第1話 SIBLING HERO①
ここはカナレリア王国とは離れた場所に位置する小国の1つ、シュヴァリト連合国。
無数に領地を分け、貴族達による領主政治を用いた国家、それぞれの領地で法も違い生産物も特徴がある商業国家でもある。王国制度とは異なり、民主主義により、領民の指示と貴族間に渡る選挙にて国のトップを決めてきた国。
そんな他とは異なったシュヴァリト連合国のとある場所に、一羽のカラスが窓に止まると嘴でガラスをコンッコンッとノックした。
「ふあー、また依頼が来たのか」
白銀の髪に伸ばしっぱなしの無造作な髪型をした青年が、ベッドから起き上がると部屋にある唯一の窓からこちらを覗き込んでいるカラスに近寄る。
やる気のない表情だが、どこか女性にモテそうな男らしい顔つきをしている。
身長も平均的で、体格もガッシリとはしていなくても無駄の無い筋肉が付いている。
上半身裸の格好で、ソファに乱雑に置かれた衣服の中から黒のシャツを取り出して着ると、カラスの足元に結び付けられていた文を読み始める。
「2度目のアストリアとオルカニア…今日届いたのは、なんだよカナレリアからかよ」
ガシガシと頭を掻きながら文を最後まで見るのを辞め、床に放り投げるとそのままソファに寝そべる。
先程までいたベッドに、もう1人今度は幼い少女が目を擦りながら起き上がると文を拾いあげた。
同じく白銀の髪に腰まで伸びた長髪、幼くとも顔立ちは美少女又は、美幼女である。
歳は14であり、2人の顔つきからして兄妹に見える。
「ねえ、アル…これ、最後まで読んだの?」
「あー…?」
やる気のない返事をするアルと呼ばれた青年が、衣服だらけのソファから顔を出す。
「アクストニアの報酬は200万イクス、オルカニアは300万だったよね?」
「そうだ、だから今回はオルカニアを受けるって決めただろマイエンジェルってイッテェ!」
マイエンジェルという言葉に少女が怒った表情で、近くにあった本を顔に投げつける。
見事、クリーンヒットした青年アルがソファから転げ落ちる。
「変な言葉で呼ばないで」
酒ビンを掴みながら脅す、その眼は本気と書かれているのを、アルと呼ばれた青年は感じ取ったのか両手を上げながら笑みを作り、「降参、ごめんなさい」と意思表示しながらソファに座り直す。
「んで、弱小国カナレリアはいくらだよ」
「1億」
「は?」
酒の入ったコップを飲もうとしていた青年が思わず吹き出しながら少女の方と文を見る。
「前金100万支払い契約、そして東南に面するアクストニア又は北に面するアルケニアが進軍したら一緒に対抗してほしいって」
「嘘だろ?」
「ホントよ、0が1、2…8個あって9個は1だよ」
「アン、それ良く見せろ」
青年がソファから立ち上がり、アンと呼んだ少女の隣に腰掛けると文を受け取り自身が読み辞めた途中から読み始める。
「マジだ…」
「レムリア大陸最小の弱小国家、カナレリア王国。人口僅か5000万人程度、所属している兵力は若い師団長率いる騎馬隊と同じく若い宰相が有名。」
アンと呼ばれた少女も同じく裸のままで、起き上がると近くにあった白いシャツを着ながらカナレリアの情報をアルと呼ばれた青年に説明した。
サイズ的には兄の物だろう、ワンピースの様になっているのを気にせず、話を続ける。
「隣接する国は五大国の2つ、北面に魔法騎士団率いるアルケニア帝国、東南に面してるのは大陸一の武力国家アクストニア王国。勝てる見込みは無いし、降伏してもどっちにしろ攻められる。結果は変わらないね」
「そんだけ必死か、噂じゃ降伏する国はその証拠に王族の首を送るって話だしな」
青年がニヤリと笑いながら立ち上がる。
「支度しろ、"ラヴィ"。今回の仕事はカナレリアに決まりだ」
「わかった、"エース"…」
その二人こそ隠者の弾丸の正体、兄妹で傭兵をやり、この世界にて古臭いとされる弓を使う傭兵兄妹。
兄の名前はエース・テェラール、年齢は24歳。妹の名前はラヴィ・テェラール、年齢は14歳。名前を偽り、仕事の際にはそう呼び合う。
二人っきりの時は本名を愛称で呼ぶ、兄はアルブレッド、妹はアンスフェラ。
