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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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八十三話 A trusted hero

朝目が覚めると、そこにあったのは暗闇だった。

いや、正確に言えば暗闇ではないのだが、比較的暗かったので、ここは暗闇としておこう。


「んっ……すぅ……」


可愛らしい寝息と他人の鼓動が聞こえてくる。

がっしりと頭を抱えられ、足は俺の腰をUFOキャッチャーのクレーンのように絡みついて離れる気配がない。

この状況どうしたものか。好きな女子に抱きしめられて一夜を過ごすとか、もうこれある意味既成事実なのではないか?


「ぐっ……ぁ……」


息でも詰まったのか雨乃の鼻から変な音が漏れて、そのあとに唸るような声が聞こえた。

普通に可愛いなぁ、つか思ったより柔らかくてビックリしている、別にやらしい意味とかじゃなくて。

まぁ、そんなことよりだ、目が覚めたということはもう一つの部分起きたということだ、雨乃が目覚める前に鎮めて爽やかな朝を迎えねば。


「んぁ……むぅ……」


いつもなら速攻で鎮まるのだが、何故か今日は遅い。

まぁ、仕方がないか。抱きつかれているのだし。

てか、この状況を雨斗さんとか琴音さんとかに見られたらヤバくない? 追い出され……はしないだろうが、赤飯とか炊く可能性はある。


「おい、雨乃」


「うっ……さい」


「いや、うっさいじゃなくて。雨斗さんたちに見られたら録なことになんねぇから」


「しね……ばか」


「お前起きてんだろ!?」


こいつ……確信犯だろ!?

絶対に起きてるだろ!? 無意識下で「しね……ばか」とかいうか?


「はっ……! 不穏な空気!」


少し緩んだ雨乃の拘束からモゾモゾと体を動かして体制を移動させ、ドアの方向に顔を向けると。


「「……」」


居た……。

雨斗さんと琴音さんがめっちゃこっち見てる。


「いや……ちよっまって! 違うんです! 誤解なんです!」


「「……」」


琴音さんの目は好奇で溢れ、雨斗さんはニコットしている。

仮にも、娘が馬鹿野郎と一緒に寝てるんだから怒ったりとかはするべきなのではないだろうか!?


「夕陽……うるさい」


俺の腰から足を離し、雨乃がようやく意識を覚醒させる。


「昨日……あんだけ色々あったんだから……もうちょっと寝ようよ」


雨斗さんと琴音さんに気が付いてないのか、舌っ足らずな甘えたような声と上目遣いが俺を捉える。


「おっふ……」


思わず変な声が漏れた。

破壊力抜群である、効果値1.5倍は確実である。


「いや……雨乃。ド─うぉ!?」


ドアの方を見ろと言おうとしたが、雨乃にグイッと引っ張られてベッドに戻される。


「雨乃さーん!? ちょっとー!? デレすぎじゃない!?」


俺知ってる! 雨乃がデレるとそのあとのしっぺ返しがとんでもないって経験則で知ってる!


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。今日はゆっくりしよ?」


大分寝ぼけていらっしゃる、舌が回ってないし、目もトロンっとしてるし、なんか顔が近いし。


「お父さんもお母さんも……今日は居ないから」


いる! いる! すぐそこのドアで見てる! めっちゃ見てる!


「ちょ、撫でるのやめろ! や、やめろぉぉ!」


完全に甘やかしモードである、初めて見た、重課金者限定?

というか、割とマジで誰かに見られながらこういう事されると照れる、死ぬほど恥ずかしい。


「ねぇ……寝よ?」


あぁ、もう、ここで終わってもいい。


「……っじゃねぇぇぇぇ! 起きろ! お前の親が見てるから! 起きろ! これ以上は俺の精神が持たん! チキン舐めんなァァァァァ!」


力いっぱい叫びをあげた。

どうやら俺の鬼気迫る勢いに気圧されたのか、雨乃が目をバッチリと開けて、俺を見つめる。

そして、自分が寝ぼけざまに何をしていたのかを思い出して顔がみるみる紅くなっていく。


「あ、え、っ! ご、ごめん! 寝ぼけてて」


そして、逸らした視線の先にはいやらしい笑みを浮かべる自分の両親、雨乃は間違いなく耐えきれない。


「ち、違うの! お父さんもお母さんもニヤニヤしないで! 何も無いから! 夕陽と私の間には何も無かったから! やめて! 手招きしないで! 説明することなんかなにもしてないからぁぁぁぁ」


雨乃の悲痛な叫びと同時に星川家の朝はスタートしたのだった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「と、言うわけなのよ」


