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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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七十八話 邂逅

全身に響く痛みを噛み締めて俺は佇む。

前方には月夜先輩、後方には夕日が燃ゆる。


「病院を抜け出したのかい?」


悲しそうな顔で微笑む。


「えぇ、あの病院は俺の庭みたいなもんなんでね。抜け出すのは朝飯前なんすよ」


やっぱり君は馬鹿だなぁとそう言って少し頬を緩めた、だが張り詰める緊張の糸は緩むことは無い。


「君が……病院を抜け出してまでここに来た理由を僕は分かっている」


「そんなら、話は早い」


一呼吸置いて言葉を吐き出した。


「ピエロの正体はアンタか?」


「あぁ、僕だ」





※※※※※※※※※※※※※※※※




「今頃、夕陽のやつは月夜先輩と話し合いか」


煙草に火をつけながら、南雲は溜息をついた。


「……未来観測の症状保持者を狙った筈なんだが、なぜ君がいる」


「まぁ落ち着けよ、煙草の一本ぐらい吸わせろ」


バイクに背を預け、煙草の火を燻らせながら南雲は髪をかきあげる。眼前にはピエロマスクの男が立っていた。


「なぁ、ぶっちゃけさ。お前誰なわけ?」


「教えるとでも?」


「まぁ、そうなるわなぁ。んーま、いっか。そういうめんどいのは俺の役目じゃねぇしな」


煙草を道路に投げ捨てて、靴底で押し潰して消す。

口に残った白い煙を吐き出して、路上に放り投げていた鉄パイプを足で上手く蹴り上げて掴み取る。


「てめぇが誰か暴くのも、てめぇと蹴りをつけんのも、あの馬鹿の役目だ」


鉄パイプを軽く振るって具合を確かめる南雲の表情が静かに変わる、人間から獣に、獣から化生に。


「だがなぁ、夢唯に手を出そうとした時点でテメェをぶっ飛ばす権利は俺にもある」


「症状すら持たない君が僕に勝つと? はっ! 数多の症状を振るう、この僕に?」


嘲笑と怒りが入り交じったような低音が響く。


「関係ねぇよ。きっとあの馬鹿ならそう言うぜ」


彼はよく知っていた、症状が万能ではないことを。症状が必ずしも所有者に利益を生み出すものではないことを。

つまらなさげにゲームをする彼女の過去を聞いて、大馬鹿野郎の過去を知って、人の心を読み解く少女の過去を理解して。

何も持たない彼はそれを理解していた。


「症状は万能じゃねぇ。そいつ俺が証明してやるよ」


ギラりと目を輝かせ、いつにもなく獰猛な笑みで南雲が吠える。


「一個しか症状のない彼等と僕を同列に扱うな。まぁいい、順序は狂ったが君も潰しておかなければと思っていたんだ」


ピエロが静かに息を吐き出すと全身に怪しい空気が行き渡る、夕日を背にした南雲とは対照的に妖気を垂れ流すピエロ。


「覚悟はいいか?」


視線が交差する。

思惑が交錯する。

言葉では(かた)らない、語れない。暴力でしか解決出来ない愚か者の戦争の幕が上がる。


「かかってこいよピエロ、テメェと俺の格の違いってやつを見せてやる」


呼吸音が重なる。

張り詰めた空気は今にも破裂しそうなほど。


ピエロは(わら)う。

南雲も(わら)う。


「「ッッ──!」」


鉄パイプと拳が激突する鈍い音が反響する。

この場所でも幕が上がる、役者は総じて大根役者の三流喜劇、されど魅せる技術は一級品。

最後に立っているのがどちらかは、未だ誰にも分からない。



※※※※※※※※※※※※※※※※




「嘘だな」


呆れと共にその言葉を吐き出した。


「……あぁ、嘘だ。半分だけね」


この男がピエロだったなら、簡単に認めるはずがない。

おぞましい程に意地汚く、知略・謀略・策略を張り巡らせるのがこの男の本質だ。


「あのピエロは僕であって、僕じゃない」


「二重人格?」


「ドッペルゲンガーと言った方がいいのかな」


頬を掻きながら、悔しさを滲ませた声音で話を続ける。


「僕が持っていた症状はね、二つあったんだ」


「……俺と一緒か」


「あぁ、だから君に確かめたんだよ。僕だけではないってことを確認したかった、あの存在が僕だって認識したかった」


ゆっくりと俺の隣に来ると、落下防止の手摺に身体を預ける。


「一つは『奪う』、他者の症状を自分のものに出来る、僕が返却しない限り未来永劫ね」


