不審な入国者には
いつまでも泣いているわけにはいかなかった。戦の後だ。
島内に被害はなくとも、領民たちは普段の仕事を投げ出して軍務につく。そのしわ寄せがここかしこに見える。
ピオニアは、自分の目に映らない部分もあるだろうと、各家庭を訪問して確認していった。
うわの空で過ごした聖燭台会議だったが、思い返してみるとサリウは、
「フランキからの二次攻撃はすぐにはないだろう」と云っていた。
「うちのあれだけの船団を見せたんだ、小さなレーニアを取るのに割に合わない。当面はわざわざ海を越えて来るよりも、陸続きのどこかを攻めるだろう」
そのために彼は急ぎで大量の木材が必要だったのかと合点がいった。
秋晴れが暮れていく気持ちのいい夕方、羊飼いから注進があった。
「新入りが木を切り倒しております。枝なんかバシバシ切って、きっとご法度を知らないんでさ。姫様何とか云ってやってください」
レーニアでは木は貴重品で伐採には届出が必要だった。領内の森はどこも入会地で誰がどの様に利用してもいいが、直径十センチ以上の太さの木を切るときだけは、前もって王室の許可をとることになっていた。
ピオニア姫はとりあえず、現場に急行した。そこは城の裏手南東の丘を少しあがった松林だ。
「私は王家のピオニアです。木を切るには許可がいると知ったうえでのことですか?」
「知るには知っちゃいますがこの国でも冬は来るんでしょう? きっと木が曲がりくねるような木枯らしが吹くはずだ。このままほっとくわけにはいかねえんだよ」
「新入り」と呼ばれた男は、倒した松の木を寸法に切っていて、顔も上げず、手も止めない。
「私はあなたが誰だかわかりません。名前といつからレーニアに住んでいるのか教えてください」
「わしは先週ここに住むことに決めた。ここはわしを必要とする木がいっぱいあるからな。名前はハンスと呼んでくだされ」
「あなたは木こりですか?」
「森に住む者だ。姫様よう、こんなふうに樫の木が途中で折れるのは、いらない枝をつけすぎだからなんだよ。雪が降る前に枝は少々すかしてやらにゃ。それにこの国の松ときたら風の方向にあわせて風車のように曲がりくねっている。これじゃどんなに大切にしたところでいい船材にはなりゃしない。ほら見てごらんよ。松の間にブナや樫が芽生えているだろ、こっちを育てるんだ。松が茂りすぎて丸い葉っぱの木が伸びないときは、思いきって松を切り捨てるんだよ」
「わかりました、ハンス。あなたは森を育てる人なのですね。あなたの助言を頂きたいことがたくさんあります。明日のお昼、城に来てくれますか?」
「食事が出るならいってもいい」
「ごちそうを用意しておきます。家はあるのですか?」
「森の中に番小屋を建てた。この松も小屋に使いたいんだがそれも許可がいるのか?」
「お使いなさい。ただし明日からのことは明日決めますから」
城に戻り、毎日港でつけられている入国者名簿を開いてみた。
ハンスという男は確かに先週十月五日に入国していた。
年令は三八才。あごひげを薄汚くのばして、毛織物素材で膝丈の修道服を着ていた。フードを目深にかぶっていたせいか顔のつくりが思い出せない。
職業は木こり、希望滞在日数、永遠。
「おかしな人。こんなひとに国の最重要事の森を任せていいのかしら。スパイだったらレーニアは滅ぶわ。でも誰よりも森に詳しい。云ってることもはっきりしてる。悪びれたところもない。どんな男かわからないけど試してみるしかない」