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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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八十九話 school festival1

俺が声を張り上げると、おかしなほどの静寂が波のように広がった。

みんなが少し動けば虫のような人の群れはモーゼの十戒のように割れて、彼女まで一直線の道ができる。


一歩踏み出した。

月夜に照らされた彼女はまるで妖精のようだ。

もう一歩踏み出した。

触れれば今にも崩れそうで、風が吹けば砂の城みたいに消え去りそうだ。

あと一歩だけ踏み出した。

みんながみんな口を閉ざして、俺達の一挙一動に注目している。


フードを被った僕っ子も、荒々しさを残す阿呆も、快活そうな化猫も、爽やかな親友も、口うるさい後輩達も、赤髪のお嬢様も、おしゃべりな道化も、魔王的な姉達でさえも、みんな口を閉ざして見守っている。


彼女が微笑むと、心音が加速する。

彼女が息を呑むと、茹だった脳味噌が沸騰する。

走り出しそうな脚を押さえつけ、今にも抱きしめたい衝動を無視して進む。


「ねぇ──」


柔らかい声音が鼓膜を揺らす。

確かにあったのだ、ここにあったのだ。

求めていたものも、探していたものも、懺悔の対象も、守りたかった女の子も、果たしたかった約束も。

変わらずにそこにいて、されど変わらぬ訳ではない。


いつのまにか気持ちの悪い呪いのような雑念は消えていた。

いつのまにか全身を這う痛みは根こそぎ滅ぼされていた。


会話を交わして、視線を交える。

意思を通わせあって、想いを確認し合う。



微笑みながら差し出された手を取った。

琥珀の月の下で、俺も彼女に倣って静かに微笑んだ。





※※※※※※※※※※※※※※※※※



もうすぐそこまで冬が来ているというのに、人口密度のせいでか妙にムシムシする体育館。

全校生徒と全教師が体育館に集まって、皆一様に開会式の始まりを待っている。ソワソワする者、妙に落ち着いている者、闘志を燃やす者、馬鹿みたいに笑う者。

皆一様にそこそこ楽しそうである。


「夕陽……ねぇ、夕陽ってば」


隣を向けば女子列の雨乃さんがコチラを見ている。


「ん? どったの」


俺が問いかけると、顔を赤らめながら雨乃が俺の耳を掴んでグイッと自分の方に引き寄せる。


「ものすっごいお腹痛くなってきたんですけど」


「うっわぁ、ものっすごいどうでもいいんですけど」


「あん? 誰のせいだ誰の」


「焚き付けたのは俺だけども出るって言ったのはお前だろうが」


いつものような軽口の叩きあいができるってことは、以外にも余裕綽々なのだろうか。


「馬鹿ね、いっぱいいっぱいよ」


「いっぱいおっぱい」


「もはや蹴るのすら躊躇う気持ち悪さね」


「合法的にセクハラ解禁された?」


「非合法だ馬鹿」


体育館が一気に暗くなる。

その瞬間、室内の温度が上昇した。


『あーあ、マイクテス、マイクテス』


間抜けな声がマイクから響くと壇上には見覚えのある人物が登壇した。


「「紅音さん!?」」


雨乃と俺の声が重なった。


『文化祭実行委員長代理の紅音だ』


いや、紅音さん、苗字言わなきゃ。

などと思っていると、至る所から黄色い歓声が飛びはじめた。うっわぁお、あの人モテるなぁ。


『現時刻より、文化祭の開始を宣言するッッ!』


そうして、力強い紅音さんの宣言によって、混乱に包まれながら我々の文化祭が始まった。



※※※※※※※※※※※※※



「まさか紅音さんが宣言するとはなぁ」


祭り囃しでも聞こえてきそうな活気の溢れる雰囲気の中、俺と瑛叶は教室で準備をしていた。

袋詰めのお菓子を均等に百均の皿に盛り、ジュースをクーラーボックスから取り出して氷の入ったタライの中にぶち込んでいく。


「あの人、出たがりじゃん?」


「つか、女子人気すげぇわ」


「羨ましいのか女運ナッシング瑛叶」


「死に晒せチキン夕陽」


いつもの軽口を叩きつつも陸奥の監視が怖いためせっせと他の男子と協力しながら働く。

今のところは平穏無事、雨乃が謎に緊張しちゃってガッチガチだがなんとかなるような気はしているし、実行委員の仕事でお忙しいので緊張を解す役目は陸奥に譲って俺は無心で働いている。


「そいえばさ、夕璃と夕架は来んのか?」


「バカお前、そんなきがるに名前読んだら」


バカの頭を引っぱたいていると、バンっっっと教室のドアが大声で鳴きながら開く。


「「呼ばれて飛び出てお姉ちゃんs!」」


「ほら、馬鹿だから来るんだよ」


めんどくせぇ入り方してきた挙句に、まだ準備中のプレートかけてましたよねぇ!?


