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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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80/105

七十九話 代打

脳内で何が弾ける音がする。


「先程までの威勢はどうした」


その指が破壊を紡ぐ。

その腕が終わりを生み出す。

人間としての当たり前の危険回避本能が最大音量で警報を鳴らす。


逃げねば死ぬ。

このままでは死ぬ。


「はぁ……はぁ」


痛みが身体を伝う。

レベルが違う、そう思ったのはいつぶりだろうか。

紅音さんを見た時か? それとも夕陽と初めてやり合ったときか?

それとも、憧れをこの目で見た日か?

どれも違うと、南雲の思考回路が導き出す。アレは違う、アレは化物だと、人の摂理から外れたものだと導き出す。


「それでも……」


バキッと身体の何処が悲鳴をあげる。


「立たねぇ訳には行かねぇんだよ」


思考をジャックするのはパーカーを被った少女の笑顔。

立たねばらなぬ、終わるわけには行かぬ。

あの男が、想い人を守るために立ち上がり続けたように。


「……君も彼も。はぁ、まったく困ったものだ」


負けるわけには行かない。

ここで自分が折れてしまえば夢唯を守れなくなる。


「あと何回だ? あと何度──」


身を屈め、走り出す。


「あと何度、僕が君を折れば──」


そのふざけたピエロマスクに一撃を叩き込む。


「諦めがつくのかな?」


嘲笑混じりのその声音が、ゾクリと背筋を舐める。

直後、何度目かの破壊が南雲の全身を包んだ。







※※※※※※※※※※※※※※※※





「あの馬鹿、ガソリン入れとけっての!」


「ほんっと、君ってば緊張感の欠けらも無いよね? なんだろう、こう、良い意味で」


「絶対バカにしてんだろアンタ!? チックショォ……なけなしの千円だぁぁぁぁぁ」


「金なら後で僕があげるから、必殺技みたいに叫ぶのはやめてくれ。スタッフの人達が笑ってる」


勢いよく飛び出して数十分、ガソリンがやばい事に気が付きガソリンスタンドに入った我々二人組、未だに手掛かりなし。


「んで、あのピエロの場所は?」


「うーん。元が一つの存在だけあって、何となくは分かるんだけどね。詳細な場所まではなんとも」


「それがこの当たりって事っすか」


ここら辺は夢唯の家の近くである。

ということは、夢唯が狙われかけた時に南雲が横槍を入れたのか。


「……夢唯に伝えた方がいいっすかね」


「いや、余計な混乱を招く可能性もあるからね」


「考えたくねぇっすけど、ピエロが南雲をぶっ潰して夢唯に来た場合は?」


「紅音を夢唯ちゃんの家に派遣している」


じゃあ、今のところ一安心か。

スマホを開くと南雲の部下? から続々と情報が俺に集まってきていた。


「先輩、有力な情報来た」


「どれどれ、『林にて奇妙な爆発音』か。林と言うと、ここら辺にあるかい?」


「お化け林って呼ばれてる肝試しスポットならあります」


「じゃあそこに行こうか。僕が運転しよう」


そう言うなり先輩がハンドルを握る、渋々了承しつつ後ろに腰を下ろした。


「嫌だなぁ、先輩の運転」


「なぁに、あんまり乗らないけども腕は確かだよ」


「根拠は?」


「グラセフとかやってるから」


「根拠になってねぇぇぇぇぇ」


絶叫と共に、バイクが発進した。




※※※※※※※※※※※※※※※※※




「紅音先輩」


「なんだ、夢唯」


「おかしくないですかね」


「何が?」


「ボ……ボ……ボクが」


「ボクが?」


息を吸いこんで、絶叫に等しい声を上げる。


「ボクが何でゴスロリ服を来ているんですかぁぁぁ」


三十分ほど前、急に押しかけてきた紅音は開口するなりこういった「お着替えの時間だ」と。

それから夢唯はひたすら着替えさせられ、写真を撮られるのエンドレスループに陥っていたのだ。


「決まってんじゃん、可愛いもん」


「嫌だァァ。ボクのアイデンティティが崩れていくぅぅ」


「雨乃も陸奥も通った道だ」


「なんですか! なんなんですか紅音先輩!? 月夜先輩にすればいいじゃないですか!」


「もうした」


「手遅れだった!?」


ニュアンスの違う絶叫が谺響する。

いつもと離れないスースーするスカート。顔を隠すパーカーのないフリフリの上着。


「よく聞いてくれ、夢唯。これには私なりの理由があるんだ」


「り、理由?」


涙目になりながら、その理由を聞こうと耳を傾ける。自分のゴスロリに意味があるのか気になるのだ。


「私は──可愛いものが大好きなんだ」


純度100%の笑みでそう言って笑う。


「ひ、ひぃぃぃ」


「さぁ、次は旧スク水だ。雨乃は可愛かったが微妙だったし、陸奥は胸がアレで入らなかったが、夢唯みたいな適度な胸なら……」


「や、やめろぉ! そのスク水を持ってボクに近寄るなぁァァ」


その時、夢唯を救うように紅音のスマホが振動した。

ジトーっとそのスマホを見つめ、舌打ちをしてLINEを確認する。


「……ったく、どいつもこいつも」


「な、なにかあったんですか?」


「聞きたいか?」


一瞬で、紅音の表情が変わる。


「……?」


「お前にとって、知らなくてもいいことかもしれない。知らない方が幸せなことかもしれない。それでも、知りたいと思うか?」