エースは着たばかりの黒のシャツを脱ぐと白の7分丈の服を着ると、その上から丈の短い黒の半袖ジャケットに袖を通し、カーキ色のパンツを履いてブーツを履くと、無造作に伸びきった髪の寝癖を整える。
妹のラヴィはシャツを脱ぐと下着を履き、身体に合った白シャツを今度は着ると、その上に白のローブを羽織る。
下にはショートパンツを履き、ニーソックスにブーツを履き終える。
「カナレリアにはどれくらい?」
ラヴィは寝癖に苦戦している兄を手伝う為に腕を伸ばし、髪型を整えてあげながら聞く。
「あー…10日と少しくらいかな、とりあえず馬車でアクストニアまで行ってカナレリアに入ったら徒歩だろう。戦場になる国に馬車なんか使えないからな」
「そう…、マガジンはいくつ?」
寝癖を整え終わるとリュックに鉄で出来た筒状の物を詰める。
「あるだけ持っていく」
壁に立て掛けてあるライフル銃の様な物を掴むと、それを布で丁寧に包みラヴィに渡す。
ラヴィは荷物を詰め終えるとエースから布で包まれたライフル銃の様な物を肩にかける。
エースも荷物を背負うと、二人で仲良く部屋を出た。
「さーて、隠者の弾丸出発だな」
楽しそうに笑うエースを尻目に、気怠げな表情をしながら横に並ぶラヴィは一緒に歩き出した。
♢♦︎♢
カナレリア王国では両国の防衛ラインにて軍備強化を進めていた。
その中でも王都ではカナレリア全土から大勢の民達が王都の入り口、そして城下町に入る為の大きな門に列を作っていた。
王城の一室玉座の間にて、カナレリアの王が忙しそうに指示を出している。
「陛下、申し上げます!」
「なんだ?」
一人の兵士が駆け寄り、王の前で屈むと口を開いた。
「避難民達が多過ぎて、これ以上は居住区、港区、商業区は溢れるばかりで入りきりません」
「ならば王城の門を開け、中に入れよ。決して民を首都に入れるだけでなく、屋根のある場所に避難させるのだ。城の中でも構わん、人が寝れるスペースは全部使え」
「はっ!」
王の命令に兵士は応えると、一礼して玉間から出て行く。
カナレリアの王都は国の五分の一の面積、無理矢理にでも入れて唯一王都を囲った外壁に包まれたここを戦場から守る盾にすると王は進言したのだ、国中に避難を呼び掛け全兵士を重要な防衛ラインに置き時間を稼ぐ。
「陛下、少し宜しいでしょうか?」
フェリミアが今度は玉間にやって来る。
入りながらでも配下が何人か指示を仰ぎに来ており、二、三言指示しながら王の前に着く。
「フェル、順調か?」
「はい、エリックからの報告では、最も気が短いであろうアクストニアに3000を配置、1000をアルケニア方面に配置しております」
「時間稼ぎすら出来ん兵力だな」
「仕方のない事です、こんな馬鹿らしい戦争が起きるなど預言者ですら言い当てられませんよ。急ぎ兵を募った所で3000程度、それはここを守る為に配置して全てです」
「最悪だな、それで隠者の弾丸と言う者はどうなった?」
「…まだ、音沙汰無しです」
「ダメであったか…」
「コンタクトは取れた筈ですが、他の国からも当たり前にコンタクトはあったでしょう。大陸に名は通ってはいますからね。我々の"偽りの報酬"が通用するかが賭けでございます」
「"偽り"か…来てもらっても心苦しいな」
「致し方ありません、国の命がかかっておりますので」
「わかっておる、して本来の要件はなんだ?」
「はい、まず一つ現在備蓄している食料ではあまり持たない事の報告で、その対処として一つ案をー」
「よい、お前の考え付いた事は我に聞くな、全てお前に任せる」
「承知致しました」
フェリミアが一礼して立ち上がろうとした時、兵士が慌てた様子で玉間に走り込んでくる。
「し、失礼致します!陛下、それにガーナバルト宰相に報告がございます」
フェリミアが立ち上がりながら王の斜め横に移動すると、フェリミアは王の変わりに口を開く。
「話せ」
「はい、先程城下入口にて身分確認を行っておりました所、旅の二人組が隠者の弾丸だと名乗り出まして…」
「なんとっ!?来てくれたのか!」
王が玉座から立ち上がり、兵士の元に詰め寄る。
