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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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83/105

八十二話 I want to sleep

状況を整理しよう。

思考回路を冷却して、クールに事に当たるべきだ。

狂った脳味噌ではこの局面は変えられまい。

さて、そろそろ現状を整理しよう。


『寝ていて、ふと目が覚めたら涙目の雨乃が俺の上に跨っていた』


OK、死のう。

なんだこの状況!? 何があった!? 世界線を超えたのか!? 雨乃ルートのエンディングを迎えたのか!?


「夕陽……」


なんで君はそんなに蒸気した顔で俺を見つめているんですかね!?

発情期か!? 発情期なのか!?

雨乃の冷たい手が俺の頬に伸びる。くそ、寝た振りはそろそろ無理か!?


「はい、ストーップッッ!」


伸びた手を掴んでぐるりと体制を入れ替える。


「ひゃ! ゆ、夕陽!? お、起きてたの?」


「えぇ、起きてましたよ! お前が俺のベッドに擦り寄って来たぐらいからずっと起きてたよ!? おかげでこちとら悶々としとんじゃ!」


「へ、変態」


ぷいっと顔を逸らして、雨乃が頬を赤らめる。


「何してんだお前……」


軽く呆れながら呟くと、モゴモゴと何かを口篭る。

まぁ、きっと考えすぎて不安や後悔に苛まれた結果、何していいか分からなくなって意味不明な行動に出たということは、雨乃検定一級の俺には簡単に推測できた。


「……せ、正解」


「お前はほんとに頭悪いな」


「だいたい誰のせいだと思ってんのよこのバカ!」


今度は俺が体制を入れかえられる。

雨乃の顔がやけに近い、おかげで何かフルーツ系のいい匂いがよく分かる。


「夕陽が死んじゃうかもって思ったり、どっかに行っちゃいそうだって思ったり、あのピエロは何だったのかって思ったり、ミスコンどうしようかと思ったり……数えたらキリがないくらいの問題が頭の中でワーッ! ってなって、訳わかんなくなって」


そうかそうか、それは仕方が無いな。

……ミスコン?


「……ミスコン出んの? お前」


「あっ……えっと! 違う! 今のなし今のなし!」


とりあえず二人して体制を起こして向き合う。雨乃の顔はみるみるうちに赤くなったり青くなったり不安定だ。


「いや……あの……ね? なんか、ちょっと色々おかしくなったって言うか、因果律が狂ったって言うかね? 女子達の策略によってまんまとミスコン出場の罠に嵌められたというか……なんというか」


頬を掻きながら、視線を泳がせる。

手は小刻みに震え、顔はプルプルしている。


「つまり……」


こいつ、照れてやがる。


「で、出るつもりないよ?」


「なんで?」


「なんでって……私が出ても笑われるだけだろうし」


「……は?」


「いいの、出ない。自信ないし、やる気もないし、勝てる気もしないから」


毛布をギュッと引き寄せて少し悲しそうに笑った。

あぁ、ちくしょう。

次から次に火の粉が降りかかりやがる。


それにしてもクソムカつく。

雨乃をこんなふうに悩ませているやつ(俺含む)も、雨乃に自信喪失させた学校に蔓延る空気ってやつも、それになにより雨乃自身も。


「──笑わせねぇよ」


気がつけば、そんな言葉を吐いていた。


「俺が……俺が笑わせない。お前が勝つに決まってんだろ! このバーカッッ!」


「っな! バカって言った! 夕陽の癖にバカって言った!」


「バカだからバカって言ったんだこのバカ! お前、黙ってりゃ顔可愛いし、スタイルいいし、髪も綺麗なんだから、他のブスどもに負けるわけねぇだろ、理解しろこのバカ! てか、いつものお前なら闘志バリバリ燃やして「復讐だー!」とか言ってんだろ!?」


イラッときて心の中にずっとあった小っ恥ずかしいものを勢いに任せて吐露した。


「──プッ……! ブスって……ヒヒヒっ、ブス共って! 夕陽……アンタやっぱ最高!」


だが、雨乃に響いた言葉は小っ恥ずかしい褒め言葉ではなく、ブス共という言葉だったらしい。

笑いを堪えていたのか、引き攣ったような笑い声が雨乃の口から零れ落ちる。その笑顔は留まるところを知らず、涙で濡れていた顔に笑顔が広がっていく、それに釣られて俺も笑いが溢れ出た。