シャリッという食感が美味しい、南雲に差し出されたいたはずの林檎を一欠片いただいて、今日の朝のそこそこ幸せな光景を南雲と夢唯と瑛叶に説明してやった。


「おい、なんだその胃もたれしたみたいな顔」


「「「他所でやれ」」」


「甘ったるい自覚はあるから」


お見舞い件ミスコンの相談に瑛叶を連れて来たのだ。

本来は雨乃も来るはずだったのだが、完全に死んだ顔で部屋の隅に蹲っていた。今頃、琴音さんからの質問攻めにあっているのだろう。


「つーか! 俺! 彼女と! イチャイチャ! してるの!」


南雲がバンバン、テーブルを叩きながら主張するが、こいつに発言権は今ない。


「うるせぇ、お前らを集めたのは理由があんだよ」


「夕陽、一ついいかい?」


「言ってみろ、パーカーボクっ娘」


「その悪意のある言い方をやめろ。陸奥がいないのはなぜ?」


「誘ったんだが大会らしい」


「把握。続けて」


自分でカットしてタッパーに詰めていた林檎を食べながら夢唯が続きを促した。

はぁっと息を吐いて、表情を切り替える。


「お前らに、頼みがあるんだ」


俺がそう言うと、南雲と瑛叶は顔を合わせにやりと笑う。


「「分かった」」


やっぱりな、コイツらはこういうと思っていた。


「助かる」


俺らのやりとりに夢唯は困惑を隠せないようだ。


「えっ? 夕陽なにも言ってないのに、二人とも受けるのかい?」


「そんなもんなぁ、瑛叶」


「あぁ、そうだな」


はっと鼻で笑って、二人は口を揃えて言葉を吐いた。


「「親友だからな」」


ほんっと、こういう事を真顔で言われるとコッチが恥ずかしい。


「……あぁ! もう! 分かった、ボクも了承しよう。できる範囲で力を貸すさ」


パーカーを被って、恥ずかしそうに声を上げる。

よし、これで協力者のピースが埋まりつつある。


「んで? 何すれば?」


南雲が問いかける、だがここで詳細情報を話すのは何となく嫌だ。

なので。


「月曜日、放課後に化学部集合。南雲はビデオ通話で」


それだけ言って、立ち上がる。

まだ、行かなきゃならないところがあるしな。


「そんじゃ、学校で」





※※※※※※※※※※※※※※※※※




「それで? お前が私の家を訪ねてくるなんて、どうしたんだ?」


目の前にはコーヒーが差し出される。

現在地は紅音さんの御自宅(豪邸)である。


「あー、えっと、どっから説明すればいいんすかね」


「ゆっくりでいいよ、時間はたっぷりあるからな」


赤い髪を昼下がりの微温い風に靡かせて優しく微笑む。


「頼みがあります」


「引き受けた」


これまた即答だった。


「雨乃がミスコンに出ます」


「あぁ、話だけなら聞いてるよ。それで? わざわざそれを言いに来たわけじゃないだろ?」


「雨乃をミスコンで勝たせたいんです」


俺がそういうと紅音さんはニヤッと笑う。


「人見知りの雨乃の事だ、さては嵌められたか? 誰かに」


「はい、それで雨乃が自身失ってて」


「だからお前が焚き付けたと?」


「はい」


いつもは筋肉ゴリラだとか脳筋ダルマだとか馬鹿にしているが、お嬢様の英才教育あってか成績優秀だし物分りもいい、話が早く進む。


「だから、力を貸してください! 紅音さん」


俺は本気で頭を下げた。

土下座でもしそうな勢いをつけて。


「ったく、水臭いな。最初っから力を貸してくれって言ったら無条件で助けてやるってのに」


「ありがとうございます!」


「お前もアイツも私の大切な後輩だからな、力になれるんなら喜んで協力するさ。家のバカも迷惑かけたみたいだし」


家のバカとは月夜先輩のことだろう。


「それで、計画は?」


いたずらっ子のような笑みを浮かべて紅音さんが笑う。


「それは月曜放課後、部室でお話しします」


精一杯、悪ガキのような笑顔を浮かべて呟いた。




※※※※※※※※※※※※※※


「先輩君! お菓子食べる?」


暁家に訪ねたら、迎え入れてくれたのは二人のお母さんだった。なんか、冬華と夏華を足して二で割ったような感じの方である。


「ちょっと、ママ!? なんで後ろ手にアルバム持ってるの!?」


「冬華! ママからそれを奪って! ゆー先輩にバカにされるぐらいなら死んだ方がましだ!」


酷い言われ用である、というかおいてけぼりである。


「冬と夏からは話は聞いてた。まるで、ヒーローみたいな人だって」


やだ、なんか照れる。


「ゆー先輩、違うからね!? それ言ってたの冬華だけだからね!? 私は言ってないからね!?」


「嘘ー、夏も先輩君のことカッコイイとかヒーローみたいだったとか言ってたじゃない」


「うっわぁぁぁぁあ! 最悪だ! 最低だぁぁぁ! 私のイメージが崩れるぅぅぅ!」


頭を抱えてデスメタバンドも驚くレベルで頭を振っている。


「……夏華、お前なんか可愛いな」


「死ぬ! もう死ぬ! ゆー先輩を殺して私も死ぬぅぅぅ」


「先輩ー、私にはー? ねぇ、私には可愛いって言ってくれないんですかぁー?」


「てか、そろそろ話進めていい?」


