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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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七十六話 疑惑

ふわふわとした感覚だった。

身体を貫くような痛みも、全身をくまなく砕くような激痛もない。ただ、フワフワした感覚だけが全身に残っていた。


「……あぁ」


ピッピッという聞きなれた電子音が耳元で響く。

窓から外を見れば薄暗い、壁に掛かった時計に示されていた時間は午後六時半、アレから二時間半も経っていた。


「起きたかい」


声の方に首を傾ければ、白衣の雨斗さんが立っていた。


「気分はどうだい?」


「最低最悪な気分ですよ……てか、雨乃は?」


「無事だ、君が倒れた後に間一髪で瑛叶君と南雲君が雨乃を助けたよ」


瑛叶と南雲……アイツら、追いかけて来てたのか。

あぁ、良かった。心の底からそう思ったのと同時に、情けなさが全身を襲う。


「薬で錯乱した暴漢に襲われたんだったね」


暴漢……? 錯乱……?

違う、あれは意図的に雨乃を狙っていた、雨乃と言うよりは雨乃の症状を。


「分かってる。そいつは雨乃を狙ったんだろう? 瑛叶君と南雲君がそう言っていたよ。だが、警察はそういう風に処理している」


操られているのか、それとも根回しがあったのか。

どの道、やばい相手だってことに変わりはない。


「ありがとう。雨乃を守ってくれて」


「……守ったのはアイツらですよ。俺は……守れなかった」


ギリッと奥歯を噛み締める。


「違うよ、君が守ったんだ。君が来なければ、あの二人は来なかったんだからね。腐ってないで、少しは誇りなよ」


「……うっす」


「そして、僕はそれと同時に怒っている。君は何度昔から救急搬送されれば気が済むんだい? 両親があの二人じゃなかったら、とっくに君は引き取られてるぞ?」


「……てへ」


「可愛くない。ったく、目立った怪我はないものの暫くは絶対安静だ! 右肩はボロボロだからな、気をつけて生活するように」


「はーい」


雨斗さんの話じゃ、明日には退院していいそうだ。

それにしても、明日のしっぺ返しが気になるところだ、痛みで死ぬんじゃなかろうか。

嫌だなぁ、チラッと腹を見ればドス黒くなっているし、肩には包帯が巻かれているし、何故か頭は鈍く痛む。


「あーあ、情けねぇ」


誰もいない病室で、静かにボヤく。

カッコ悪い、死ぬほどカッコ悪い。


「陸奥の道場で鍛えてもらうかなぁ」


騒々しい日常から、こうして病室に隔離されると毎度毎度色々思い返してしまう。家のベッドの次にこの病室に泊まっているのではなかろうか? そう思えば、大概ヤバいやつである。


「電話すっか」


スマホをとって瑛叶にかけると、ワンコールで電話に出た。


『……目、覚めたのか』


「おう、世話かけたな。あの後、どうなった?」


『特になんもしてねぇな、馬鹿みたいな速度で襲ってきたピエロを南雲が感で押さえ込んで、俺が顔面に二発本気で蹴り入れたら「また、日を改めよう。南雲君を相手にするのは不味いからね」って言って煙のように消えてったよ』


……南雲は人間なのか?

あのスピードで突撃してきたピエロを抑え込むって、それできんの紅音さんか南雲ぐらいのものだろう。

それよりも、瑛叶の蹴りを二発食らってまだ意識があったのかピエロは、一応サッカー部のキャプテンだぞ。


『人の顔面を初めて蹴った』


「感触は?」


『ボールの方が蹴りやすいな』


「だろうなぁ」


そう言って、ケラケラと笑う。


「雨乃は?」


『ガチ泣きしてましたぜい? 慰めんの大変だったわ』


「そっか。南雲はなんて言ってた?」


『「カッコよかったぞ」だってよ。俺からすりゃ、馬鹿がいつものように馬鹿やっただけだったけどな』


「そいつはどーも。ところで、月夜先輩には?」


心中を渦巻く不安を改称するために、瑛叶に質問した。


『……伝えようとしたんだが、南雲に止められた』


やっぱし、アイツは何となく気づいてんのか。


『それより、薬やってる奴が錯乱してやったことになってるな』


「深くは突っ込まない方がいいよ、あのピエロはやばいからなぁ」


『それは分かる。飯だ、電話切るぞ?』


「おう。……世話かけたな」


『今度ジュース奢れ』


そう言って、電話は切れた。

ジュース如きで借りが返せるのなら安いものだ。

次は、南雲だな。


『おう、そろそろだと思ってたぞ』


電話をかけるなり、そう言って南雲が笑う。


「世話かけたな」


『気にすんな。それよりだ、あのピエロなんだが』


「あぁ、分かってる。俺も今になって思えば、類似点が多すぎると思ってるんだ」


『あのピエロの正体は……』


()()()()かもしれない」


言いたくなかった言葉を吐いた、疑いたくなかった人を疑った。

少し胸がチクリと痛む。


『お前が休んでるって知っている・お前と雨乃が喧嘩してるって知っている・症状に固執してる・俺達全員の名前を知っている。そんでもって、あの人が症状を調べる理由は未だにハッキリしていない』