破格の症状だな、少なくとも俺のよりは断然。


「二つ目は?」


俺が促すと、溜息をつきながら口を開いた。


「『分離』だ、僕を二つに分ける、記憶や症状や健康状態を共有した状態でもう一人の僕を作り出す症状」


そういうことか。


「その顔は察しが付いたって顔だね? 多分君の想像道理だよ」


自分への嘲笑とも侮蔑とも取れる複雑な表情を作り出す。


「作り出したもう一人の自分に寝首をかかれた。僕は『奪う』という症状そのものを奪われた」


「『奪う』だけじゃなく『分離』もですよね?」


「あぁ、今僕に残っているのは君の症状と同じレベルで使えない物が一つだけだ。集めていた五十を超える症状を奪った奴は、鼻で笑いながら僕にこの症状を植え付けて行ったよ」


「つまり、俺達をおそったのは……」


「僕の片割れだろうね。アレは『症状』を集め続ける、どんな手を使ってもね」


……言ってることは納得できる、一応の筋は通っている。


「証拠は? 根拠は? 今の俺にはアンタを手放しで信じてやることは難しいんすよ。なんせ、雨乃が怪我してますしね」


「全く君は、自分の怪我も勘定に入れろよ。証拠、証拠……やばい、何一つない」


心底困ったようにして、先輩が苦笑する。


「まぁ後でいいや。んで、ピエロの目的は?」


「……目的が変わっていなければ、症状持ちの『救済』と言った所かな? まぁ、君達をそこまでボッコボコにしているところを見ると間違いなく違うだろうが」


救済で半殺しにされたんじゃ救われるものも救われない。


「世界征服とか考えていてもおかしくないけどね」


「笑えねぇー」


ケラケラと笑う月夜先輩の頭を叩く。


「……この件、もう止めねぇよな? 俺は好き勝手暴れ回るぞ」


「あぁ、約束だからな。君達に被害が出てしまった時点で、僕には君を止める権利はないからね」


「なぁ、先輩」


「なんだい?」


思う所でもあるのか、黄昏ながら月夜先輩はコチラに顔を向ける。


「あんたが取り戻したいものって何?」


「……幸せだよ」


少し悩んだ末に出てきたものはそんなセリフ、微かに笑が零れた。


「気をつけろ、アレはもう人じゃない。症状と痛みと記憶を吸収して育った化け物だ」


「痛みと記憶?」


「奪う……この症状の副作用はね、症状に纏わる痛みや記憶が流れ込んでくることなんだよ。その痛みは想像を絶する、その痛みは空想を有に超える」


症状の中で生まれた痛みを喰らうってことか?


「アイツの症状は現在暴走状態にある。本来の僕の症状では『痛み』と『症状』は奪えても『記憶』は奪えなかった」


「おいまて……それって?」


「あぁ、負ければ『症状』に纏わる記憶は全て消える」


危なかった……南雲達が来なかったら、雨乃の記憶は消されていた。あの日の痛みも涙も笑顔も、積み上げてきたこれまでの全ても。


「気をつけろ、夕陽君。僕達はゲームやマンガのヒーローじゃない、映画やアニメの主人公なんかじゃない。ご都合主義なんて起こらない、消された記憶は戻らない」


先輩はギリッと歯を食いしばる。


「昨日まで隣で笑っていた人が、次の日には自分に敵意を向けているかもしれない。『症状』に取り憑かれた僕達にとって、アレは天敵以外の何者でもない」


先輩はもしかすると、ピエロに大切な誰かを奪われたのかもしれない。だから、こんなに死にそうな顔をしているのだろうか。


「僕はもう、何一つ失いたくない。心地いいんだよ、この場所は、あそこで君達に囲まれているあいだは自分の業を忘れられる」


「……」


「だけど、縋ってしまう。もしも、もしもだ、アイツを倒せる人間が居るとしたのならば、それはきっと君だと思う」


「俺……?」


「ここまで積み重ねてきたんだ。そろそろ、蹴りをつけよう」


手に持っていたコートをカッコよく羽織る。


「アイツが症状を集め続けたというのならば、僕が集めたものは『人』だ」


その時、屋上に向かう階段を駆け上がる音が聞こえた。


「ぜェ……ぜェ……やっぱ……ここにいたァ!」


扉を開け放ったのは相坂 空、南雲の荒廃だった。


「……やっぱりか」


頭に手を当てながら、月夜先輩がボヤく。


「アンタ、まーた何か隠してたな」


「僕もさっき知ったんだよ。彼からLINEがきた」


月夜先輩が開いたのは南雲のLINE画面。


『ワレ、イマカラ、ピエロ、シバキタオス』


なぜ……暗号風?