唐突に投げられたその質問に、夢唯の表情が強ばる。


「……南雲に何かあったんですか?」


何となく、そう思った。

なんの事前情報も無かったが、直感的に南雲に何かあったと思った。


「よく分かったな。どうする?」


「聞きたいです、後悔することになっても、ボクは……」


「いい答えだ」


月夜には聞かず、紅音は一連の事件を夢唯に話し始めた。



※※※※※※※※※※※※※※※※



「ッグ……! んのぉ!」


ピエロに向かって放たれた拳が虚空を掠める。


「ここだよ」


トンっと膝裏を蹴られ、南雲の重心が崩れる。

手をつこうとするも不可視の一撃がそれを許さない。


「っらァァァ!」


歯を食いしばり転がりながら起き上がる。

近くに転がった鉄パイプを拾い上げ、全力でそれを叩きつける。


「きかないよ」


グニャリとピエロの周りが歪む。

鉄パイプは南雲の手を離れると音を立てることなく、飴細工のようにグニャグニャに曲がり球体になる。


「なっ」


「そうだね。昨日彼が喰らった()()なんてどうだい?」


南雲の手元が爆発した。

衝撃のあまり仰け反り、木に叩きつけられる。


「じゃあ、次はこれを」


指を鳴らす、それだけだった。


「ごッッッッ……」


口から胃液が飛び出した。

全身に流れた電流が体の自由をジャックする。


「がっ……! ッッ……! 痺……れ」


「さっきまでの威勢は? ほら、立ち上がってみろッッ」


腹部に蹴りが何度も入る。

ガードすらできない、手足が痙攣して動かない。


「もう諦めなよ、君じゃ僕には勝てない」


髪を掴まれ、顔を強制的に上げられる。


「そうだな。君、僕の部下になりなよ、そうすればここは見逃してやってもいいぜ?」


にやりと邪悪な笑みがこぼれる。


「お断りだ、ボケ」


南雲は一瞬の迷いもなく、即答してピエロマスクに血液混じりの唾を吐く。


「……まったく、愚かだな」


吐き捨てるように呟いて、ピエロは拳を握る。

バキッと空間が割れる音がする、拳の周りにナニカが集まる。


「原型を留めないほど殴りつければ、その粗末な頭脳は治るかな?」


南雲はそれでも笑い続ける。

喧嘩じゃ勝てないならば、精神までは負けるわけには行かない。

何度殴られようが、蹴られようが、折れるわけには行かない。

拳を耐えるため歯を食いしばる、覚悟を決める。


「──おいおい、やめてくれよ」


声が響いた。

その声はピエロに良く似た声だった。


「予想外の来客だ、なぜお前が?」


「僕と同じ声と背丈でそんなことしないでくれるかな? 僕に対する風評被害もいいとこだぜ?」


「月夜……先輩……?」


学生服の上にコートを羽織ったその男、ニヒルに笑いながら月夜は笑う。


「ボッコボコだね。昨日は夕陽君、今日は南雲君、次は瑛叶君かな?」


オーバーリアクションで肩を竦めながら、コートの襟を正す。


「さぁ、その手を離しなよ」


「久しぶりにあったというのに、随分と他人行儀じゃないか? もっとフレンドリーに行こうよ僕の半身、全てを偽物に奪われた何も持たない僕の半身」


「ハッ! そんな紛い物を奮っていい気になっているお前を見ると、僕まで悲しくなってくる。いいよ、くれてやるそんな症状」


「負け犬の遠吠えか? 妹すら守れなかったゴミが」


「……それはいずれ取り返す。延滞料金は高いぞ?」


「払うつもりなど毛頭ないさ、踏み倒して喰らい尽くしてやる」


冷たい睨み合いが続く。

静かな声音が林に響く、声音とは裏腹に言葉の裏には刃が潜む。


「カモがネギしょってきたとは正にこの事だね。武器も持たず、味方も連れず、人目の届かぬこの場にヒーロー気取りで単身やってくるとは。それとも何かい? 切り札でもあるのかな?」


そのピエロマスクから覗く瞳には侮蔑が込められていた、だがそんな事もどこ吹く風で月夜は鼻で笑い飛ばす。


「……何がおかしい?」


「いや……ふふっ……すまない」


「何がおかしい?」


「そうだね、言葉にするというのなら。お前の愚かさがだよ」


「僕が愚かだと?」


「あぁ、愚かも愚かだ。自分が僕に武器を与えておいて、何も持たないとかお前の目は節穴か何かか?」


指をさして、腹を抱えて笑う。


「お前に与えた症状など「隠す」というクソみたいな症状だ。それがなんの武器になる?」


「犬とハサミは使いようだぜ? 僕の半身ともあろうものが、それすらも分からないとは身から出た錆とは言え涙が出る」


「言わせておけば」


ギリッとピエロマスクの向こうから、歯ぎしりの音が聞こえた。


「あぁ、もう一つ説明するとするならば」


月夜は唇に手を当てていやらしい笑みを浮かべる。


()()()()()()()()()。それも、大バカ野郎をね」


嘲るようにウィンクを一つ、指を鳴らして合図を一つ。

そして──


「アホ野郎に変わりまして──」


ブンっっと何かが空を斬る音と男の声が唐突に響く。


「代打、バッター、馬鹿野郎」


遠慮も情も、躊躇いもなかった。

全力で振るわれた鉄パイプがピエロマスクの中心を捉え、文字通りぶっ飛ばす。


「どうだクソピエロ? 今の痛みはメジャーリーグ級だろう?」


そう言って沈みかかる夕日を背にして、大馬鹿者は挑戦的な笑みを浮かべた。

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