「それに声も、あと呼び方もだ。声に至っては症状で誤魔化している可能性もあるから何とも言えないがな」


それに……もし、月夜先輩がピエロなら俺に雨乃の危機を知らせた奴の思惑も理解できる。


『このことは、ハッキリするまで伝えない方がいいな』


「あぁ、月夜先輩じゃなかったとしてもグルの可能性もある。あの人が白とハッキリするまでは接触は避けた方がいい」


『だな』


「雨乃はどうしてる?」


『夢唯と陸奥が泊まり行ってるよ、あと用心棒がわりに紅音さんも。あの四人にも口封じしておいた、紅音さんは渋ってだかな』


「助かるよクソヤンキー」


『感謝しろ、大バカ野郎。明日は、学校来れんのか?』


「行くよ。二日も休むのは流石にな、それに実行委員ですし?」


『おう、よく休みよ』


「あんがとな。じゃ」


そう言って電話を切った。

これで、情報も聞き出せたし確認も終わった。


敵は月夜先輩……なのか?

あの人が敵だったというのならば、あの屋上でのやり取りは? あの公園での懺悔は? あの時の月夜先輩はとても嘘をついているふうには見えなかった。


「疑心暗鬼に陥ったなぁ」


自分の目で見て、聞いて、考えて、考えて、考えて。そうやって、答えを導き出すしかない。

まぁ、どの道あの人が胡散臭いのは確定だ、何を隠してやがるのか暴いてやらなきゃならんし、あのピエロは次こそボコボコにしなければ腹の虫が収まらない。


「まぁ、今はとりあえず怪我を治すか」


軽く腫れた顔をさすりなから、静かに呟いた。




※※※※※※※※※※※※※※※



気だるさに包まれた身体を引きずって、雨乃と入れ替わる形で家に帰り制服に着替え学校に向かった。

そう言えば、昨日のクソダサい一件以来雨乃と接触してない、これあれじゃね? 嫌われてんじゃね? 普通電話とか掛けてこない? これキツくない?


「きつい……まじきつい」


身体はボロボロ、半端なくボロボロ。

痛みが来るまでは後数時間、それを思うだけで憂鬱になる。


「重役出勤だな、紅星」


校門の前では月夜先輩の姉、月陽(つきひ)先生がいた。


「だーいぶ久しぶりですね」


「あぁ、だーいぶ久しぶりだな。最後が夏休み前にすれ違ったぐらいだし、こうして喋るのは四月の紅星フルボッコ事件ぶりだ」


「やめて先生。その名称やめて!」


クソみたいな名称に頭を抱える。

まぁ、俺は二年生だし。月陽先生は三年担当の先生だし顔を合わせないのもしょうがないか。


「まぁ、私は半ば夕陽がやらかした時の担当っていう役割でもあるのだが。という訳で、暴漢に襲われたお前には少し聞きたいことがあるから指導室に行くぞ」


「えぇー、ちょっと酷くないっすかー?」


「仕方ないだろう。それが学校という組織だよ」


「……先生、月夜先輩さ」


「お前の言いたいことは分かっている、襲ったのは薬で錯乱した暴漢などではなく他のやつなんだろう?」


……この人も事件の真相を知っている?


「そして、その犯人は私の弟。つまり、月夜に酷似していた」


「はい、そうです」


「……詳しい話は私の口から語ることではないだろうから、アイツに聞いてくれ。一つだけ言えることがあるのならば、あの愚弟は昨日その時間は職員室で入試の事を担当の教師と話していたよ。その姿を何人もの先生が見ている、勿論、この私も」


他人の空似?

いや、違う。あの男は、確かに月夜先輩だった、一晩経ってその疑惑は確信に変わった。


「まぁ、あの愚弟もあの愚弟で、とんでもない爆弾を抱えている。奴が君達に何も言わないのは、問題に巻き込みたくないっていうのもあるのだろうが、こうして襲われてしてまえば無関係とは言えない」


こめかみに手を当てて、指で押しながら月陽先生は哀しそうに笑った。


「……頼む、紅星」


「……?」


「アイツは、酷く脆い。昨日、君達が襲われたと聞いて随分と取り乱していたぐらいだ。そんな弱い愚弟だ、君ぐらいヤバ……強い奴が傍にいれば、多少はマシになるだろう」


あれ? いまヤバイって言わなかった?


「さて、話は終わりだ。私も君も嘘をついているが、それっぽいこと言って誤魔化してくれ。私も助け舟はだそう」


「助かります」


重い扉の音が聞こえ、中を見れば強面の先生達がいた。日頃ならば多少はビビるのだろうが、今はそんな事は思えなかった。


月夜先輩への疑惑は尽きず、されど何処かで信じたいと思う気持ちはある。

この問題、思った以上に根が深そうだ。


「入れ」


教師の声に促され、室内に一歩踏み出した。

どの道、月夜先輩には聞きたいことが山ほどある、この話し合いをとっとと終らせて、月夜先輩と蹴りをつけなければなるまい。

静かな決意を胸に、指導室の椅子に座った。

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