第3話 HERMIT BULLET①
あれから3日後の事、ラヴィの指示によりエリックは兵力を王都の目と鼻の先に位置する広い平野に陣を構える。
エリックは一人陣営一画に簡単に作った作戦室テントの中に座っていた。
そして、あの幼い少女の作戦を思い出していた。
(バカバカしい、俺達の命はあんな無謀な賭けに乗らなきゃならないのか!)
ダンッと机に拳を叩き付ける。
(くそ、奴等が来るのを直ぐだ。視界に入ってもおかしくない…あんな作戦を陛下は本当に納得しているのかっ)
苛立ちが増すばかりの中、作戦室に誰かがやって来る。
不機嫌そうに睨みつけるように、今は1人にしろと訴えかけるように入口に目を向けるとフェリミアが少し疲れた表情でいつもの笑みで立っていた。
エリックとフェリミアは幼い頃からの親友だ、お互い考える事が表情を見るだけで理解できる程に友情は育んでいる。
「フェルか、疲れてる様子だな。城は良いのか?」
「ああ、大臣達に任せてある。それに俺も前線に立たなければな、ここでもしもの場合に備えて策略を考えるつもりだ」
「そうか」
フェリミアの真面目さに感心しながら、先ほど叩き付けたままの拳に視線を移す。
「まだ、納得していないのか?」
その様子にフェリミアは察知したかの様に話しかける。
「当たり前だ!!!何が駄犬の陣だ、俺達が餌で無駄死にしろと言うつもりかあいつらはっ!」
「そうは言っていない、その為に俺も来てるわけだ。それに生き残る為の策も、あの小さな女の子…ラヴィさんから教えてもらったじゃないか」
「あいつらは一体何者だ、くそっ」
「そう言うな、俺は彼等を信じる事にしたよ。この三日間、お前は此処に居たから見てないが、俺はそう感じれた」
静かにフェリミアは笑みを浮かべながらエリックに言う。
「はっ、一体どう感じた?フェル、お前ヤケになってないか?」
「それはお前じゃないのか?」
見透かす様にフェリミアは言うと、あの後の事を思い出した。
♢♦︎♢
ティラール兄妹達は客室に案内されると、先ほど兵士から受け取った紙にラヴィは殴り書き始めた。
エースは布にくる回れたライフル型ボウガンを分解し整備を始め、ラヴィの紙を眺めながらカチャカチャと弄り始める。
何時間かエースは夢中になっていると、窓はすでに暗くなりラヴィの姿が消えていた。
すぐに、ドアをノックする音に気付いたエースは。
「ん、どーぞー」
と、気の無い返事で言うと、その言葉を待ってたかの様にドアが開けられる。
「えーっと、アンタ宰相の」
「フェリミアだ、フェリミア・ガーナバルト。親交ある者は皆フェルと呼ぶ。そー呼んでくれ」
「そうか、あっ、俺も隠者の弾丸だけで、名前名乗ってねーじゃん」
ボリボリと頭を掻きながら立ち上がるとフェリミアの前に止まる。そして、右手を差し出しながら名乗り始める。
「俺はエースだ、エース・ティラール。普通にエースで良いぜ。宜しくなフェル」
「こちらこそよろしくお願いするよ、エース」
「それより、ラヴィに用事なら居ねーぞ。気付いたら消えてた」
「心配ない、先ほど会って城の蔵書に案内した。今はそこで本を読んでいるのだろう」
「あー、また本か。あいつ本が好きだからな~」
お互い自己紹介と軽い会話を終えると、エースは椅子にまた座り作業を始める。
フェリミアは机に置かれた無数の鉄部品と何枚も何かを描かれている紙に手を取った。
「あ、おい。1番上のはそこに置いてくれ、見えないだろ」
エースが慌てて紙を取り上げると、紙を交互に見ながらまた作業を開始する。
「エース、これは…一体なんなんだ?」
「あぁ、こいつは弓だ」
「弓…私の知ってる弓は湾曲になった物に弦を結んだもののはずなんだが…」
「あぁその弓だよ、ただ違うのは見た目だけじゃない」
そう言い終えるとライフル銃とボウガンを足した形の代物を完成させると、サッと構えながら取り付けられたスコープを覗く。
「こいつは弓を一本一本引く動作もいらない、速射連射を可能とした弓だ」
「連射??」
「おう、考えたのはウチの可愛い妹のラヴィだが作ったのは俺だ。この鉄筒の所に特製の矢を5本詰め込んでいる。んで、これが矢ね、矢尻に特別な発火物詰め込んで、ここのハンマーが衝撃を与えると発射するって仕組みだ」
「発火物とは、そんな物存在するのか?」
