序章:事件への扉
「やれやれ・・・またこの事故か・・・。」
私は、そう呟いてその記者会見場へと向かった。
私が向かったその病院では、「ある医療ミス」が発生し、
入院患者が死亡するという事件が起きていた。
到着して小1時間、その病院の院長が姿を現した。
その院長は、ピンと背中を張り、ゆっくりと席に着いた。
フラッシュが一斉に炊かれる。
・・・まったく、この行為だけは、昔から全く変わってはいなかった。
「え〜、まず、我が病院の単純なミスで、死亡事故が起きてしまったことを、
院を代表して、私がお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。」
そう言って院長は立ち上がり、深くお辞儀をした。
またフラッシュ。
そして事故の原因などの説明が終わり、質疑応答に移った。
はじめの質問者が、質問台にたった。
「今回薬の投与ミスということですが、遺族の方々にはどういった思いをお持ちですか?」
「この件について、大変申し訳なく思っており、遺族の方には―――
記者会見も終盤にさしかかった頃、私の質問の順番が回ってきた。
私は質問台に立ち、話し始めた。
「今回の事故は、細胞再生薬『ゴールデンエリクシル』の投薬量のミスによる
再生細胞の癌化が死因ということですが、この薬の副作用がよく解明されないまま
投与されている現状をどう思われますか?」
「この薬は、臨床実験により、副作用はほぼ解明されており、
問題はない物と考えます。」
記者会見が終わり、私は会場を後にした。
すると、記者仲間の1人が、私に声をかけてきた。
「よう、ちょっと、聞きたいことがあるんだけど・・・、いいかな?」
「なんだ?」
そう返事をすると、彼はメモ帳を取り出した。
「・・・なんで、お前はあんな質問をした?事件と何か相関性があるのか?」
「・・・いや、オレはあの薬に賛成できないから、ああいう質問しかできねぇんだよ。」
「何でだよ?あの薬は世界に『永遠の命』を授けたんだ!!
何故そんなにお前は不老不死薬を否定するんだ?」
私は天を仰いだ。
・・・青い、空。
私だって、永遠の命が欲しくないわけではなかった。
しかし、私にも反対する理由はあった。
「まず、倫理的な問題。さらに、所得格差によってこの薬を使うことができない人が
多く存在するという問題。そして、最も深刻なのが・・・、
教育の問題だ。現在日本ではあの薬が開発される前より子供の数が
60%減っている。これは以前なら無くなっていたはずの人が今も健在で、
日本はいわば中国が以前やっていた『一人っ子政策』のようなものを
取らざるを得なくなっているからだろ?
それによって、教師も、親も、地域も、子供を育てることに不慣れになってるんじゃ
ないかと思うんだ。事実、少年・少女の犯罪率は悪化の一途をたどっている。」
「なるほどね。でも、これで『生死の権利』が保障されるようになったんだから、
良いこともあったと思うんだけどな。
ありがとう、参考にさせてもらうよ。」
そういって、彼は去っていった。
私は本当に理解しているのだろうかと疑念を持ちながら、
この後ある編集会議を思い出し、あわてて車に乗り込んだ。
・・・この後起こる事件に気づきもせずに。