「勝てるの? 私が」


「勝てるよ、お前は」


「迷わないのね」


「迷うもんか」


一瞬の迷いも無く言い切った。

迷う必要なんて微塵もなかった、迷う理由なんて1グラムもなかった。


「でも、なんか……誰だったけ? まぁ、私を祭り上げた主犯格の子の彼氏が美容師とかでメイクとかもバッチリ決めるらしいの」


一応興味があったのか、情報収集はキチンとしているようだ。


「そんな子に私……勝てるかな?」


「俺が……俺達が勝たせてやる」


にやりと笑ってそう言った、きっとこの方がコイツは安心すると思ったからだ。


「……バカねアンタって」


「あん?」


「こんなつまらないこと無視すればいいのに、食いついて励まして首突っ込んで」


「つまらなくなんてねぇよ、お前がウジウジしてんのは死ぬほど腹立つだけだ」


「何よそれー」


そんなもん、決まってんだろ。

俺が好きになった雨乃は、俺が恋をし続けているお前は、こんなところで腐ってるような奴じゃないだろ。

そんな事を思っていると、雨乃はクスリと笑い俺の頬に手を伸ばした。


「本気で言ってるの?」


「……任せとけ、悪魔に魂売ってでもかたせてやるよ」


「言ったわね?」


「任せとけ、灰かぶり」


「灰かぶり?」


雨乃が頭に疑問符を浮かべた。

母さんが言ってた、灰かぶりとは灰かぶり姫の略、いわゆるシンデレラ。


「お前が灰かぶりなら、俺は魔法使いだ」


壁にかけて合った、前に瑛斗の誕生会で使った派手な色のとんがり帽子をかぶる。さながら、偽物の魔法使いのように。


「こほんっ」


咳き込んで、雨乃の前に軽く膝立ちになる。

今からやる行為が死ぬほど恥ずかしいことだと知っていて、後で死ぬほど枕に顔を埋めて雄叫びをあげると知っていて。

されど、言葉を吐かずにはいられなかった。


「『貴方がこの手を取るというのならば』」


雨乃の前に右手を伸ばす。

このセリフは雨乃も知っている……というか嫌と言うほど覚えている。母さんの小説のとある一文、母さんが珍しく書いた純愛小説のほんのひとコマ。


「『僕が貴方を誰にも文句を言わせない、立派な主人公(シンデレラ)にしてみせよう。願いの対価は貴方の笑顔、この手を取るというのならば満面の笑みを見せてくれると約束してくれないか?』」


多少、セリフに改変はあったものの大凡は原作通りの言葉を紡いだ。恥ずかしさに飲まれて顔から火が出そうな勢いだ、だが何かのテレビでやっていた「恥を忘れること」という俳優の言葉が役に立った気がした。


「なに似合わないことしてんのよ」


クスリと笑って雨乃がその手を取った。


「乗せられてあげる、騙されてあげる、煽られてあげる」


まるで恋人のように優しく、強く、固く握って俺が一番見たかった表情を咲かせる。


「ありがと、夕陽」


それだけでここ何日かの苦労が、痛みが報われた気がした。




※※※※※※※※※※※※※※




雨乃を部屋に置き去りにして、一人ベランダの適当なところに腰掛けた。ここまで寒かったか? と疑いたくなるほど最近の気温は低すぎて風邪でも引きそうだ。

手で遊んでいたスマホと向かい合って、これからやる正気の沙汰とは思えないことについて思考を張り巡らせて本気で憂鬱になった。


「……まぁ、言い切っちまったしなぁ」


南雲の痛みを請け負ったせいか、自分の痛みのせいか、はたまた憂鬱だからなのか、思い指先を滑らせてスマホのロック画面を開いた。

連絡先の欄をタップして、その番号を見て頭を抱え込んだ。

間違いなく、文字通り、この番号にかけた先に待っているのは悪魔との契約である。

されど、仕方がない。腹を括るしかない。

番号をもう一回タップすると画面が【連絡中】になる。


「もしもし……」


掛けた理由は何個かある。

悪魔的なまでのずる賢さと、天才的なまでのカリスマ性。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となれば二人しか思いつかない。