「おい、まて、つまりは……」


「特攻したんだよ、彼は。無謀にもね」


「あんのバカァ」


「彼も君にバカって言われて心外だろうなぁ」


「そろそろいいですかね!?」


相坂が叫ぶ。


「南雲さんは、かなりヤバいです。最後にチームの奴が見た時には、南雲さん飛んでました」


……飛んでた、だと?


「そして……その」


「「……」」


「地面に穴が空いて、南雲さんとピエロマスクは消えました」


つまり、状況は最悪、南雲の安否は不明。


「急ごう夕陽君、間に合わなくなる」


「相坂、アシの準備は?」


「近くの空き地にバイクを準備してます!」


そう言って俺にキーを放る。


「お前はどうすんだ?」


「迎えが裏門の所に来てます、あのバイクは好きに使ってください」


「さんきゅーな」


校舎の階段を駆け下りる。

全身には燃ゆるような痛みが未だ取れずに伝わるが、それすらも心地いいと思ってしまう。


「それじゃ、見つかったら連絡ください!」


そう言って裏門の方に消えていく相坂を見送って、俺と月夜先輩も走り出した。


「ったく、制服でバイクとか捕まったらアウトじゃねぇか」


キーを差し込んでエンジンをかけながらボヤくと、心底ムカつく笑い声が響いた。


「だから僕はコートを来ているんだけどね」


「うっわ! ずっりぃ!」


ポケットの中のスマホが揺れる。

画面を見ればラブリー雨乃たん、嘘です多分怒ってます。


『ゆーひぃー。アンタ、もう一時間経つけど?』


「あー、それな? わるいんだけど、今から大冒険だから」


『はぁ!? アンタ何言って──』


「あぁ、もしかしたら怪我が増えるかもしれないから雨斗さんに言っといてー」


『ちょ、待ちなさ──』


あとが怖いのでブチッと通話を終わらせる。何事もクールに行かなければ、だって考えれば怖いのも。


「さてと……先輩。怪我する準備は出来ていて?」


エンジンを吹かしながら、問いかけるとトンチンカンな答えが帰ってくる。


「大丈夫さ、僕には肉盾が居るからね」


トンっと俺の肩を叩く。


「……アンタ、ピエロの超高速パンチが来たら盾にしてやる」


「……アイツがソニックブームとか放ってきたら、君が身代わりなるんだよ」


睨み合いが続く、舌打ちを叩きあって、それぞれ内心「こいつを盾にしよう」と思いながらいがみ合いをやめる。


エンジンの爆音が響く、公道に乗り出せば後ろに乗った時とは違った風の心地よさが身体を包む。

すぐに追いつく、それまで、耐えてくれ。






















※※※※※※※※※※※※※※※※※※



額から、血が溢れる。

左手には激痛が迸り、腰に力が入らない。


「チッ……流石は不良グループのボスか。ここまでやるとは」


「……あぁん? この程度で音を上げてんのか」


口の中が軽く血の水溜まりのようになっていた。

鉄くささの残る口内から血液混じりの唾を吐きしだして、南雲は笑う。


「まだまだだろうがァ。こっから先がおもしれぇ、最っ高だね、あぁ、本当に最高だ」


感覚の消え去った左手を痛みに耐えて持ち上げる。


「狂人め」


「あぁ、テメェもな」


状況は絶望的、されど南雲の双眸には敗北は映っていない。

狂ったように笑いながら、壊れたように舞台の上を踊り続ける。

操り人形では終わらない、かませ犬では終われない。


(チッ……こりゃ、やばいかもな)


額の血を拭う、身体から溢れ出るSOS信号を無視する。

武器はもはやこの身一つ、されで敵は強大。


(確か夢唯が言ってたなぁ、主人公ってやつは()()()()絶望的な状況を覆す)


溜息を吐き出す。

微笑が零れ落ちる。

拳を握る力は残っている、まだ踏ん張る力は残っている。

ならば、戦う以外の選択肢など消え失せた。


「あーあ、あの馬鹿に絆されちまったかなぁ」


歯を食いしばって地面を這いずって、それでも尚手を伸ばす奴を見て、心底カッコイイと思ってしまった。


「何をボソボソと」


「なんでもねぇよ」


吐き捨てて、嘲笑う。


「さぁ、こっから先が本番だ」


漢は笑う、痛みを超えて尚、その双眸に希望をともす。

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