「まあ、5年くらい前に偶然ラヴィが開発したんだわ。あいつは俺なんかよりもずっと天才なんだ…他の奴らに考え付かない事を平然と思い付く。我ながら出来た妹とだと思うよ」
やれやれと言った表情で、最愛の妹話を自慢げに話す。
「ま、色々と細かくは説明出来ないけど。こいつ…俺達は"ドラグニル"と呼んでるけど、こいつは弓の飛距離の5倍以上。威力も鉄兜は粉砕出来る、その上風に左右されるのは基本の矢より影響は少ないのさ」
「それが、隠者の弾丸の由来か…」
「そうそう、隠れた先から射つってな…ま、これ扱えるのも俺だけだけどな。他の奴らじゃ的にかすりもしないとさ」
得意げに笑いながら背伸びをするエース、そんな様子を見ながらフェリミアはゆっくりと口を開いた。
「1つ、聞かせて貰えないだろうか」
「…どーぞ」
あまりにも真剣な表情のフェリミアに、だらけているエースが向きなおる。
「どうしてそこまで金に固執する。お金持ちにただなりたいだけじゃないのだろ?今までの戦果を考えて、それは充分に叶えられているはずだ」
「やぁー…鋭いね宰相様は」
少しとぼけ口調でエースは応えると、視線を上に向けながら口を開いた。
10年前、ティラール兄妹がエース、ラヴィと名乗る前の話。
彼等の本名はアルブレッド・ティラール、アンスフェラ・ティラールと名乗りティラール家として1つの貴族だった。
「俺達は元々ペタルダニアに住んでたんだ、大陸最大の領土を誇り、最も今の元凶を"大陸統一案"を提案した張本国。そして大陸一の兵力と財力を持つ現在の他国にとっては強大にまでなってる国のな…」
「ペタルダニア…ティラール…」
その2つにフェリミアは何かを思い出しかけようとするが、エースは御構い無しに話を続ける。
「それまで平和で幸せ家庭にぬくぬく育った俺達に、10年前ある事が起こった」
「ある事…?」
「俺と妹以外の全員が、何者かに惨殺されたんだ」
「ざ、惨殺!?」
「幼い妹と息を殺しながら隠れ続け、気付いた時には屋敷が炎に包まれていた。俺達は何とか逃げる事に成功した、名前を偽り逃げ切った。幼い妹を育てるのには苦労したぜ、当時の俺は今のラヴィと同い年だったからな」
何かを思い出すように手を広げ、指の間から漏れる光を眩しそうに見つめる。
「行き着いたの傭兵」
ケロリとした表情でフェリミアに顔を向ける。ただ黙って話を聞くフェリミアの真剣さに、少し困惑するもエースは話をまとめに入った。
「俺達がどうして金を集めるかだが、その理由は国を買うのさ」
想像、考え付いていた物にどれも違った事にフェリミアが戸惑いを見せた。
「国!?」
「2人で安心して暮らせる領地、壁、屋敷、そしてその小さな国を保護してくれる為の買った国への安全条約を結ぶ。それが俺達の夢さ、金はまだまだ足らねー…それが理由だ」
「…ありがとう。君達を軽く見ていた様だ、すまなかった」
フェリミアは頭を下げながら謝罪するが、エースが気恥ずかしそうにそれを止める。
「止めろ恥ずかしい、そんな事で一々プライド傷つけられるかよ」
「そうか…すまない。もういい時間だな、食事はすぐに部下に運ばせる、妹のラヴィ君の所にも食事を運ばせるよ」
「おう、サンキューフェル」
「いや、せめてもの償いの1つさ」
「?」
「なんでもない、おやすみエース」
♢♦︎♢
場所は王都の一室、他の部屋よりも豪華な装飾が施された扉の前にフェリミアは立っていた。
つい先刻のエースの話を思い出して、立ち尽くしている。
「フェルじゃない!」
不意に名前を呼ばれて、声のした方へと視線を向ける。
「レミリア姫!?」
声の主の正体は、カナレリア王の唯一の一人娘、レミリア・ハート・ニアヴェルデ・カナレリアである。
他国にまで響き渡る美貌の持ち主であり、性格破天荒、服装がまさに性格を表しどんなときもドレスや着飾った物は一切着ようとせずに、動きやすく露出が多いファッションを好む。
そして誰もが振り向く綺麗な金髪碧眼、そして少しばかり男勝りなショートヘアの髪型をした彼女は、フェリミアに笑顔で駆け寄ると抱き着いた。
「もぉー、最近フェルもエリックも遊んでくれないから暇だったじゃない!」
「ひ、姫。申し訳ありませんが離れて下さい…これが国王様に見られたお怒りどころじゃ…」
(しまった、ここは陛下の寝室!)
