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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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ルーサーとの再会は


 ピオニアは馬車の中で娘に話しかけた。

「あなたはお腹の中にいる時から馬で速駆けしたり、新婚旅行で諸国を巡ったり、旅行は大得意ねぇ。今度はルーサーおじちゃんに会いに行こうね」

 目の前に座っていた夫がガタっと音をたてた。

「オレ、外にいる。御者の横に座ってるから」

 馬車が停まるのも待たずに扉を開け、御者台によじ登ったようだ。


「どうしちゃったのかしら、お父さんは。フランキから帰ってずうっとヘンな気がするわ。よそよそしいの。私の身体が変わっちゃったからかしら? マリティアさんのほうが綺麗だったのかな。それとも私よりフリシアのほうが好きになったのかもね。淋しいね。でも私もフリシアがいれば大丈夫だから……」


 道中、フェリシティ王太后さまの馬車として、パラシーボ国内はもとより、メルカット国内も安全に旅ができた。デルス総理大臣も、もし何かあってパラシーボと事を構えるわけにはいかないと思ったのだろう。

 ハンスが云うには、デルスの憂慮は海にある。フランキとサリクトラが同盟を結んだことを見せつけてしまったから、メルカットの次の敵はサリクトラ。それも東国とフランキが高みの見物をする中、メルカットとサリクトラが代理戦争をすることになる。メルカット海軍が愚かにもサリクトラの領海侵犯を続けるなら、サリウも黙ってはいないだろうと。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。ピオニアは苦い思いを抱えている。レーニアとメルカットが戦い、今度はサリクトラともうまくいかない。

 聖燭台諸国はお互いの得手不得手を補って、対話しながら発展していた筈。

 全ては自分が発端だ。間違えたところからやり直すしかない。確かに、間違えてしまったのだから。


 レーニアへの渡しは出ていない。

 ルーサーからは王太后さまの来島を歓迎する旨の書状、デルスからは「メルカット城にお立寄りください、船を手配します」との文が届いていた。

 デルスとルーサーの間にどれ程の意思疎通があるのかもわからない。


 デルスに顔を見せるわけにもいかない、レーニアへはフルクに連れて行ってもらうことにした。

 船に乗ってしまえばもう、名を騙る必要はない。自分として、レーニアのピオニア姫として、顔を上げて、島の土を踏む。どうしてもそうしたかった。


 フルクは何も訊かず、寝起きだろうに文句も云わず船を出してくれた。

 昔、メルカットでの聖燭台会議からの帰り、よく乗せてもらった。覆面をしていても、黒い騎士服を着ていても何も尋ねなかった。どれだけ待たせても、そこにいてくれた。

 自分は姫さまだから、それを当然に思ってしまっていたようだ。


「大丈夫です。船を帰して下さい。戻りはいつになるかわかりません。どうか、心配しないで」

 と云うとフルクは、ピオニアではなくハンスの目を見つめた。夫は、

「云う通りにしてやってくれ」

 と淋しそうに微笑んだ。


 島の西の浜に降り立った。ハンスからフリシアを胸に受け取る。

 生まれ育った自分の島。ルーサーと海水浴をした砂浜を、松林を縫って歩く。落城からまだ一年たたないというのに、もう何年も前な気がする。

 潮風になびく草が生い茂る砂礫の坂道を上がれば、レーニア城はすぐ目の前だ。


 城の西側の草原を歩く。メルカット軍が陣を敷いていたところ。お濠の向こうに立つ、城の全容を見渡した。

「立派なものね、あなたのお祖父ちゃんのおうちは」

 腕の中の娘に話しかけた。彼女の目は城よりも母親のドレスの釦が気になるようだったが。


 近付くにつれ、二階中央の花型窓にガラスが入っているのが見て取れた。

「フルクが云った通り、直ってるわね」

 ステンドグラスではないが、湿り気一杯の潮風を防ぐには十分だ。

 半地下の台所の煙突から湯気が出ている。この城は廃墟じゃない、生きていると思えた。


 正門から跳ね橋を走り出してくる男があった。

「ピオニア!」

 渡りきったところで立ち尽くしている。

「ルーサー……」

 ゆっくりと男に向かって歩いた。


「元気なのか? 幸せなのか? 大丈夫なのか?」

 一歩踏み出しただけで尋ねる。

「はい、見ての通りです」

「中に……お茶でも用意させよう、いや、おまえの城なんだから、おまえのいいように……」

 ピオニアは心から微笑んだ。ルーサーは欠片も変わっていない。


「では中庭に入らせてもらえるかしら? パーゴラの下に座るのが気持ちいいと思うわ」

「あ、ああ。でも、庭はまだ手が回らなくて……」

「あなたが庭仕事までしているの?」

「いや、ちょっとだけ、芝刈りを少しやってみたくらいで」

 声を上げて笑ってしまった。

「ありがとう」


 ルーサーは困惑しきった顔のまま、ピオニアの一歩後ろを歩いた。

 ピオニアは、伸び過ぎて腰の高さになったノットガーデンに入っていく。レーニア王家の紋章がツゲの刈り込みで形作(かたちづく)られている筈だが、頭文字のMもJもRももう、定かではない。



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