「ゆっひーなら奥にいます!」


「おいこら化け猫女、俺がいることバラすんじゃねぇ」


「だって、目が笑ってないこの人達」


どんだけお前らトラウマ抱えてんだ。

溜息混じりに姉達の面倒くささを鑑みながら、脱出しようとしていた瑛叶の身体を速攻で拘束する。


「おいこら、準備中ってプレートが見えんのか」


瑛叶と陸奥を姉二人の前まで持っていこうとすると、クラスメイトに姉達が包囲されている。

口々に可愛いだの、キレイだの女子は褒めちぎり、4~5人の男子は確実に恋に落ちていらっしゃる。


「おいこら紅星! お前こんな可愛い姉ちゃんいたのかよ!」

「なんで言わねぇんだ」

「バカ! バカ!」

「童貞!」


口々に俺に暴言を浴びせる男子高校生クオリティ。

あと、童貞と馬鹿って言った奴らは後で氷を詰めたビニール袋で頭ぶん殴ってやるから覚えとけ。


「ごめんねぇ、夕陽に用事があるの」

「めんごー」


登場から数分で場の空気を完全に掌握した姉共は俺と幼馴染連中を捕まえて教室後方に引きずっていく。


「なんで俺まで」


「生贄は夕陽だけで」


「ゆっひーが犠牲になるべき」


「お前らに友情とかないのか」


幼馴染と言っても所詮はこんなものである、速攻で裏切るとんでもない奴らだ。

だから貧乳なんだよお前は。


「ぶっ殺すぞ夕陽」


「雨乃さん口調が崩れてる」


思考が読まれるって厄介だなー(棒)


