九十一話 表舞台
腰掛けたベンチで何をする訳でもなく静かに時を浪費する。
ズキズキと痛む頭の奥が雨乃に何かしら起こっていることを知らせているのだが、ここに入る前に姉達には「何があっても入ってくるな」と釘を刺されたせいで動けずにいた。
腕時計に目をやればミスコンまで残り少ない、ほかの出場者はとっくに用意を済ませているというのに、雨乃だけはまだ出てこない。
「なーにやってんだろうなぁ」
そんなことを呟いた瞬間に、準備室のドアが開かれた。
「ほほう、忠犬よろしく待ってたみたいね」
中から現れたのは夕架はニヤニヤと俺を見据える、その瞳の奥からは嫌な妖気みたいなものが溢れだしていた。
「……雨乃になにした?」
「少し喝を入れて上げたのよ」
軽口でも叩くように姉は嘯く。
その姿に、脳の奥の神経が焼き切れそうなほどのイラつきを覚えた。
「おい、夕架」
「ん?」
立ち上がり胸倉を掴む、恐れなどない。
「雨乃に何かしてみろ……姉だろうが魔王だろうが潰すぞ」
「はぁ……愛ってのは何時も一方通行ね」
「なんだそりゃ」
胸倉を掴んだまま、視線を逸らさぬまま、睨み合う。
というか、睨んでいるのは俺だけで、夕架は余裕の表情で俺を見つめている。
「なにやってんの馬鹿」
背後からかかった冷やかな声に思わず背筋が震えた。
「いや、違うんです雨乃さ……ん」
振り向いた先にいた人物に瞳を奪われる、心を奪われる。
「どちらさまでしょうか」
「分かってるくせに茶化すのは照れ隠しかしら?」
いつもなら怒りそうな茶化しにも、余裕を持った妖艶な仕草と声音でゆっくりと歩み寄る。
「……それが分かっているのに茶化すのは嫌がらせでしょうか」
「冗談よ。それで、どうかしら?」
俺の目の前でくるりと一回転。
ニヤリと笑い追い打ちをかけるように舌を出す。
「どうとは何が?」
「……ちゃんと答えて」
少し拗ねたようにしながら彼女は俺に答えろと迫る。
煌びやかな黒髪に真紅のような唇、間近から香る匂いが鼻腔をくすぐる。
大人びた雰囲気の中にある、幼さを残す表情。
「……早く」
一歩だけ踏み出して、俺の瞳を覗き込む。
まぁ、いい加減にチキるのもやめたい頃合だ、素直に思った事を吐けばいい。
「多分……いや、間違いなく、誰よりも綺麗だよ。月並みな言葉だけどさ」
息を吐いて、そう答える。
キチンと彼女の目を見て、向かい合って。
「「ほほぅ」」
外野、今いい所だから邪魔すんな。
「そ、そう。うん、まぁ、そうね」
顔を真っ赤にしながら、雨乃はいつも通りに振舞おうとするが、顔も仕草もぎこちない。
「当たり前よ。アンタが、選んだ私だもの」
ニヒッと華のような笑顔を咲かせると、彼女は恭しく一礼をした。
「全部終わったら、私も話すわ」
「……」
「今までのことも、これからのことも、これまでの事も」
「あぁ」
「だからね、その時は聞いてくれるかしら?」
彼女は俺の手を取る。
その手には確かな熱が灯っていた。
「あぁ、聞くよ」
笑って返す。
きっと、彼女にとっての区切りが付いたのだろう。
「雨乃、そろそろ時間」
夕架がそう言うと、雨乃は頷いて俺の隣を通り過ぎようとする。
「勝ってくる」
「勝ってこい」
挙げた手に彼女の掌が触れるとパンっと子気味のいい乾いた音がした。
そうやって、俺の隣を追い越していく彼女の背中を見送りながら静かに笑を零した。
「なーに、黄昏ちゃってんの?」
雨乃に付き添っている夕璃に取り残された夕架は俺の肩に肘を置きながらそう呟いた。
「……胸倉掴んで悪かったな」
「憎まれ役引き受けるのは姉の役目なのよ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて俺の頬を指で突っついた。
「夕陽ー!」
廊下の向こうで、雨乃が振り返って叫ぶ。
「私を見ててね」
答えは聞いてないとばかりにそのまま廊下の向こうに消えていった。
「可愛いわね」
「知ってるよ」
「好きになっちゃいそう?」
ニヤニヤと意地の悪い質問を繰り返す。
いつもの俺ならとっくに参っている頃合だろうが、今はなんだか調子がいい。
「とっくの昔から好きに決まってんだろ」
それだけ言って、歩き出した。
・・・・・・・・・・・・・・
「いやー、いいものだね文化祭っていうのは」
人でごった返す廊下をニコニコと歩きながら、男は口ずさむように独り言ちる。
「おい、早く行こうぜ! ミスコン始まるって」
「ミスコンって四組の星川出るんだろ?」
星川、その苗字に男の足は止まった。
「へぇ……ミスコンねぇ。星川ちゃんが出るってことは当然彼も居るのか」
男は一口だけ残ったフランクフルトに齧り付き、咀嚼して飲み込むと指についたケチャップを舐めとった。
「まったく、面白いなぁ」
残忍さと凶悪さを隠すことなく表面に出しながら、男は人混みから外れるてスマホを操作する。
「ヒーロー不在の状態で、演者はどう動くのか。予行演習といこうか」
男の視線の先には確かに桃色があった。
・・・・・・・・・・・・・・・
「人の熱気で包まれすぎ」
バカ広いはずの体育館でも、三学年+来場者が入ると流石に狭く感じる。
熱気に包まれながら、このギュウギュウの状態でもイチャつくカップルの熱気にも当てられながら俺は静かに息を吐き出した。
「リア充の男の方は小指の先から腐っていけばいいのに」
「お前いつになくサイコパスだな。てか、なんで男だけ?」
「女の子はワンチャン俺の彼女になるかもしれないから」
「そんなワンチャンない。絶対ない」
相も変わらず馬鹿な事をほざく親友をひっぱたきながら始まるのはまだかと時計に視線を送る。
「つーか、何その頭の被り物」
俺の頭についた百均で買ったであろうパーティ用の防止を指さしながら瑛叶は不思議そうな声を上げた。
「魔法使いにゃ帽子は必須だろ?」
「普通杖じゃね?」
「ビビデバビデブー」
「いつにも増して意味わかんねぇー」
いつものように軽口を叩きあって気分を誤魔化す。
というかやばい、俺が出るわけじゃないのにテンパリがやばいのだ。
変な汗が額から落ちるし、回りの視線がやけに気になってやばいし。
「……大丈夫かな、雨乃」
「なんやかんや言いつつメンタルお前より強いから大丈夫だろ」
「お前はもうちょっと心配してやれ。この薄情者」
そうやって、気を紛らわしているうちに体育館の照明が落ちた。
そして、ステージに人影が映る。
『待たせたなッッ!』
真っ赤な髪した紅音さんが男らしい声を張りあげた。
その瞬間、会場が尋常じゃないほど揺れた。
「紅音さんかよ」
「あの人本当に出たがりだな!」
俺のボヤキと瑛叶のツッコミが同タイミングで放たれた。というか、ここまで盛り上げれるって何者だあの人、カリスマ過ぎないですか?
