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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第二章 国、恋、自分、優先順位は
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難問をつきつけられた夜には

 ハンスはピオニアが帰ってくるなり騎士の間で聖燭台会議の一部始終を聞いていたが、書物机をガツンと殴った。サリウをなぐりたかったのかもしれない。

「早いな、また戦争がくる。今度は悲惨な局地戦だ。戦場はレーニア」

「避ける方法はありませんか?」

「ルーサーは姫さんを自分のものだと思い込んでいる。姫さんがハンスの嫁さんになって、ついでに同じ病気で醜くなっても、ルーサーは腹いせにレーニアに攻め込むだろう。領民たちも、ルーサーに統治されたいとは思っていない。あんたは皆に人気がありすぎる。ルーサー相手に死ぬまでレーニアと姫さんを守ろうとするだろう。メルカット城を落とせる陸軍もない。海で戦い続けるしかない。」


 ピオニアは何と返事していいかわからなかった。自分のせいで戦争になる。そんなこと、あっていい筈がない。


「それにしても、誰がバカな噂話をしたんだ? 姫さんに気に入られた記憶はないが?」

 頬が赤くなるのを止められなかった。

「『城に寝泊まり』は事実だとしても、寝所に入ったのを知っているのは姫さんだけじゃないか?」

「それが……」

 ハンスは不気味なオーラで詰問した。いけないことをしてしまったらしい。父王に叱られる前の予感に似ていた。

「アンナに相談事があって……」

「何の?」

「この部屋の鍵を失くしてしまってるから、作り直した方がいいかどうか」

「オレの知ってる限りじゃ、元のままだ」

「ええ、私の寝室の鍵がかかるのだからいいでしょっていわれた」


「ハハハッ」

 ハンスの笑い声が騎士の間中に響いた。驚いた。大笑いするところを初めて見た。

「お……かしい?」

「ああ、あんたの寝室の鍵も開いてることが多いからな」


 ピオニアは何を笑われているのか、よくわからなかった。乳母であり一番近しい間柄のアンナにでさえ、ハンスが寝所に訪ねてくるのを云ってはいけなかったらしいのに。

 鍵がどうこうというよりも、何故ハンスがそんなことをするのか、添い寝するだけなら問題ないのか、それともやめさせたほうがいいのか、それが聞きたくて話したのだ。アンナは久々に母親代わりらしく、

「嫌なら寝室の鍵を閉めればいいことです。ご自分で決めなさい」

 と、スッパリ云ってのけた。


「笑っている場合じゃないか、戦争が早まったのは事実なのだから」

 ハンスは背を向けて新たに不穏な影をまとった。

「ルーサーに嫁ぐ以外に方策がみえないわ」


 一瞬ハンスの背中がこわばり、壁に向けて大声をだした。

「違うと云わなかったか? ルーサーとハンスどちらが好きか? ハンスとラドローではどうなんだ? 流れ者を寝所に入れていると云われて傷ついたのか? じゃあなぜ寝室の鍵を閉めない? それより何より、大好きなラドロー様の国に嫁げばよかったじゃないか!」


「プロポーズもされてないわ。あのひとはメルカットとランサロードが戦争になると云っていた」

「レーニアがランサロードになってみろ、サリクトラはメルカットと組んでランサロードに戦線布告する。ジャレッドも追随するだろう。そうなったら聖燭台諸国じゅう大戦争だ。他国にレーニアへの助勢を頼んでもどこも動くまい。ルーサーの思いあがりと恋煩いが原因だ、自分たちでどうにかするしかない」


 ピオニアは虚空を見つめた。

「私が女だてらに野心をもったから。政治なんてできないとルーサーにすがっていればよかった」

 窓に目を向けた隙にハンスが近付いてきてパシンと平手打ちされた。

 

 ハンスはピオニアの手首をつかむと黙ったままどしどしと隠し階段を上がった。ひきずられるようにピオニアは自分の寝室に入った。ハンスは怒っている。

「ここにはルーサーもラドローもいない。いい加減、オレの女になれよ」

 ハンスはピオニアをぎゅっと抱きしめた。粗い言葉に比べるとハンスの身体はずうっと優しい。

「ピオニア、オレはおまえに会いたくてこの島に来た。それだけは信じてくれ」

 真摯な言葉に胸の鼓動が速くなる。ピオニアは自分で思っている以上にハンスに心傾いている。

「わかって欲しい。オレはおまえを誰にもわたす気はない。自分の運命はハンスが握っていると覚悟して欲しい。そしてオレを愛して欲しい。愛していると云うまで解放しない」


 ピオニアは抗いもせずにハンスの腕の中に納まっていた。何度かの添い寝のせいで慣れてしまったのかもしれない。

「ルーサーに嫁ぐ」という選択肢は自分でもずうっと否定してきた。兄のような幼馴染としか思えないのは重々承知している。結婚しても異性として意識することはないだろう。妻として、王妃としての務めを果たすだけ。したくはない。でも好きな人の行方は知れない。戦争の原因になりたくない。


「少し眠れ」

 ハンスが思いの他優しく囁いた。

「答えは朝に聞くから」


 窓からの月の光に照らされながらハンスはピオニアの頬をなでた。

「痛かったか? そんなにラドローが好きか? 今のオレではだめなのか? 病になったからとて家族愛は変わらぬと云ったではないか。恋人はそうはいかぬのか? 

 顔を壊して国を捨てねばここに来れなかった。そうせねば恋のために戦争を始めるルーサーと同じになってしまうからだ。

 ピオニア、オレがラドローだとなぜ気付かない? オレはそんなに醜いか? この部屋で初めて抱きしめた夜、気付いてくれたのだと思った。オレを『ラドロー』と呼んでいるのだと。おまえの次の言葉がどれだけショックだったか。『ラドロー、助けて』と涙声で。

 キスしても抱きしめてもオレがラドローだとわからないのはなぜだ? 認めたくないのか? ハンスが余りにもかけ離れているから、信じたくないのか? 

 教えて欲しい、オレは女に溺れ国も将来も顔も失った愚か者なのか。

 オレはラドローのなれの果てだ。おまえがハンスを愛せないならラドローのなれの果てを愛したとてそんなもの同情にすぎない。ハンスだけ見て好きになってくれ。オレはおまえに愛されたいんだ。避けられたくもないし疎んじられたくもない。オレを見てくれよ、おまえの愛した男じゃないのか?」

 ハンスは姫の胴に腕をまわして奪われるのを防ぐかのように眠りについた。


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