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Evening Rain  作者: てぇると
日常編
9/104

九話 mission complete

ドンッと全身を駆け巡るような衝撃が体を走る。喉の奥底から漏れる息と鈍い音と共に俺の腹から拳が離れる。


「すげぇな。顔色一つ変えないって」


「いいからサッサとしましょうよ、夜はカニ鍋なんですよ」


「食えるといいなぁ!」


ドンっと腹にもう一度衝撃が走る。これで二発、残り八発。

四発、五発、六発、七発と回数を重ねる毎に衝撃を感じなくなるが、それでも不思議な何かが体を走り続ける。『症状』を使っているため痛みはないが、どうも内蔵あたりが不味いかもしれない、目眩や吐き気が体を襲う。


回数を追うごとに夏華や冬華の悲鳴が聞こえる、俺としては悲鳴じゃなくて応援が聞きたいなぁなどと思いつつ。八発目が腹部を襲った。ぐわんぐわんと身体が揺れる、吐瀉物が口から出そうになるがぐっと堪えて前を見る。


どうやら、本気で焦っているようだ。そりゃそうだろう、本気で殴り続けてるのにニヤニヤと笑ってるだけなんだから。俺が殴る側だったら気持ち悪くて仕方ない。


「お前…なんなんだよ」


「喧嘩の弱いモヤシ高校生ですよ」


「クッソがァ!」


ドンッと今までより強い衝撃が走る。これで、九発目万を辞して残り一発となった。


「どうしました? 最後の一撃ですよ? ゴッドフィンガーでもします?」


吐き気が襲うが、下唇を噛み締めて押しこらえ。表情に出さずに涼しい顔で煽る。


「チッ…」


リーダー格の男はポケットからメリケンサックを取り出すと、それを装着する。お前…まじかよ。


「卑怯だなんて言わねぇよな」


「言いませんよ別に、メリケンサックは禁止だなんて一言も言ってませんし」


言わなくても分かるだろうがハゲって言いたい、言いたいけど言わない。怖いから。


「死んでも知らねぇぞ!」


ドンッと最後の一撃が決まると同時に、後ろの男が俺から手を離した。

思わずその場に崩れ落ちそうになるが寸前の所で踏ん張る、前を向いてリーダー格の男を睨む。


「俺の勝ちって事で良いですよね? そんじゃ、そーゆう事で帰りますね」


そそくさと、雨乃達の方に歩いていこうとした俺の肩を男が掴んだ。あー、不味い。

次の瞬間、頬に衝撃が走り俺の身体は地面に転がる。


「ッッ! 俺の勝ちの筈でしたよね」


「そんな約束、守るわけねぇだろうが!」


自慢の拳が効かなかったのが相当キているようで、般若のような形相で俺を睨む。

周りの連中もジリジリと俺達の方ににじり寄ってきた。絶対絶命…のはずだった。だが、充分時間は稼いでる。


「南雲!」


ゆっくりと立ち上がりながら、その名を力強く叫んだ。


「カッコよかったぜ夕陽」


鉄パイプに咥えタバコ、その後にはガラの悪い男達。今この状況で最も頼れる男がそこに立っていた。

どうでもいいですけど、咥えタバコに鉄パイプって中二病臭いですね!


