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Evening Rain  作者: てぇると
最終章

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98/105

九十七話 主人公消失

暖かい大病院の庭をゆっくりとユウヒは歩く。

鳥の囀りと暖かい日差しを浴びながら、疲れた脳を休めるためにベンチに腰掛けた。


(日記……それもたかが1ページを読み終えただけでここまでの疲労感って何なんだいったい)


舌打ち混じりに溜息を吐き出して、ユウヒは持っていた小説の一ページ目を捲る。


「ほぼ別人かと思ってたんだが、本の趣味だけは一緒らしいな、助かるけど」


何となく独り言を吐き出しては、ペラペラとページを捲っていく。

医療ものミステリー、凸凹コンビが事件の真相に迫っていく度に捲るページのスピードも加速する。

物語に魅入られれば他のことは気にならなくなる集中力で文字列だけを正確に追っていく。


本を読んでいる間だけは、自分が現在巻き込まれている突飛な現実と向き合わずに済む、それが心の拠り所であり癒し場所でもあった。

そこで、ユウヒの視線が固まった。軽快に動いていた眼球は唐突に行動を辞め、その一説に釘付けになる。

事実は小説よりも奇なり、この言葉の重みが数十トンとなってのしかかった。


「あーあ、ほんとにその通りだなぁ」


栞を挟み本を置いて、全身の力を抜いて項垂れる。


自分の知らぬ自分……紅星 夕陽のこと、記憶から消え去っている幼馴染、星川 雨乃のこと。

仲違いした筈の親友に、距離感の掴みづらい幼馴染の女子二人。たまにサボり場で会うヤンキーに何故か俺のことを気にかける先輩カップル。


皆一様に既知の仲で、されどその誰もがユウヒがいた世界の人達とは微妙に違う性格で夕陽と良好な関係を築いている。


「パラレルワールドなんて、まるでSFの世界だな」


四畳半神話大系か? いや、パラレルワールド・ラブストーリーの方が近いのか?