最悪で最低で、鬼で悪魔で、神も仏も恐れないで、母さんの残虐性を引き継いでいる強くてニューゲームな双子姉。


『もーしもし? どーしたのー?』


のっぺりとした口調に抑揚のない声、これは夕璃だ。

そして、背後から聞こえてくる。


『んー? 夕陽から?』


その後ろから聞こえてくるアホみたいに快活そうな声は夕架。

その声に頭が少し痛んだ。マジで辛い。


「……頼みがあるんだ」


息を深く吐き出して、歯を食いしばって声を絞り出した。

く、屈辱すぎる。


『『……』』


電話口の向こうから聞こえてくるのは明らかにテンションアップしている双子の姉達の沈黙だった。


『うっそー! ゆーひがお姉ーちゃん達に頼みごとー!?』

『マジで!? 夕陽ってあの夕陽!? 愚弟の夕陽が私達に頼み事!? ほんとに!?』


「だァー! うるせぇ、うるせぇ! 正真正銘お前らの愚弟の夕陽だよ! 文句あっか!」


こういう反応は予想していたが、あまりにもテンションが高すぎる。


『やだー! 超可愛く思えてきた。夕陽ー? おねぇたん達のことすきー?』

『ゆーひは元々ーおねーちゃん達が大好きなのです』


あぁ! もう! 話が進まねぇ!


「いいか! 今から言うことを黙って聞け!」


そう怒鳴ると電話口の向こうは静寂に包まれる。


「雨乃がミスコンに出る。だけど、ぶっちゃけ状況は最悪だ、俺だけの力じゃ負ける可能性もある」


息継ぎしながら喋る。


「だから、お前らの……姉貴達の力を借りたい。ファッションやらメイクやらに詳しい人間が協力者に必要だ。姉貴達言ってただろ? ファッションとかメイク関係に就職するって」


そこで一拍置いて精一杯の誠意を込めて言葉をつなぐ。


「力を貸してほしい。姉貴達の知識とか技術とか悪魔みたいな所とか最悪なまでに人の心を煽る力とか、そんなもんが今必要なんだ」


『もちろん、何かしらの見返りはあるよねー?』


夕架の冷たい声が耳にこびりつく。

言うと思っていた、絶対に言うと思っていた。

だから、答えは用意していたのだ。

()()()()()()()()()()()()()()


「なんでも聴いてやる。なんでも、姉貴達の出す条件には従ってやる」


溜息と共にその言葉を吐き出した。


『りょーかい。その条件をうけいれよー』

『面白くなってきた! いいわよ、夕陽、覚悟しなさい!』


こうして悪魔的契約は果たされてしまった。

もう、契約の反故はできない。もう、あとには戻れない。もう、戻る気などサラサラない。


「いいじゃねぇか……こき使ってやるから覚悟しろ」


『『望むところ』』


あーあ、俺死ぬもしれない。

精神的にも肉体的にも社会的にも。


『来ーるのはねー』

『来週の土日にかな』


「分かった。頼んだぞ」


それだけ言って、一方的に電話を切った。

これ以上何かを言われると、とんでもなく困ることになる。

スマホをポケットに入れて、暖かい部屋の中に入った。冷蔵庫から冷えた水をガブ飲みして、そのまま階段を駆け上がった。


「……こいつ、男の部屋って自覚はあんのか」


俺のベッドの右端を雨乃が寝息を立てて占領していた。随分とまぁ可愛いベッドテロリストだ。

無防備に広げられた手に吸い込まれるようにベッドに横になった。


「はぁ……」


まぁ、今日ぐらいは甘えていいだろう。

悪魔と契約したり、誰かに痛みを奪ったり、ピエロマスクをぶっ飛ばしたり、太腿刺されたり。

いい加減、非日常の馬鹿騒ぎにも疲れたんだ。


「今日ぐらいはいいんじゃない?」


ベッドに横になると、幼子をあやすような優しい声が聞こえてきた。

そして俺の頭を抱えるようにして柔らかい感触が頭を包む、そのせいか一瞬でも眠くなってしまった。その手を振りほどく力すら湧かないほどに。


「起き……てんじゃ……ねぇかよ」


沈みかかる意識の中、そんな皮肉を吐き捨てた。

頭を包み込む優しい感覚と誰かさんの体温と、優しく撫でつけられる後頭部の感触が痛みを全て忘れさせてくれるようだった。

そして俺は、幸せな眠りについた

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