「そんで、なんで四人引っ張てきたのお姉ちゃん達」


死ぬほど屈辱的な呼び方で姉を呼べば陸奥と瑛叶は落とし穴に落ちた後の芸人のような理解の追いついてない表情で俺を見つめている。


「「いやー、単純に面白そうだったから」」


「「「「ふざけんな!」」」」


完全に文化祭楽しんでやがるこの姉共、よく見たら先に開いてた三年のフランクフルトとか一本づつ持ってるし。


「あーこれー? あのねー、紅音ちゃんって子が「夕陽のお姉様方なら」って言ってねー、お金いらないって言ってくれたー」


後でお礼言わなきゃなぁ。

フランクフルトを口いっぱいに頬張りながら、夕璃は子供のように無邪気な笑みを咲かせた。ほんと食べるの好きだなこの姉。


「じゃあ、二時までには準備教室来てね雨乃」


「ゆーひもくることー」


俺もかよ、なんでだよ。


「「なにか文句?」」


「いいえ何でもございませんお姉ちゃん方」


すぐに平謝りすると、ケチャップが付いているであろう手で頭を撫でられた……というより拭かれた。


「親友としてお前が情ねぇよ」

「ゆっひーにはプライドがないの……?」

「ごめんね、夕陽」


目が痛いし言葉が痛いし心も痛い、なにか磨り減ってる絶対。


「んじゃ、お姉ちゃん達まだまだ満喫したいから」


「夕架、次ねー三年生のパンケーキたべたーい」


「あんまり食べると太るわよ夕璃」


「ゆーりさんは食べてもふとんなーい」


「なんで双子なのに私は食べると太るのよ」


以外に人間らしい悩み抱えてんな夕架、そして相変わらず食いすぎだろ夕璃。


「お姉さんたちコレ!」

「俺も!」

「私も! コレ!」


軽い混雑である、有名人かあいつら。

お菓子やらなんやらを両手いっぱいに手渡されながら暴風というより台風は教室から去っていった。


「来て数分で場を支配したわね」


「兄貴にしろ姉共にしろ天性の人たらしだからなぁ」


「人らしって言うよりかは帝王とか魔王とかじゃない?」


「あいつら絶対催眠魔法とか使えるぞ」


人を操るのがうますぎる、奴ら絶対魔族だ。

というより入ってきただけで一身にその注目を集める振る舞い方にどうすれば人に好かれるかが分かっている行動パターンは雨乃さんに是非とも見習って欲しいところである。


「……ああやって囲まれるぐらいなら引きこもってた方がマシな気がしてきた」


「夢唯と発想が同類なんだよなぁ。つか、後でこの何倍もの人に目線向けられるぞお前」


「アンタ、そうやって追い詰めんのやめてくんない!? 逃げたくなってきた」


「大丈夫大丈夫、全員猿だと思えばいい」


「……全員、夕陽って気持ち悪いわね」


「お前何シンプルに猿=俺っていう式立ててんの?」


「ばーか。いいから働いてきなっっさい!」


バンっと背中を叩くように押され、よろめきながら作業の輪の中に戻っていく。

俺のシフトは今から一時間、雨乃と入れ替わりで自由時間が与えられるのだ! そして、その一時間後は雨乃も自由時間なので一緒に回ろうと計画している。


「うっし! 夕陽、働くぞ」


「うるっさい瑛叶、耳元で叫ぶな」


「知ってるか? 文化祭で頑張る男はモテるらしいぞ」


「出た、なんの根拠もない瑛叶のモテるシリーズ。モテた試しは一つもないくせして、ダメ女ばっかり引っ掛ける」


「後半ただの悪口じゃねぇか! まぁいい、表の看板上げに行くぞ」


「一人でやれっての」


ボヤきながら、笑いながら、扉を開けて人が多い廊下に一歩踏み出す。


「文化祭、始まったなぁ」


瑛叶の呟きが虚空の中に消えていく。

最近の非日常を抜け出して、やっと訪れたそこそこ平凡な日常。せいぜい文化祭ぐらいは静かに楽しく過ごしたい。





※※※※※※※※※※※※※※※


「うぉっしゃあ! 先輩! 見て見て! 最高得点!」


「騒がしいなぁ、お前」


跳ねるたびに揺れるピンク髪に行き交う人達は横目でチラチラと見ながら通り過ぎていく。


「やっぱり私超すごくないですか!?」


「おう、分かった。分かったから商品を受け取って他行くぞ冬華」


「一等って……お菓子の詰め合わせ!? ありがとーございます!」


苦笑いを浮かべる三年の先輩からそこそこ大きいお菓子の詰め合わせ袋を受け取った冬華は上機嫌で歩いて行く。


「あれですね、やっぱし冬華ちゃんなんか持ってますね」


「持ってる持ってる、胸も盛ってる」


「叩きのめしますよ先輩」


「最近の冬華は怖いなぁ」


歩きながら袋をあけて、中からチョコバットを取り出すと俺の頬に突き刺した。


「くれんの?」


「なんならこれでポッキーゲームでもします?」


「この大きさではポッキーゲームとは言わんだろお前」


受け取ったチョコバットを齧りながら、グラウンドに広がった出店の数々を見ながら歩いて行く。


「それとも、先輩はポッキーゲームなんて手段すっ飛ばして私とキスします?」


「……髪の毛のピンクは淫乱ピンク」


「よし、さすがの私でも許せないフレーズがある! 軽薄茶髪、ハーレム主人公、ヘタレチキン、名古屋コーチン」


「ラスト一個マジで意味わからん、ほんとわからん」


淫乱ピンクの髪をグッシャグシャにしながら店先を回っていると、グイッと首根っこを引っ掴まれ店の一つに引きずり込まれる。


「先輩が消えた!?」


「一名様御案内ー」


この声は!

えっと……えっと、苗字なんだったけ。


「噛ませ犬先輩!」


「お前ほんと殺すぞ。フランクフルトの棒を全身に刺すぞ」


体育祭以外、関わりの無い犬の名前は脳味噌からデリートするのだ、雨乃にちょっかいかけた過去があるから尚更。


「月夜、いたぞ力仕事できそうなの」


犬塚パイセンに首根っこ引っ掴まれたまま、三年のフランクフルト屋台の裏側にぶっ込まれた。


「やぁ、夕陽君」


「やぁ。じゃねぇんだよ!」


「少し、手伝ってくれないかい?」


嫌な予感がした、だが首根っこは犬塚パイセンに掴まれ、前方には月夜先輩、少しそこには紅音さん。


「先輩が拉致された!」


そして、遅れて冬華が登場。

異色のこのメンツ、そして文化祭、そんでもって先程出てきた力仕事という単語。

嫌な予感が形になった冷や汗が頬を伝いながら逃げるすべもなく俺はこの場に拘束されていたのだった!






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