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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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八十五話 Bonds are stronger than love

俺の親友は大バカ野郎だった。

昔のそいつは酷く脆かった印象を受ける、誰かの期待に応えようとするあまり人格も感情も失って借り物のソレを背負い込んだ、脆く柔い硝子のような奴だった。


だが、とある日を境にその馬鹿野郎は吹っ切れた。

幼馴染の一人を救って入院したソイツは面会謝絶が解かれて会に行った時には別人のようになっていた。

本心から笑い、喋り、怒る、そんな馬鹿になっていた。


偽りから本物に成ったソイツは少しばかり狂ったようだ。

誰かのために犠牲になりつづけた馬鹿はいつからか痛みを感じなくなってしまった。

それでも、俺は……俺達は気が付かない振りをし続けた、俺達にはそれしかできなかったから。


だから、きっと、俺が親友にしてやれることは信じて共に立つことだけだと思う。




※※※※※※※※※※※※※※※※※



夕暮れの教室には女が五人、俺が一人。

集団のボスは甘ったるい表情で俺を見つめる。


「ねぇ、瑛叶君」


「なに?」


「私とさ……付き合わない?」


……罠だ。

くっそ! 罠だと分かってても頷いてしまいそうな自分がいる。

苦節十七年、女という生き物には散々煮え湯を飲まされてきた、もはや風呂でも入れる程に。


「……なんで?」


「なんでって……好きだから?」


ぐっうぉぉぉ、超可愛い。

ダメだ、こんなんだから毎回南雲と夕陽に馬鹿にされるんだ、これで何人目だこの手の女は。


「ねぇ、瑛叶君」


「……?」


「瑛叶君ってカッコイイよね」


「あ、ありがとう」


「サッカーしてるとことかぁ、騒いでるところとかぁー」


「お、おう」


「そんでさ、一緒にいろんなところに行きたいよね」


「あ、あぁ、そうだな」


「そんでさぁ」


甘ったるい声が耳に響く。

脳がビリビリと痺れるようなほど甘く痺れるような声。


「一緒にさ、最近調子乗っててムカつく星川って女を潰さない? あと、夕陽君も目障りだからさ……」


脳の痺れが一気に溶ける。愚かすぎだ俺、なんどこの手の女に痛い目に遭わされてきた、こういう女は「ごめーん、好きな人出来たー」とか言って誕生日プレゼント渡した次の日に振ってくるんだ。