無邪気に甘えてくるレミリアの首後ろを掴むと、まるで猫の様に持ち上げて引き離す。
「昔と違って冷たいよぉ~」
「あれは子供の頃の話です」
「別に今が国のピンチなのも知ってるけどさぁー、あたしあんまり部屋から出れないんだよ?」
レミリアが悲しそうな表情をしながら俯く、これはカナレリア王の意向により愛娘、愛しすぎる一人娘を悪い虫から守る為と子離れ出来ない王の考えなのだ。
少しばかり同情心を芽生え、何か気の利く言葉をかけようと口を開いた時にレミリアが二カッと笑いながらフェリミアに詰め寄る。
「噂の凄腕傭兵、"隠者の弾丸"来てるんだって!?」
(違った、この興味心の塊とその探究心旺盛な性格を危惧しての軟禁だった!)
「何のことか解りかねますが…」
「またまた~隠そうとしないでさっ!さっき食事を運んで来た兵士に聞いたんだから」
(己、誰だ余計な事を言った者は!)
「弱小故断れました」
「嘘よ、だって負け戦にそんな余裕そうな返しフェル器用に出来ないもん」
(バレた…何故だ…)
ある意味子供の頃の付き合いなのか4つも歳の下でありながら、エリックとフェリミアの幼少期に密かに城を抜け出しては2人で遊んであげ続けたのが仇になったのか、確かにフェリミアは嘘が下手であるのも事実。
だが、ここでレミリアに興味のタネを知ってしまい今まさに探究のネタにウズウズしている彼女に、今の緊迫を掻き回されたくないフェリミアは必死に打開策を考えた。
「失礼します、陛下。少しよろしいでしょうか」
無視を選択して、普段ならばノックする扉を強引に開けて中に入る事にした。
♢♦︎♢
(そこまでは思い出さなくて良かったか…)
不思議そうにずっと考え込んだと思ったら、悶々と悩み始めるフェリミアの様子をエリックが眺める。
「だから、一体なんだよ」
「あ…、すまない」
「はぁ…、まあいいや。お前が信じるなら、俺はそのお前を信じるさ」
我に返ってきた幼馴染の顔を呆れた表情でため息交じりに言う。
フェリミアは申し訳なさそうに謝るが、彼の悪い癖を知り尽くしたエリックは気にしない様子で、またため息を吐く。
「先日姫に会った」
思い出したかの様に、レミリア姫とは、顔馴染みのエリックに伝える。
「何、姫様にか!?」
「あぁ…ティラール兄妹について嗅ぎ付けた様だ」
「あー…ナンテコッタ」
よりにもよってレミリアは、隠者の弾丸に目を付けてしまうとは、などと落胆するエリック。
「まあ…生き残れたら、2人で話し相手になってやろう」
フェリミアが笑みを浮かべながらエリックを見る。同じ事を思ったのかエリックも笑顔で頷く。
そんなさっきまでの緊張と、モヤモヤとした怒りと不安はいつの間にか消えていたのに気付いたエリックにふと陣営が慌ただしくなるのに気付いた。
どうやらフェリミアも感じ取ったらしい、先程までの間の抜けた顔から普段の仕事人モードの表情に変わる。
「マクスウェル師団長」
テント外から1人の兵士が声をかける。
「見えたんだな?」
エリックの問いに、兵士は緊張した声色で返事をする。
「エリック…」
「わかってる、遂に本番だ。背に腹は代えられん…それに、さっき言った様に、信じてるお前を信じるさ」
