の多い人と二番目に数の多い人を発表します。午後にもう一度、ふたりのうちのどちらがいいか、全員に書いてもらいます。国の代表の仕事内容は私から少しずつ説明します。何がレーニアのためか、毎日考えて行動にうつすだけです。任期は一年。その間は自分の仕事はできないと思ってください。そのかわりに国庫からお給金がでます。では明日の朝九時に」