「相変わらず面白い身体してんなぁ。まぁ後は俺に任せとけよ」


タバコを地面に放り投げ、足でそれを消してポケット灰皿に入れる。流石は環境に気を使うヤンキーだ。

呆気に取られるリーダー格の男の前に立つと睨みつける。


「おい、お前は夕陽の提案に乗ったんだよなぁ? だったら、賭けに勝った夕陽を背後から殴るのは、ちっとばっか筋が通ってねぇよな」


そのまま南雲はリーダー格の男を鉄パイプでぶん殴った。

鈍い音と共に、男が地面に倒れる。


「お前ら、覚悟できてんだろうな」


そう言い放った瞬間、南雲の仲間が一斉に動き出した。


「星川とそこの双子! 夕陽連れてとっとと逃げろ!」


うわー、南雲さんマジかっけぇ。主人公じゃないっすか、それに比べて俺は何とまぁ情けない。


双子が俺の両肩を支え出口を目指す。だが、相手も俺達を返してくれる気が無いようで、速攻で囲まれる。


「あー、雨乃。双子連れて逃げろ」


「…夕陽はどうする訳?」


「痛みが無いんだ、別にどうってことない」


せめて三人だけでも逃がさなければ不味い。それだけは絶対に果たさないと行けない事だ。


「……夕陽」


だが、天からの助けというのは本当にあるようで。俺の知る中でも最強の人物の声が当たりに響いた。間に合って良かった、死ぬ所だった。


「おいおい、テメェら良くもまぁ私の可愛い後輩達を傷つけてくれたなぁ」


鈍い音と共に、男達が空を舞った。

そんな空想上の馬鹿げた事をできる人間……殺戮兵器をを俺は一人しか知らない。


「来るのがちょっと遅くないですかね? 紅音さん」


真っ赤な髪を振り乱し、バッタバッタと男達をぶん殴り、蹴りあげて、首根っこ掴んで空中に放り投げる。まさに化物のような女、赤い彗星。


「まったく可愛くないなお前。まぁいいや、表に月夜が待機してるから早く行け」


「うっす」


紅音さんはカッコよく笑うと俺の背中を叩く。


「最高にカッコよかったぞ今日のお前」


そう言って獣迫り来る男達を半殺しにしていた。まったく、なんで俺の周りにはカッコイイ人達ばっかいるのだろうか。とゆうか、紅音さんは人なのだろうか?

心配しうにこちらを見る双子の頭を撫でて、表に出るといつも通り涼しい顔で笑ってる月夜先輩が立っていた。


「やぁ、お疲れ様夕陽君」


「ちっとばっか殺戮マシーン紅音さんを投入するのが遅くなかったですかね? 俺と雨乃のコンビプレーで南雲を呼んでなかったら俺達今頃本気でやばかったんですが」


嫌味100パーセントでそう言うと、月夜先輩は素直に頭を下げる。


「それについては本当にすまない。完全に僕の予測が甘かったとしか言いようがない」


いつになく真面目な表情で先輩がもう1度頭を下げる。まぁ、助かったんだし別にいいか。


「今回は僕の責任だ、殴ってくれて─」


先輩がそう言って、両手を広げようとした時には俺のすぐ側から一人の影が消えた。


「遠慮なくッッッッ!」


勢いを殺さず、豪快な右ストレートが飛ぶ。鈍い音と共に先輩のくぐもった声が漏れた。


「ゴフッッ!?」


俺の代わりに雨乃が殴った、グーで。しかも、拳を振りかぶって全力で。


「……雨乃!? お前なにしてんの!?」


「殴ってくれって言ったから」


「お前馬鹿なの!? 今のは殴っちゃダメな所でしょ!? 月夜先輩!? 大丈夫っすか? えらく鈍い音しましたけど」


月夜先輩は倒れたまま動かない、ただの屍のようだ。


「い、いやー、いいパンチだったねぇ」


「先輩、声震えてます」


「……痛い、凄く痛い」


泣きそうじゃねぇか!