『学校側の粋な計らいにより、今年も開催することが出来た! そして今回は特設ステージまで用意されてる!』
特設ステージってあのランウェイみたいな中途半端なやつか。
『いくつかルールがある! まず、この体育館において撮影は全面禁止、それをインターネットに上げるのも絶対禁止だ! 見つけ次第、学校側から処分が下る』
まぁ、妥当っちゃ妥当なルールだな。
『また、出場者に対する誹謗中傷をインターネットに上げることも禁止だ』
雨乃に誹謗中傷したやつは見つけ出してぶっ飛ばそう、そうしよう。
『投票の方法は投票時に説明する。私からの説明はこれで終わりだ』
紅音さんはそう言うと一礼してウィンクを一つ。
『まずはエントリーNo.1---』
そうして、上がり続ける会場のテンションと熱気は最高潮のまま
・・・・・・・・・・・・
どこかから聞こえる歓声が、ボヤけた耳に届くと私の意識はそこで覚醒した。
「あれ……私、雨乃先輩の応援の為に体育館に行こうとして……」
あたりを見回せば、日頃誰も近寄らないような校舎裏に座っていた。
「ッッ! 頭……痛い」
ズキズキと痛む頭を働かせながら、何があったのかを思考する。
確か、私トイレに行くって言って夏華と別れて、トイレから出た後に金髪の男の人が体育館への道を聞きたいって言ったから、ついでに案内しようとして。
そこで、思考が止まる。
あの金髪の男が言っていたセリフが脳内で反芻する。
「そうだ……アイツが、先輩達を襲った」
「ピエロだよ」
砂を踏む音と共に、ピエロマスクを被った男がコチラに歩み寄ってくる。
「お前が……先輩と雨乃先輩をッッ!」
内から湧き上がる衝動のままに立ち上がろうとしたが、何故か身体が重すぎて動かない。
「どうしたんだい? まるで、全身に重りでも付けられているようだね」
粘着質の気持ち悪い声が耳に届いた。
つまり、私はピエロマスクに捕えられているのだ。
先輩が言っていた、ピエロマスクは色んな症状を使うから見かけたら逃げろって。
でも、この状況じゃどうしたって逃げられない。
「私を捕まえてどうするつもり?」
「君の症状を奪うつもり」
症状を奪う。
そんなことが出来るの?
「まぁ、君が泣いて懇願するんならやめてあげてもいいよ? 今の僕はひじょーに! 機嫌がいい」
ピエロマスクは動けない私の顎を指で引くと、マスク越しの瞳を歪めて笑う。
「土下座して泣いて見せたら見逃してあげる」
「……お前みたいなクズに頭を下げるぐらいなら舌噛み切って死んでやる」
「ふふっ、いいねぇ、強気な女の子はいいね」
「とっとと私の顔から手を離せ童貞野郎、私に触れていい男はこの世界で先輩だけだっての!」
顎に添えられて指を噛みきってやるべく、少しだけ動く首を動かすとピエロマスクは大人しく指を引いた。
「教えてあげようか?」
「なにを?」
その瞬間だった、乾いた音と共に顔に痛みが走る。
「僕はね、全能なんだよ」
もう1度、頬に痛みが走った。
「あんまり調子に乗るなよ、一つしか症状を扱えないゴミが」
ゾッとするような低い声で、ピエロマスクは私の髪を掴む。
「何十分後には泣いて彼の名前を呼ぶ、君の姿が目に浮かぶよ。助けなんか来ないのに、ずっとずっと泣き叫ぶながら彼の名前を呼ぶ君の姿がね」
その、見当違いな一言に思わず笑みが零れた。
助けなんか来ない? こいつはどうやら、先輩以上の馬鹿野郎のようだ。
痛む頬を吊り上げて、精一杯勝ち誇る。
「来るよ、先輩は」
「……強気な女の子は泣かしてる時に化けるから好きだけど。希望に満ちたその面は、気に食わないな」
私は静かに目を瞑る。
どんな痛みも屈辱も、別に構わない。
「先輩は必ず来る」
その事実だけあれば、私はきっと誰にも負けないから。