などとにべも無い事を思考しながら、自嘲気味に笑みを零す。


自分なりに思考してみた結果、この世界……つまり紅星夕陽とアカホシ ユウヒの違いは『星川 雨乃』という幼馴染がトリガーになっている。

1人の人間の有無でここまでの異変が生じるのかと思うとゾッとする、それと同時に余程もう1人の自分にとっては彼女が重要なファクターだったのだと実感する。


ユウヒは痛む頭を抑えながら、何となく視線を右往左往させる。とりあえず、落ち着かない。自分の異物感がたまらなく落ち着かないのだ。

その時だった、ガシャンッッ! と鼓膜を振動させる激突音にも似た音が響き渡ったのは。


「うるせぇな、どこのどいつだよ……って!」


音の方に視線を向ければ白髪の車椅子少女が転んでいた、そして近くには誰もいない。


「……ここで見て見ないフリすんのは流石になぁ」


本をベンチにおいて少女の方に駆け寄る。


「おいアンタ、大丈夫か?」


「あ……メシアッッ! 助けてぇぇー、車椅子に足が絡まって動けないんです」


「分かった、分かったから泣きそうな顔で叫ぶな」


なんかめんどくさい女だなぁと思いつつ、車椅子と少女を無事に救出する。


「ありがとうございます、 貴方は命の恩人です!」


「いや、いいって別に」


「ほんとーにありがとうございました! あそこで貴方が来てくれなければ多分餓死してました!」


「餓死って……誰かしら助けるだろ、大袈裟な」


アホなことをいう少女の大袈裟な態度に思わず笑みがこぼれた。


「オレはアカホシ ユウヒ、アンタは?」


「私は真夜(まよ)です! ココの病院に入院してます」


「だろうな。ちなみに俺もだ」


どこか既視感のある少女とお知り合いになってしまった。


「ユウヒさんは高校生なんですか?」


「あぁ、高校二年だ。アンタは……中学生か?」


「失敬な! 私も高校生です!」


バンっと張った胸が強調される、これは高校生サイズですねと下衆な思考をしつつも目の前の少女を見る。

透き通るような短い白髪と低い背、顔立ちは整っている、そして以前どこかであっている気がする。


「なぁ、前どっかで会ったことないか?」


「……助けた感じでナンパですか? 童貞っぽいのに意外にプレイボーイ?」


「お前ほんと失礼なやつだな、車椅子じゃなかったらブン殴ってたぞ」


「女子に手を上げるんですか鬼畜!」


「オレは男女平等主義者だ」


ベンチの方に歩きながら、くだらない会話を繰り広げる。


「なんつーか、落ち着くわ」


自分の胸に湧き出る感情が自然と表に出た。


「へ?」


「オレ、記憶喪失ってことで入院してんだけどさ。周りの環境が色々違うつーか、みんなオレを見てるようでオレを見てないんだよ」


故に、空虚に感じてしまう。

故に、気を使ってしまう。

『みんなの知っている紅星 夕陽』に自分を少しでも近ずけるために気苦労が絶えなかった。

だから、気を使わなくていい初対面の彼女との会話に少しだけ心救われた。


「大変なんですね、ユウヒさんも」


「アンタも車椅子生活は大変だろ」


「ド直球ですねぇ、まぁ気を使われるのは私も嫌いなんですけどね」


「そうだろうと勝手に思ってな」


「勘が鋭いですね」


ベンチに腰掛けたユウヒと車椅子の麻葉、軽快に会話を交わし、すぐさまに打ち解けていく。


「本、好きなんですか?」


「あぁ、本は自分以外の誰かになれるからな」


紅星 夕陽も今ではそんな扱いだ。

日記の向こうの俺は誰かのために身体を張るヒーローだった、その姿はとても眩しく映る。


「そうですね。本の中には夢がありますから」


「おっ、気が合うな」


「そうですね! 好きな作家とかいますか?」


などと本談義で時間を費やす、気がつけば日ももう時期暮れる頃だ。

そして、病室には星川 雨乃がいたことを思い出した。


「やっべ……」


「どうしたんですか?」


「いや、そろそろ戻る時間だなって」


「あー、そうですね」


「じゃあ、入院してんならまた会うこともあるだろうし、そん時は声掛けてくれ」


「あ、はい! ありがとうございましたユウヒさん! 次会った時はお礼にジュースでも奢ります」


「いや別にオレはそんなつもりで助けたんじゃないからいいよ」


「いえ、気持ちですから」


「……じゃあ、大人しく奢られるわ」


「はい」


ベンチにおいた小説を片手に空いた手で麻葉に手を振る。


「じゃあな、えっと……真夜」


「はい、それじゃまた今度、ユウヒさん」


別れを告げて早足で病院内を移動する、目指すは個室の自分の部屋。


「わるい、すっかり忘れて……って、ぐっすりか」


部屋に戻ると薄暗く、そこにはベッドに頭を預けて眠りこくる雨乃がいた。


「あーあ、爆睡だなこりゃ」


そう呟いて微笑んだ瞬間、胸の中を懐かしさが駆け巡った。彼女なんて知らないはずなのに、なのになぜこんなにも懐かしさが心を襲うのだろう。

考えても分からない、多分反応しているのはもう一人の自分なのだろうと思うと言葉にならぬ虚しさがあった。


「おい、星川」


「……んっ、んー? あー……私、寝ちゃってたんだ」


「爆睡だったぞ」


「ごめんね、ありがとう」


くわぁっーっと欠伸と共に伸びをして、雨乃は瞼を擦った。そんな雨乃の為にペットボトルの水を手渡したユウヒはある事に気がついた。

目元から頬に伝う涙の後に。


「星川、泣いてたのか?」


「へ? あ、あぁ、違う違う」


星川は笑ってごまかすと涙の跡を近くにあったタオルで拭き取る。


「ちょっと怖い夢を見ただけよ、心配ないわ」


「……そっか、ならいいけど」


「うん、それじゃそろそろ帰るわね」


夕日も沈みかけ、もう時期夜が来る宵の口、女子1人では危なくないか? と心配すると、雨乃はユウヒに大丈夫だと笑いかける。


「お母さんが迎えに来てくれるから心配ないわ」


「そっか、じゃあ安心だな」


「うん、じゃあ私帰るけど明日も来るから」


「あー、あんまし無理すんなよ?」


「……アンタにそんなこと言われるとは思わなかった」


雨乃は少し悲しそうに笑いながら、荷物を取ってドアに手をかける。


「あんまり無茶しちゃだめよ?」


「無茶なんてしねーよ」


「……そうね、ユウヒは大丈夫か。じゃあね」


哀しそうに微笑みながらそう言って彼女は廊下の向こうに消えていく。


「無茶なんてしねーよ」


誰もいなくなった病室で静かにもう一度呟いた。

酷く苛立つ、酷く虚しくなる。

彼女のあの表情を見た瞬間に自分の異物さを再確認してしまう。


「何してやがんだよ俺は……!」


もう一人の自分に向けて怒鳴り散らしても、誰もユウヒには答えてくれない。

紅星夕陽の残像だけが嘲笑っているような気がした。











・・・・・・・・・・・・・・




「ユウヒ、どうだった?」


「いつも通りよ」


母のその問いかけに、昨日と一語一句違わぬ言葉を吐き出した。

あの日を堺に目の前から……と言うより世界から消失した誰かさんは別人になってそこにいた。


「あの時……引き止めてればよかった」


あの日、玄関でその手を引き寄せていれば。

悔やんでも悔やみ切れぬ思いが胸を巣食う、やっと近ずけたのに、あの馬鹿は居なくなった。


「雨乃、ちゃんと寝てる?」


「うん、寝てるわよ」


嘘だ、家では眠れていない。

夜に眠ろうとすると私からもアイツの記憶が消えてしまいそうで不安になる。


「はぁ」


そしてユウヒも心配なのだ、あの今にも崩れてしまいそうな感じは下手すれば夕陽よりも危うい。


「やっぱり、ストレスなのかな」


自分の知らない人達からの無言のプレッシャーが、そして無意識のうちに出てしまっている夕陽の時の私の癖も。

別人として意識しようとしても、ついつい夕陽のように接してしまう。


「明日も……行くの?」


「うん、行くよ」


危ういから、私が支えなきゃ。

ユウヒだろうが夕陽だろうが、馬鹿には変わりないし、世話が焼けるのも変わらない。


「私は夕陽(ユウヒ)の味方だから」


精一杯の痩せ我慢で笑顔を創り出しながら呟いた。





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