擦り寄ってくる冬華は無視をして、叫ぶ夏華は宥めて、目の前のソファに座らせる。

二人のお母さんは気を使って席を外してくれたようだ。


「まぁ、その、なんだ……」


本日三回目ともなるのに、以外に言葉が出てこない。


「手伝って欲しいことがあるんだけど……」


「「やります!」」


言葉の途中で二人が元気よく声を被せた。


「えっ……俺まだ何をするとか言ってないんだけどいいのか?」


「ゆー先輩が手伝って欲しいなんて中々ないじゃないですか? 私としてはそろそろ四月の借りを返しておきたいですし」


「私は! 先輩が! 大好きなので! やります! 大好きなので!」


照れるから大好き大好き言わんでくれ、マジで。


「そっか……ありがと」


「それで? ゆー先輩は何を手伝って欲しいんですか?」


「あぁ、雨乃のミスコンの件なんだが。詳しい話は月曜放課後に部室で話す」


「「部室で?」」


「あぁ、部室で」


どうせならフルキャストで。

みんな集合して話したい、顔を合わせて正式にお願いしたい。


「どうせならみんな一緒に説明するほうが効率いいしな」


「「先輩らしいですね」」


二人はそういうと、華のように笑った。





※※※※※※※※※※※※※※※



気がつけば日暮れ。

今日だけでかなりの距離を移動している。まぁ、だけど必要なことだったし嫌ではない。

さてと、残るは最後のしめだ。


「なぁ、月夜先輩」


家の付近の道で待ち伏せしていると案の定現れた。


「夕陽君? 何をしているんだい、そんなところで」


少しは驚いているようだが、俺の顔を見ると納得した様に笑った。


「とりあえず上がるかい?」


「いや、すぐ済むからいい」


立ち上がって、月夜先輩の前に立つ。


「頼みがある」


「引き受けた」


思わず笑いがこぼれた。


「どうしたんだい?」


「いや、みんな即答だなって思って」


どいつもこいつも俺が理由を話す前から「引き受けた」と即答してくれた。本当にそれでいいのか、騙されるぞいつか。


「当たり前だよ。君の頼みだ」


「理由になってなくないですか?」


「なってるよ。みんな、君のことが好きだからね。それに、いつもは溜め込んでしまう君が素直に力を貸してほしいと言ったんだ、貸さない理由なんてないさ」


ぽんっと俺の肩を叩く。


「素直に誇りなよ。これは君の人望によって得た関係だ、これは君が痛みを乗り越えてできた信頼だ」


そう言って、いつものようにニヤリと笑う。


「昨日の言葉、一つ訂正させてくれ」


「昨日の言葉?」


「僕はヒーローにはなれないけれど、君は違うよ夕陽君」


「は?」


「君は、優しいからね。目の前で誰かが困っていれば、なんやかんや言いつつ助けるんだよ」


「俺はそんな善人じゃねぇっての。それに、そんなの当たり前だろ?」


「当たり前だね。だけど、その当たり前ができないのが今の世の中だ、それが難しいのが今の時代だよ」


月夜先輩はどうやら本気で言っているらしい。


「誇りなよ、ヒーロー。みんなのヒーローにはなれないかもしれないけれど、君は確かに誰かのヒーローだよ。例えば僕とかね」


「気持ちわりぃ」


「酷いな、君は」


俺の肩を軽く殴って月夜先輩が口を開く。


「僕は何をすればいい?」


「月曜放課後、部室に集合してください。みんな、来ます」


「へぇ、みんなね。お茶菓子買っておかなきゃね」


「ですね」


先輩はそれだけ言うと、俺に背を向ける。


「ありがとう、夕陽君」


「お礼を言うのはこっちですよ」


「いいんだよ、これで。じゃあね」


それだけ言うとキザったらしく振り返らずに手を挙げる。

あの人らしいと呆れつつ、俺も家路につくために歩き出した。


ヒーロー、ヒーローねぇ。

憧れがないとは言えない、確かにそんな愚像に憧れたこともあった。だけど、雨乃があんな目にあってからは憧れを抱くことは無くなっていた。

あぁ、でも、そうか。


「ははっ」


笑が零れた。

もし、みんなが俺のことを信頼してくれているのなら。もし、みんなが俺を好きでいてくれているのなら。

もしかしたら、俺は誰かのヒーローになれているのもしれないな。

そんならしくもないことを考えながら歩いていると、気がつけば家の前だった。鍵を開けてドアを開く、玄関に足を踏み入れれば暖かく優しい空気が体包んだ。


「おかえり、夕陽」


「あぁ、ただいま」


俺を見て満面の笑みを浮かべる少女の顔を見ると、ついつい吊られて笑ってしまった。


「なぁ、雨乃」


「ん?」


廊下を歩きながら、何となくその名を呼んだ。


「あー……その、お前にとってのヒーローっている?」


呼び止めた手前、何かを言わなければならないと思い、考えていると口から出たのはそんな質問だった。


「ヒーロー? 居るわよ」


「誰?」


俺が問いかけると、雨乃は俺の胸に指を当てて微笑む。


「ばーか」


幼子のように笑う彼女の笑顔が、とても輝いて見えた。

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