「そ、それが…」
「なんだ、まさかわざわざやってきて断りにでも来たのか?」
青ざめた表情の王が兵士に問う。
「一人は若い青年でございまして、もう一人は幼い少女なのです!」
「はっ?」
思わず静かに兵士の報告を聞いていたフェリミアが聞き返す。王すらも目を見開いたまま、兵士にもう一度聞き返した。
「もう一度…も、申せ」
兵士の肩を掴み揺すりながら問いかける。
「で、ですから!若い青年と幼い少女の二人組です!!」
「「な、なんだとー!?」」
フェリミアと王が口を揃えて声を荒げた。
♢♦︎♢
玉座にて王が頭を抱えながら座り込む。その横に宰相のフェリミアも眉を若干ピクピクしながら、玉座の前に座り込む二人組を見つめる。
二人組の左側には急遽前線から呼び戻された師団長エリックの姿も見える。
「お、お主達が噂の傭兵…隠者の弾丸なのか?」
王は二人を見ようともせずに、額に手を当てながら頭痛に悩む様な素振りで座っている二人に問いかける。
王の前で座る二人は紛れも無くエースとラヴィのティラール兄妹であった。
「そう」
ラヴィが静かにそう告げると、フェリミアまでもが頭を抱えた。
「おいおいおいおい、わざわざ来てやって門番に長~く待たされたと思ったら、今度は謁見するのにこれまた長~く待たされて、その反応は酷くね?」
不機嫌そうに耳をほじくるエースが王に礼儀なく言葉を投げ掛ける。
「貴様っ!」
エリックが帯剣している剣に手をかけるのをフェリミアが手で制する。
「止めろエリック」
そう言うと、コホンと咳払いして二人に視線を移す。
「すまない、わざわざ御足労頂き感謝致します。少々想像と異なり過ぎまして、動揺が隠せません。今一度確認ですが、貴方様二人が隠者の弾丸でよろしいですか?」
その問いかけにエースは不機嫌そうにそっぽを向く、それを横目に見たラヴィが、王とフェリミアに向き直ってちょこんと座り直すと一礼して応える。
「初めましてカナレリア陛下、そしてフェリミア・ガーナバルト宰相」
無表情に淡々と口を開くラヴィ。
(っ!?私を知っているのか?)
フェリミアが驚く表情を見ながら、今度はエリックに視線を向ける。
「貴方はエリック・マクスウェル師団長」
「お、俺の事まで…」
「さっきの質問、私達は隠者の弾丸で正解。そして依頼額を見て引き受ける。…だからやって来た」
不機嫌な表情のまま、エースも口を開いた。
「別に認めたくないなら良いけど?俺達は例の喧嘩売って来てるアクストニアに行くまでだし、近いし」
「ア、アクストニア!?」
王が思わず玉座から立ち上がる。
「そうそう、まっ…おたくら相手じゃないかもしれないけどな。あっちは、一戦に付きの報酬だし弱小国に俺達使う程馬鹿な連中でも無いからな」
クッと無邪気に笑いながら王を見る。そんな礼儀知らずな口調とあぐらをかいて座っている姿にエリックが思わず、怒りを表しながら詰め寄る。
「貴様…陛下の前でそんな口の利き方と態度はなんだ!!」
「あ?俺はお前達に属してる訳じゃねーよ」
「そう…私達はお金で雇われた、別に態度が気に入らなくても仕事先は困らない」
「そうそう、それに媚びるのは好きじゃない。金払いが良く、やりたい事に口を出さないのが俺達のルールだ」
「き、貴様…陛下っ、こんな奴ら雇う事など!」
「ちょいちょい、師団長さん?そんな事言って、おたくらの兵力で勝てるの?」
「なん、だと…貴様?」
「カナレリアの領地に入ってから俺達は歩いて見て来た、ぶっちゃけ言って兵力は寄せ集めても1万足りないだろ?」
その言葉に王が困惑な表情を浮かべる。それを見てエースは続ける。
「奴らが攻めて来たとして半刻持てば上出来、一瞬で防衛線は全滅。王都じゃ籠城した所で1日も持たなずして沈む」
「もし私達が指揮していたら…この国は1日で潰せる。私達じゃなくても2日も持たない」
ラヴィが無慈悲に現実を突きつける。
「それなら何故、貴方達はここに?金の為だけに負け戦に来たのか?」
フェリミアが疑問を投げ掛ける。
「金の為…当たり前だろ、俺達は金で選ぶ。それに俺達がいればこの危機は最悪を退けられる」