八十八話 Devil revisited
「さて、雨乃さん」
「夕陽、今ならまだ許してあげる……だから」
キッと恐ろしい眼力で睨みつける雨乃に怯みつつも、今日の俺は許しを乞うつもりはない。
「この縄を解きなさい!」
誘拐犯よろしく雨乃を椅子に縛り付け、結束バンドで手足を固定しているのだ。
これ、良識ある人がみたら通報されかねない絵面だ。
「この変態! ばか! あほ! ゴミ!」
「聞こえなーい、聞こえなーい! つーか、仕方ないだろうが、アイツらが来るまでお前を何処にも行かせるなって言われてんだから」
姉達からのLINEには「雨乃を逃がすな」という命令が来ていたのだ、仕方ないよね!
「くそ! 裏切り者! アンタのご飯しばらくブロッコリーしか出さないからね! それがいやなら今すぐ私を解放しなさい!」
「無理だって言ってんだろ! お前を逃がしたら俺が女装させられんの!」
「うぇ、おぞましい」
「おぞましいってなんだおぞましいって!」
雨乃の前に椅子を出して、俺もそこに座ると雨乃の蹴りが飛んできた。
「痛い、痛いってば、ごめんごめん」
「悪いと思ってるならこれを今すぐ外して」
「外したらどうする?」
「逃げる」
「じゃあダメー」
「はーずーせ!」
バタバタと足を上下に揺らして叫ぶ雨乃を少し可愛いなぁとおもいながら、姉達ばりの極悪思考が脳裏をよぎった。
今なら何しても雨乃は俺に反撃できない……?
「ちょ、待って! 夕陽? しないよね? 何もしないよね?」
ピタリと雨乃の抵抗が終わりを告げた。
ふふふ、ふふふははは! 日頃の恨みを晴らす時が来たようだ。
「さーてと、何からしようか」
あんまりエロいことすると後々気まずくなるしなぁ。
こそばゆいのが苦手な雨乃さんだから、足裏くすぐりとか行っとくか?
「や、やめて! 夕陽!?」
「覚悟しろ」
「だめ……ひひひひっ! ひゃぁぁぁ! ひひひひっ」
やべぇ、超楽しい、なんか雨乃の顔が女の子がしちゃいけない顔になってるけど超楽しい。
「ひっ! ぴゃぁぁ! だめ、ダメだって、ひゃひゃひゃひゃ」
やばい、なんか楽しくなってきた。
その時だった、リビングのドアの方から物音がしたのは。
「「な、何してんのアンタら」」
青ざめた表情で姉二人が俺を睨んでいた。
「い、いや! 違うんだ! せ、せつめ──」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「縄を解け」
形勢逆転である。
今度は俺が縛られたのである。
「いやー、ちょっとおねーちゃん的には、身ー内から犯罪者はいやだーなーって?」
「……夕架お姉ちゃん、ちょっとドン引き」
「いや! マジで引いてんじゃん!? 雨乃、誤解をとけ!」
雨乃に誤解を解くように促すと、わざとらしい涙目で姉達に抱きついた。
「夕陽が私のことを襲おうと……」
「んな! お前! 最悪だ! やりやがったな! 絶対にやっちゃいけないことの一つを平然とやりやがったな!」
「「最っ低」」
「弁解の時間をよこせぇぇぇぇぇぇ!」
哀れな男の絶叫が家屋にこだました。
※※※※※※※※※※※※※※※
「夕陽は?」
夕架がビール片手に赤い顔して私に問いかけた。
あのあと、縛り付けられたまま一時間以上散々私達三人に玩具にされて、グロッキー状態で部屋で爆睡している。
「寝てるよ。……魘されてるけど」
時刻は既に十二時を回っている、ドレス選びやらで一日を費やしていたが時間が経つのが早い。
「雨乃はー、いっとーしょー取るんだよねー?」
「まだ分からない……けど、勝つつもりではいる」
「まっ、そのために私と夕璃がコッチまで来てるんだけどねん♪」
鼻歌を歌いつつ夕璃の手からポテトチップスを奪い取った夕架はソレをツマミにビールをガバガバ飲んでいる。
「ねぇ、二人ともまだ──ンンッッ!?」
「「世の中には知らない方がいいこともあるの」」
熱々のウィンナーを口の中にぶちこまれたせいで口内が大惨事だ、熱すぎて死ぬ。
「そんで、どーなの?」
ニヤニヤと夕璃が水を飲んでいた私の頬っぺを突く。
「どうってなにが?」
「夕陽とはに決まってんじゃんねー? 夕璃」
くっ! 来るとは思っていたけどいざ聞かれるとムカつく。
「なんにもない」
「「何にもない男の口車に乗せられてミスコンに出るんだぁー」」
「アンタらそんな時ばっかり息ピッタリね! ほんとにムカつく!」
ニヤニヤしている顔が夕陽に似てるのもまたムカつく。
「好きなんやろ? 雨乃、家の弟のこと好きなんやろ?」
「しょーじきになれー、好きなんやろー?」
「なんなのそのエセ関西弁? あぁ、はいはい好きです! 好きですけどなんですかこんちくしょう!」
あぁぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃぃぃぃぃぃ! 顔から火が出そうな程恥ずかしい。
「そんなこと言ったって夕架と夕璃だって夕陽のこと好きじゃない!」
軽く受け流されると思って言った、その何気ない一言に対して二人は予想外の反応をした。
口に含んでいたお酒を吹き出すのではなくて、ぷるぷる震えながら口の端から漏らしている。
「え? えっ? 何その反応!? 二人とも……まさか男として」
えぇぇぇ、ここにきて冬華以外にライバル出現なんて私は聞いてないし認めない!