「お断りだクソビッチ、処女膜再生さしてから出直してこい」


首元をかき切るジェスチャーで振ってやった。

ざまぁみろ、いつまでも糞女に引っかかるような俺ではない。


「なっ! なんで!?」


「可愛くねぇんだよブス、性格の悪さが顔に滲み出てんだよ」


「でも! 瑛叶君、私の事好きって」


「いや……まぁ、それは、うーん」


さっきのさっきまで騙されてたからなぁ、なんとも言えない。


「前はそうかもしれんが、今は嫌いだ」


「……!」


どうやらプライドに触れたらしい、ぶちギレてやがる、後ろの4人もカンカンだ。

こういう時はパッパッと逃げるに限る、夕陽琉逃走術だ。


「じゃあな、次告白する時はせいぜい茶髪にでもしてきてくれ」


このままじゃ撲殺されかねない、愉快な死体にはなりたくない。


「ば、馬鹿にして! 覚えてなさいこの馬鹿男! アンタら絶対後悔させてやる!」


「おうおう、せいぜい頑張れ。あぁ、最後に一つ」


ドアに手をかけて愚かな女に優しい優しいご忠告。


「うちの馬鹿は心底頭が悪い、痛みも分かんねぇほど摩耗して傷ついてな。だけどな、そんな馬鹿が牙を向くのは大抵自分のテリトリーの中の誰かが傷つけられた時だ」


俺は心の奥底から滲み出る笑いを噛み殺して、言葉を続ける。


「そんでな、その馬鹿野郎が世界で一番かっこつける時は自分の大切な女が貶された時だ。バカはお前らだよビッチ共、お前らはアイツを本気にさせた」


ドアを開け放つ、不思議と寒さは感じない。


「せいぜい恥かく準備しとけ、あのバカは奇跡を起こすバカだ」


右手を上げて、精一杯カッコつける。


「なんで……なんで、私の告白断ったのよ!? アンタみたいな馬鹿男なら食いつくと思ったのに!」


「ばーか。お前らとアイツら、天秤にかけるまでもないんだよ。ぶっちぎりでアイツらをとるに決まってんだろ」


中指立てて、それでおさらば。

あーあ! 最っ高の気分だ。


「あーあ、やっちたー」


「……覗き見とか趣味が悪いな、陸奥」


「お前らとアイツらなら、ぶっちぎりでアイツらをとるに決まってんだろ。だっけ? 瑛叶の癖にカッコいいこと言うじゃない」


「所々違うんだよゴリラ女」


ニヤニヤ顔でこちらを見る陸奥に舌打ちしつつ、歩き出す。


「ほんっと、うちの男共はどうしてもこうも馬鹿なのかにゃー?」


「どうしてこうもうちの女共は詮索が大好きなのかねぇ」


「万年馬鹿女に引っかかるアンタの節穴も少しはマシになったわね」


「万年ゴリラのお前はいつ見てもゴリラだな」


沈黙、そして睨み合い。


「はぁ、まったく、せっかくあんな顔だけ可愛い子と付き合える機会をみすみす溝に捨てるとは」


「いいんだよ、どうせ文化祭後には捨てられるのがオチだ」


「ほんっとにしょうがないから、他校の可愛い子紹介してあげるわよ」


女のカワイイは大概が自分より下の女だ。


「その目、信じてないでしょ? 大丈夫よ、性格も顔もぶっちぎりで可愛いから」


そう言ってスマホの画像を俺に見せる。

な! なんだこの子! めっちゃくそ可愛いじゃん!


「神様仏様陸奥様、マジ感謝」


「言っとくけど、この子超繊細だからね! お姫様のように扱うこと!」


「女の扱いには一家言あるぞ俺は」


「百戦錬磨で振られてる奴が何言ってんのかにゃー?」


「お前、今日のことはアイツらに絶対言うなよ! 特に南雲と夕陽!」


「いくらで手を打つ?」


くいくいっと指で何かを寄越せとジェスチャーする。

抜け目のない化け猫女だ。


「駅前のコンビニのあんまんでどうだ」


「駅前のコンビニの特上肉まんとチキン」


「……太るぞブス」


「私とアイツらどっちがブスよ」


「ぶっちぎりでアイツらだな、少なくとも処女だし」


「そりゃどうも、腐れ童貞」


悪口を交わしながら、室内に入る。

目が合った夕陽はにやっと笑いながら、こう言った。


「お疲れさん、色男」


「……るっせぇ」




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






「あぁ、夕架……チッ!」


飯を食べ終わってすぐに、姉貴達に電話をする。

そして、屈辱的な言葉を口にする。


「……夕架お姉ちゃん、手筈通りに進んでる」


「プッ!」


「雨乃ぉ! 笑ってんじゃねぇ!」


皿洗いをしながらその場に崩れ落ちて笑う雨乃に怒声を飛ばす。


「お姉ちゃん……プッ! 夕陽がお姉ちゃんだって、ヒヒヒっ、お腹いたい」


「うるせぇ! ばーか! ばーか!」


『そろそろいいー? イチャイチャしてるとこ悪いんだけど』


「イチャイチャしてねぇっての! 変なこと言ってんじゃねぇぞ夕架……お姉ちゃん」


またもや雨乃が吹き出した。


『んー、よく出来ましたー! さてさて、可愛い可愛い弟の為に頭を使いますかねぇ』


「最悪の気分だよ」


『そんで、集団の中に裏切り者はいる? 』


「いねぇよ、誰一人としてな」


『敵は女の子でしょ? 瑛叶とかだいじょぶなの?』


「大丈夫に決まってんだろ、あいつは俺の親友だっての。アイツがどんだけカッケェ奴かは俺が一番しってるよ」


『男の友情ってのはいいものねぇ。まぁいいや、ただの確認よ気にしないで』


全くもって人の神経を逆なでしやがる。


『そーれでー、種はまいたのー?』


「変わる時は変わるっていえや夕璃……お姉ちゃん」


くっそぉぉぉぉぉ! こんな自分をぶっ殺したい!