そう言って机に立て掛けている剣を取る。
魔剣"プロメテウス"、エリック・マクスウェルの愛剣であり、先代マーシャル・クロウの師匠でもある魔導士に作って貰った相棒を腰に帯剣する。
「行くぞフェル…」
「ああ…」
テントから出ると、フェリミアとエリックの愛馬を兵士が用意している。
それに跨ると陣営の外に行き、平野の先から真っ赤な影が一面に蠢いて見えた。
(チッ、予想していたよりも大軍勢だな…こりゃ防衛ラインなんか一瞬で飲み込まれていた)
ラヴィの考えは正しいと認識しながら、目の前に広がる赤鎧の軍勢を睨みつけるエリック。
「フェル、お前は後方に位置を取り、戦況を見守り合図を頼む」
「ああ、任せてくれ」
「全軍気合い入れて俺のケツに付いて来い!!!…行くぞおおおっ!!」
エリックは号令と同時に魔剣を引き抜き先陣切って馬を走らせる。
「「「「「師団長に続けえええ!!!!」」」」」
それを合図に兵士達が気合を入れて後を追う。
♢♦︎♢
平野から少しばかり離れ2つの小さな軍勢と大きな軍勢を、カナレリア軍の視点から斜め左側に位置する森林にて、マーシャルがパニックを起こしていた。
「は、は、は、は、ははははわわわ」
「何笑ってんだマー坊」
「ち、違いますよ!!始まっちゃってるんですよ!ついに!」
エースが呆れた口調でマーシャルを落ち着かせながら、布に包まれたドラグニルを取り出す。
「マイリトルエンジェッッフォー!?」
「だから止めろって言った」
言い切る前にラヴィはエースの両目に目潰しを食らわす。
「ちょっとラヴィさん!?アーチャーは目が命!!!」
「そのまま肉体的にも死んで良かったよ」
「冷たいよぉ~」
兄妹のやり取りに涙目になりながらマーシャルが注意する。
「だーかーらー、始まっちゃってるんですってー!」
「落ち着いてマー坊」
「うぅ…ラヴィ様よりは歳上なのに坊って…」
「始まったからって俺達の出番はまだ先だマー坊、"駄犬の策"にまだ食いついちゃいねーんだよ#奴__やっこ__#さんは」
「本当に上手く行くんですかぁー、そもそも~!」
マーシャルが緊張のあまり泣き出すのを尻目に、意地悪くエースは悪う。
「そりゃ、お前次第だろ」
「そう、坊や次第」
「うわあああああああん!」
大泣きした。
ため息交じりエースは呆れた表情でマーシャルの頭を撫でながら言葉続ける。
「ま、実際問題。マー坊だけじゃなくてそれぞれが重要だろーがアホポンタンの泣き虫マー坊」
「うんうん」
ラヴィが同意しながら頷く。
「脳筋エリック師団長様の気合と」
「冷静に戦況を見守り正しく判断するフェリミア宰相」
「お前の魔法に」
「エースの潰れた眼」
「…お兄ちゃんの眼を潰したのはお前だぞ」
「エースの根気!」
「なんの事かね?」とポージングしながらラヴィが言い直す。
エースはブスッとした表情から、マーシャルに屈託の無い笑顔で向き直るとまた頭を、今度はラヴィも一緒に両手で撫でながら優しい声で言う。
「皆で頑張ろうぜ」
「は、はいっ!」
泣き止むのを止め、涙をローブで拭うとガッツポーズしながら答えたマーシャル。
「うし、ポジション取りと行きますか」