「いや、そういう好きじゃないけど」
「そーそー! 私はゆーひのことは好きだけど、そーいう好きじゃないの」
なんかブスっと拗ねてしまった、なんか琴線に触れたようだ。
「てか、なんで私達が夕陽のこと好きなんて思うの? 通常の態度見てれば嫌いだって思うはずじゃん」
拗ねたままの調子で夕架が口を開いたが、妙に頬のあたりが紅い。
それにしても頭はいいものの、こういうところはポンコツらしい、魔王にも可愛いところがある。
「だって、嫌いなら頼まれたからってわざわざ飛行機に乗ってまで普通来ないでしょ? 二人とも頼られたのが嬉しいみたいなテンションだし」
それに……と続ける。
簡単なことだ、馬鹿でもわかる。
「好きなのにイタズラしちゃう心理ってあるじゃん? 小学生みたいに」
「「雨乃のくせに生意気な!」」
どうやら図星だったようでクッションが飛んできた。
「だってー、なんやかんやいーつつ、ゆーひは弟だし? 可愛いところもあるしー?」
「……まぁ、気に入ってるってところは認めてあげるわよ。あんな玩具なかなかいないし」
「素直じゃないね」
「雨乃だけには言われたくない!」
まぁ、それはそうなのだが。
というか、なんかそういう雰囲気になっても夕陽は逃げる癖がある気がするのだ、私は悪くない。
「まぁ、このまま幸せに暮らしたいならさ、夕陽のことお願いね? 知ってるでしょ?」
「そーそー、私達も気まずくなりたーくない」
なにが? 一体全体何の話をしているのだろうか?
「なにが?」
私が問いかけると、二人の表情が固まった。
「夕陽からなにも聞いてないの?」
「ほんとーに何も聞いてないの?」
「なにが? 何の話してるの?」
二人の表情から察するに私と夕陽に纏わる何か大切なことらしい、そしてそれを夕陽は私に話していない。
こうなったら気は進まないが読むしか。
「雨乃! 読まないで!」
「読んじゃダメッッ!」
症状を使おうとしたその瞬間に二人の叫びが鼓膜を揺すった。
幸か不幸かそれで集中が乱れて読むことはできなかった。
「大きい声出してごめん……でも、これは夕陽の口から言うことだと思うから」
一体、私の知らないところで夕陽に何が起こっているのだろうか。
もしかしたら、もう既に取り返しのつかない所まで来ているんじゃないんだろうか。
そんな疑念だけが私の心中でとぐろを巻いて居座っている。
「雨乃、ゆーひをお願い。あの子は、少しだけ欠けちゃってるの」
知っている。
アイツが欠けていることに、それに気がついていないふりをしていることにも、それに対して何も言えない私も。
「雨乃、後悔したくないのなら夕陽に二度と危ないことはさせないで。例え、それであの子の中の大切な何かが壊れてしまっても」
もし、そうなった時、私に止めることができるのだろうか。
アイツの大切な物を踏みにじってまで止めることが臆病者の私にできるのだろうか。
そうやって、気まずい雰囲気の中で話は終わる。
そうやって、不安なまま夜は耽る。
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「さてと、盤上にカードは出揃った」
ピエロは笑う。
「ジョーカーは夕陽君、クイーンは雨乃ちゃん、スペードは紅音、クローバーは夢唯ちゃん、ジャックは月夜、10が冬華ちゃん、9が夏華ちゃん」
机に並べられていくトランプのカード、それら全てには顔写真が張り付けてある。
「8が瑛叶君かな、7が陸奥ちゃん、6が相坂くん……他に配役を振るカードは無いか」
そして、真っ白なカードを机に放る。
「そして……南雲君には種を撒いた、芽が出るまでに時間は掛からない」
真っ白なカードに貼り付けられていたのは南雲の写真。
そして、ピエロはジョーカーのカードを持ち上げて、それにライターで火をつけた。
「さて、南雲君はこちらの手に落ちた。そして、このまま行けば夕陽君は使い物にならなくなる」
カードについた火はピエロが触った瞬間に動きを止める、そして指を弾けばカードごと弾け飛んだ。
「文化祭……文化祭かぁ」
机のうえに置いていた夕陽達の通う高校の文化祭のチラシを見つめながら繰り返す。
そして、その双眸に妖しい光をともした。
「遊びに行こうかなぁ、面白そうだし」
ニヤリと笑って冬華と紅音の写真を手に取る。
「この二人のどちらかの症状を取れれば御の字かな」
ピエロは笑う、狂ったように笑う。
マンションの一室に絶叫にも似た笑い声が響き渡っていた。




