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Evening Rain  作者: てぇると
最終章

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97/105

九十六話 日記:11月26日

早いところで色々と立て込んだ文化祭からいくつかの時が流れた。

俺と言えば相変わらずのようでありながらも、相も変わった感じである。


「おはよう」


いつものような気怠げな挨拶を肺の中から吐き出せば、彼女が朝から優しい笑顔を向けてくる。


「おはよう、夕陽」


三つ編みお下げの雨乃がニコリと笑う。

結局、あの文化祭後からはあまり何も変わってない、俺の問題が片付くまでの(仮)のような停滞した日常を何気なく楽しむばかりで進展はあまりない。

お互いがお互いの気持ちを理解しているのだが、理解するあまり特に何も出来ずにいる。


「どったの雨乃さん、三つ編みお下げなんて」


コップに入った冷たい水を眠りきった胃に流すとやっとこさ身体が目を覚ます。

しばしばする目元を擦りながら、彼女の長い髪に優しく触れた。


「可愛いっしょー?」


ひひっと悪戯っ子のように笑う雨乃の頬に指を這わせて俺も微笑む。


「いっつも可愛いよ」


「アンタ……文化祭終わってからちょっと恥ずかしい」


「雨乃、文化祭終わってから大概にあざとい」


何となく甘ったるい会話を交わしていると、リビングの前のソファで横になる塊が動いた。


「朝からイチャイチャしてんねー」


やつれた顔の琴音さんがニヤリと笑いながら起き上がる。


「イチャイチャなんてしてないわ」

「イチャイチャなんてしてねぇっすよ」


まぁ、何となく幸せな日常に舌鼓を打ちながら俺はもう一杯だけ冷たい水を飲み干した。





・・・・・・・・・・・・・




手を繋いで登校するカップルをみると是が非でも意識してしまう健全な男子高校生の夕陽さんの思考は、不健全な女子高生の雨乃さんにはダダ漏れなので、結局は二人とも意識してしまう。