「すみません月夜先輩、色々とムカついてたんで本気でいきました」


そう言って雨乃がペコッと頭を下げる。月夜先輩は涙目になりながら起き上がると大丈夫と片手で制す。おぉ、本気で殴られても泣かない、流石だ。


「ひっぐ……大丈夫、ひっぐ……うぅ、痛い。でも僕が悪かった……ひっぐ……らね」


なーかした、なーかした。雨乃がなーかした。


「先輩」


「ん?」


「説明や報告は明日か明後日でいいですかね? このバカ二人も連れてくるんで」


「あぁ、うん、大丈夫だよ。もうすぐ…来た来た、大池先生が君達の事を雨乃ちゃんの家まで送ってくれる」


「先輩、俺のバイクは」


「後で家の前に置いとくよ、少しドライブしていいかい?」


あぁ、この人も免許取ってたな。


「あぁ、いいっすよ。その代わりガソリンお願いします」


俺らの近くに車が一台止まる。中から出てきたのは月夜先輩によく似た大池先生だった。


「お疲れさま、乗りたまえ。家まで送ろう」


「うっす、ありがとうございます先生」


「まった! 今の私は先生ではない、ただの君達の……先輩だということにしておいてくれ。教育者が、しかも自分の所の生徒の喧嘩騒ぎ止めなかったってバレたら面倒臭いからね」


「……いいっすけど、止めなくていいんですか?」


「いや、面倒臭いし。誰も制服着てなかったらしいし」


適当だなぁー、もうなんか、全体的に月夜先輩の姉って感じだ。


「さ、乗りたまえ。現場からエスケープだ」


そう言ってウィンク一つ。こうやってすぐカッコつける所とか、似てるな。

後部座席に俺と暁姉妹、雨乃が助っ席に乗り込む。

エンジン音と共に車が動き出した、全て終わった……そう思うとそこでドッと疲れと安堵が押し寄せてきた。


「あー、終わった」


誰にともなくそう呟く。南雲と紅音さんが居るんだ、ほっといても終わるだろう。背もたれに身体を預けると、不思議と口からは溜息が漏れた。今日の俺は頑張った、今宝くじとか買えば十万ぐらいは当たるんじゃないか? ぼーっとそんな事に思考の大半を費やしていると、両サイドがモゾモゾと動き出した。


「「その夕陽先輩」」


俺の両サイドに鎮座する桜色の双子後輩が上目遣いで見上げてくる、いつもの俺なら軽口を叩くとこなのだろうが、どうもそんな気になれず、相槌を打つだけの役に徹する。


「その、助けてくれてありがとうございます」


夏華の方が最初に頭を下げた。次に冬華の方が頭を下げる。


「私達がやった馬鹿な事で先輩が殴られて…本当にごめんなさい」


ポタポタと座席に水滴が落ちる音がする。

見れば二人共ボロボロ泣いていた。えー、なんか俺が泣かしたみたいじゃんこれ。まぁ、こんだけ泣いてるなら反省してるか。


「反省してるか?」


「「はい」」


「んじゃ、もう気にすんな。てか、お前らが責任感じる事じゃねぇよ、あの賭けを提案したのは俺なんだし。なぁ、雨乃」


「うん、夕陽(バカ)が勝手にやったこと」


「そそ、俺が勝手にやった事だ。あと、雨乃さん? 夕陽って言葉のルビにバカって言葉が見え隠れしてるんですけど?」


雨乃は薄く笑いながら、二人を慰める。その瞬間、堰き止めていた何かが決壊したように再び泣きじゃくる。

まぁ、そりゃ怖かったろうな。自業自得とはいえ、いい戒めにはなったのでは無かろうか?

目の前で自分たちの起こした事のせいで見ず知らずの先輩がボコされる所をマジマジと見せられたら、嫌でも反省はするだろう。


「はいはい、分かったからもう泣くな」


ちょうど下を向いてるので二人の頭をクシャクシャと撫でる。

すると、両サイドからグチャグチャの顔を押し付けるように抱きつかれた。二人分の温もりが嫌に冷えきった体を温める。

あー、雨乃さん見ての通りの光景だけど……怒る?


「ばーか……今日ぐらいは許してあげるわよ」


お許しが出たので、暫くはこのままでいいだろう。

あんだけ頑張ったんだ、これぐらいの役得があってもバチは当たらない筈だ。

そして俺は、深く考えないようにソッと瞼を落とした。




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