そんな小説、誰が読むもんか
ゴミ捨て場はいい天気だった。どこかそこらへんにすわりこんで、「さあ泣き出そう」と思ったとたん、つみ上げられたゴミの山の奥から小さな小さな泣き声が聞こえてきた。僕はのどまで出かかった自分の泣き声を飲み込んで、僕のではない小さな泣き声の主を探した。
その子は、捨てられた冷ぞう庫の中に体育すわりをして、何だかとても苦しそうに泣いていた。僕が近づいても、泣くことに夢中で気がつかないみたいだ。僕は驚かさないように、そっと声をかけた。
「どうして泣いてるの?」
「君は……?」
その子が顔を上げ、くしゃくしゃに丸まった僕の姿を見て目を丸くした。
「僕は『誤字・脱字』さ」
「ゴジダツジ……?」
「うん。さっき僕のご主人に、捨てれたんだ。僕の仲間達も、一人残ず。僕はもう、要らないってさ」
「そう……よくわかんないけど、変なの」
「ごめんな。しゃべり方おかしくて。ところどこ、誤字・脱字があるかもしないけど。でも、それが僕なんだ」
「フゥン……? かわいそう……」
「だから捨てられたのさ」
僕はよっこらせ、と、こわれた冷ぞう庫の前に腰を下ろした。その子は丸められた模造紙みたいな僕をみて、とても哀れんだ目を向けた。変だな。自分でも十分そのつもりだったのに、他の人からそんなことを言われると、よけいに悲しくなってくる……。
「……君は? どうして鳴いてるの?」
「僕は……」
すると、その子は自分が泣いていたことを思い出したかのように、しゃっくりを二、三度くり返した。
「僕のせいで……負けたんだ」
「何が?」
「試合……こないだの、サッカーの」
そう言ってその子は再び大つぶの涙をこぼし始めた。それから僕はしばらくその場に横たわって、その子が悲しんでる理由を聞いていた。最後の三分間、クタクタにくたびれていたこと。友達からもらったパスが、上手く受け取れなかったこと。そのせいで相手にゴールを決められてしまったこと……。
「僕のせいだ……。僕があの時、もっと上手くやれてたら……」
「また練習して、次の試合で取り返せばいじゃないか」
「取り返しなんてつくもんか。トーナメントはもう終わったんだ。センパイは僕のせいで引退だよ」
「そうなんだ」
「もうみんなに合わせる顔がないよ……。どうやったって、こないだの取り返しなんてつかないんだ。もう二度と、サッカーなんかやりたくない。あんな負け方して、できる気しないよ」
その子は声をふるわせて、それから抱えこんだひざの上に顔をうずくまらせた。まいったな。僕は正直、早くこの子をゴミの山から追い出したかった。僕だってどうしようもなくて、僕が泣こうと思っていたのに、何だか自分の居場所を取られたみたいだった。
「だったらさ」
僕はできるだけ言葉を間違えないように、明るい声でその子に話しかけた。
「しばらく別のことをやればいいよ。屋球でも、バレーでも……読書でもお絵かきでも、なんでも」
「でも……」
「それから、こないだを返していけばいい。サッカーじゃなくても。もし野球で『自分のせいで……』とか、バレーでミスとかして『もうやりたくない』なんて子がいたら、その時自分がかけてもらいたかった言葉をかけてやればいい」
「うん……」
それからしばらく僕たちは黙って夕焼け空を見上げていた。ゴミの山の上から、捨てられたカラス達が心配そうに捨てられた僕たちをながめている。僕ももうそろそろ、泣き出したくてたまらなくなってきた。
「さ、もういけよ。カラスに食われっちまうぞ」
「うん……」
すると、ようやくその子は冷えない冷ぞう庫の中からはい出してきて、『こないだ』から立ち上がった。それから僕の方を振り返って、やたら赤い目をしながら笑った。
「僕、もう一回だけサッカーやるよ」
「そう」
「それから、いつか君みたいな小説を作るよ。ゴジダツジだらけの、小説を書く」
「そんな小説、誰が読むもんか」
僕も笑った。夜が来る前にその子とお別れをして、今度は僕が冷ぞう庫の中に入る番だった。
やれやれ。ようやく自分の分の涙を流せる。一人になって、ため息交じりに出てきた僕の涙は……もしかしたら誤字かもしれないが……自分で思ったよりも、何故か暖かかった。