「雨乃さん、あのね?」


「……嫌よ」


「まだ何も言ってねー」


「手でも繋ぐ? とか言うんでしょ? NOよNO!」


外気よりも寒くて冷たい視線で俺を睨みながら、雨乃は白い息を吐き出す。


「だいたい……恥ずかしいし」


「やだ、俺の雨乃さんマジ可愛い」


「まだアンタのじゃないっての」


「将来的には俺のモノになってくれんのね?」


「……最近の夕陽は反応に困る」


カタカタと音を立てて電車が止まる、轟々と音を立て開いたドアから車内に乗り込むと暖房の不自然なまでの暖かさが身体を包み込んだ。


「それにしても急に寒くなったなぁ」


「鍋が美味しい季節ねぇー」


「おでんも美味しいよな」


「いいわねー」


吊革に捕まってユラユラとクラゲのように電車という水中を漂いながら、優しい会話に華を咲かせる。


「寒いで思い出したけど、コタツそろそろ出そうか」


「……コタツ出すとついつい動きたく無くなるのよね」


「あれは無差別破壊兵器だからなぁ」


スピードを上げながら走り続ける電車の窓から外を眺めれば、薄く黒い雲から雪でも降り出しそうだ。

もう時期、予定日が来る。

もう時期、すべてが終わる。


「怪我しないでね」


「何のことだか」


「ばーか」


「そーだなー」


静かな吐息が隣で響く。

憂いを帯びたその表情がギュッと俺の胸をキツく締め付ければ後悔にもにた空のように薄暗い感情が溢れ出しそうになる。


「そんな顔すんなよ」


「……誰のせいだ誰の」


拗ねる雨乃の三つ編みに手を伸ばしかけて、それを頭の上に方向転換させる。

ゆっくりと彼女の頭を撫でながら、何気なく笑を零した。


「最近の夕陽、調子乗りすぎ」


「触んなって言いたいの?」


「……たまにならいいわよ」


「雨乃たんやっさしいー」


軽口を叩いて有耶無耶にする、無かったことにはならないけどもお茶を濁すことぐらいはできるから。


お互いがお互いの気持ちを知っていて、されど本音は口に出さない。

出せば崩れることを知っている、無闇に近ずいてしまったがために、俺と雨乃の間には明確な『何か』が出来てしまった。

飛び越えれば火傷じゃすまず、潜り抜けたら血が流れる。


それでも、俺達はその関係をゆっくりと噛み締める、不安定で不完全で偽物で……されど幸せな今をしゃぶり尽くす。

その様はまるで愚かな獣のようで虫酸が走る。

お互いの傷を舐め合うことも許されず、ただ己の針が相方に刺さる様子をマジマジと見せつけられる。


「ハリネズミのジレンマね」


停車した電車から一歩踏み出しながら彼女はポツリとその言葉を呟いた。

そうかもしれないという反応は胸の中で留めておく事にする、だってもう言葉を返した所でどうすることもできないのだから。

享受した幸せが、安息が、素晴らしいものだと知ってしまったから。

俺たちはもう、引き返す道を見失ってしまっている。





・・・・・・・・・・・・・・




雨乃の作った愛情たっぷりの弁当をモシャモシャと咀嚼しながら珈琲牛乳を啜る。


「最近、忙しそーだな」


「そう見えるか?」


「あぁ、顔が強ばってる」


流石は親友の瑛叶とだ、最近の俺の異変には気がついていたらしい。


「なんか俺も手伝おうか?」


「いや、いいよ」


瑛叶は本来は関わるべきじゃない。

怪我じゃすまなくなる可能性だってある、コイツにはやりたいことも夢もある、それを俺は潰したくない。


「……そっか」


瑛叶は少しだけ寂しそうに笑うとミートーボールを口の中に放り込んだ。

俺は静かに箸を置いて、窓の外に目を向ける。


「なぁ瑛叶」


「なんだ?」


「もし俺が途中でくたばっちまうような事があったらさ、そん時はぶん殴ってでも歩くの手伝ってくれ」


親友としての純粋な頼みだった。

きっと、雨乃じゃ他の誰かじゃできないことだから。


「任せとけ、キツイの一発かましてやるから」


そう言って瑛叶はケラケラ笑う。

俺は弁当箱を片付けながら、胸の中の不安感を1つだけ取り除けた。


「んじゃ、月夜先輩の所にでも行ってくるかなぁ」


「おーう」


ゆっくりと呼吸をしながら、俺はドアの方に歩いていく、一度だけ教室の方を振り返ると雨乃が小さく手を振っていた。


そんな雨乃の姿を微笑ましく思いながら、心を切り替えて階段を登る。

昼の緩い陽射しを一身に浴びれば、安息が口の中から零れ落ちた、脚の力は抜けていく、身体は気だるさを量産し続ける。


「五限目は爆睡だなこりぁ」


ドアに裏拳をくらわせて中に入ると赤本を解いている月夜先輩がいた。


「そろそろ来る頃だと思ったよ」


「受験勉強っすか?」


「あぁ、そうだよ」


月夜先輩はそう言って俺の分の珈琲を淹れ始める。


「受験勉強する気になったんすね」


「あぁ、元々頭も要領もいいんだけどね、それでも一応は勉強していないと受かるか不安で」


俺が言いたかったのは、月夜先輩が将来のことを考え始めたという意味だったのだが、なんか微妙に伝わっていないようだ。


「冗談だよ、君が言いたいことは分かってる」


珈琲を俺の目の前に起きながら、少しニヤけて俺をからかった。


「僕は今までいつ死んでもいいと思っていた。アレが僕に成り代わるのも仕方ないと思っていた。だから大切な人も親しい友人も作らなかった」


ドス黒い液体を飲み下しながら、月夜先輩は溜息に似た何かを吐き出した。


「だけど、そんな僕を変えたのは紅音だ。彼女は……まぁ、その、なんというか大切な人だ」


照れくさそうに頬をかきながら、月夜先輩の双眸が俺を捕らえる。


「そして、僕に進む力をくれたのは君だ。だからこそ教えて欲しい、君はいったい何を企んでいるんだい?」


さてさて、勘が鋭いのも考えものである。


「時期が来たら教えます……というより分かりますよ嫌でも」


彼に台詞はない。

彼の出番は誰にも操れない。

月夜先輩にはアドリブを振りかざしていただかなければならないのだから。


「君は終わらせるつもりなんだね」


「もう、アンタだけの問題じゃないでしょ。冬華も南雲も夢唯もやられた。アレはもう、もう一人の月夜先輩なんかじゃない、自我を持った怪物ですよ」


「あぁ、分かってる。だから止めなきゃ行けない、僕達で」


「そうっすね」


珈琲を飲みながら、同意した。

症状を集め続けるあの狂人を怪人を怪物を止めなきゃならない、もう誰にも傷ついて欲しくないから。


「なぁ、夕陽君」


「なんすか?」


「君の勘定の中には勿論、君も入っているよな?」


その言葉に返すべき答えを俺はもう得ている。

少し前ならば詰まったその質問にも、俺は即答できる。


「勿論。俺が傷つくと馬鹿みたいに心配する奴が居ますから」


その()を即答できるだけの覚悟ならとうの昔に終わらせたのだから。

その嘘がたとえ誰かを傷つけたとしても、もう止まれない所まで足を進めてしまっている。

振り返らない、後悔しない、馬鹿が馬鹿なりに叩き出した最善策だ。


「それじゃ、五限が始まるんでそろそろ戻ります」


カップにはまだ半分ほど珈琲が入っている、それを一息に飲み干すと痺れるような苦味が喉を突き刺す。


「夕陽君、君は嘘つきだね」


背中から哀しい声音の言葉が聞こえた。


「ご愛嬌ですよ」


作り笑いを貼り付けながら、そんな言葉を吐き出した。

大丈夫、紅星 夕陽は()()()()()()()()()()()()






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