「種の方は暁姉妹が一年担当、陸奥と瑛叶が二年担当、三年は紅音さん一人で事足りるだろ」


『派手に種を巻きなさい、遠慮はいらないわよ先に手を出したのは向こうなんだから』


「だから、変わる時は変わるって……はぁ、もういいや。分かってるよ、だからわざと向こうがネガキャンかますまで待ってたんだろうが」


いわば正当防衛、やられたらやり返す。

そんでもって、向こうよりももっと上手く隠す。


『ネットよりも陰口の方が広まるのが早いわよ。『これは秘密なんだけど・誰にも話さないで』この二つで喋った秘密という名の甘美な種は相手に移るわ』


「考えることがあくどいな」


『ゆーひも考えてたくーせに』


夕璃の甘ったるい声に舌打ちが漏れた。


『それにしてもやっぱりTwitterを使ってきたかー、いいわね相手はおバカさんで、楽だわー』


「だな、噂ってのは広がれば広がるほど出処が不確かになるが、形に残るもんは特定ができないわけじゃなくなる「お前がやったんだろ?」って適当にカマかければ1発だ」


『やっぱし、お姉ちゃん達の弟よねぇー』


「死ね! ほんと死ね! 一緒にすんな!」


お前らのような悪魔と同列に扱われるなど死ぬほど嫌だ。


『ま、思ったより楽でいいわー。雨乃、元がいいから化粧と衣装と立ち振る舞いで普通に一位は取れるでしょうし、不穏分子の軽い牽制だけで済んだのは結構結構』


電話口の姉達は大変上機嫌である、鼻歌まで歌ってやがる。


『てか! いいのー? ゆーひ、雨乃が勝っちゃったらー、敵が増えるんじゃないー?』


「……そうかもな」


『ありゃりゃ、よゆー?』


「少なくともさ……」


何となく、最近考えることがあるのだ。

雨乃に声が聞こえぬように声量を下げながら姉たちに呟く。


「今、アイツに一番近い男って多分、俺な気がするんだよ」


電話口の向こうから聞こえたのは沈黙。

そして、何も言わずに電話が切れた。


「なんだよあの馬鹿ども、礼儀知らずめ!」


切るなら一言ぐらい言うのが普通だろうが。


「終わったの?」


「あぁ、終わったよ」


コーヒーを持って、雨乃が俺の隣に腰を下ろした。

柑橘系の甘い匂いが至近距離で香ってくるのにも大概なれた。


「私が勝ったら、またまた変なのがいっぱい来るかもね」


「そうだなー」


「も・ち・ろ・ん、守ってくれるわよね? 魔法使いさん?」


「素直に頷きかねるな。そういや、迷惑じゃねぇのか?」


学校で漂っている発生源がTwitterの噂、俺と雨乃が付き合っていて、同棲しているという噂。


「まぁ、同棲しているのはホントじゃん?」


「ごっ……!?」


含んでいたコーヒーが変な所に器官に入って噎せる。

俺の背中を微笑みながら摩って雨乃は呟く。


「いいのよ、アンタとなら別に噂になっても」


「ぁー……あ? それってどういう?」


「他のやつよりはいいって言ってんの。アンタみたいなの好きになる物好きなんてそういないだろうし」


「舐めてんのかお前は、俺のこと好きになるやつはいるわ!」


「知ってるわよばーか。モテるって勘違いしてんじゃねぇって言ってんのよプラナリア」


プラナリアってお前、切っても死なないやつじゃん!


「よく知っていたわね単細胞生物、どんだけ痛い目みても復活するアンタにぴったりでしょ?」


「お前、最近デレっデレだったくせに思い出したようにクーデレ属性拾ってこなくていいんだよ!」


「なっ! 誰がデレデレよ! いつ私がアンタにデレたのよ馬鹿! アンタの頭の中には麻薬でも咲いてんのか」


「……バストアップ下着」


「よし! このバカは殺す! プラナリアのように殺す!」


がバッと上から襲いきってきた雨乃との戦闘が始まった。

お姫様はお姫様でも、とんでもないじゃじゃ馬姫なのは間違いようがなかった。

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