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Evening Rain  作者: てぇると
文化祭編

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76/105

七十五話 敗戦と開戦


「おい、テメェ……なにしてやがる」


凍てつくようなほど低い声が世界に響く。

ブレる視界、ぐらつく脳味噌、働かない思考回路。

そんな中でも一つだけ、分かることがあった、ピエロを挟んだ先に薄く見える茶髪の少年は誰が見ても分かるほど怒っているという事だ。


「──ハハッ! ハハハハハッッ! ここで登場とは、いよいよ主人公か何かかい?」


湯だった鼓膜を辛うじて、その声が震わせる。

あぁ、そうだった。いつも、いつも『彼』はこうやって助けに来てくれる。あの時も……あれ? あの時って……何だったっけ?


「──」


何かを短く吐き捨てて、ゆらりと少年の身体が揺れる。


「──覚悟はしてんだろうなぁ?」


そして、ロケットスタートを切りながらピエロの顔面に鮮やかな飛び蹴りを喰らわせた。


「ッッ! 獣か、君は。話も聞かずいきなり蹴るなんて」


「うるせぇよ、汚ぇ口を開くな」


ピエロの手が私の首元から離れた瞬間、身体は自由を取り戻す。

漂っていた浮遊感は消え去って、重力に身体が耐えきれずその場に倒れかけたが、『彼』が……夕陽が寸前の所で抱き抱えた。


「悪い、俺のせいだ」


哀しそうな笑みを浮かべながら、夕陽は私を壁に寄りかからせる、すると見たことのないジャンパーが風に揺れた。


「作戦は失敗か……君がいない時を狙ったのだけどね」


「……雨乃になんかありゃ、どこにいようが音速超えて駆けつけるさ。アイツに怪我させちまったら、俺の面目が立たねぇんでな」


首を鳴らしながら、怒りを包み隠さず前面に押し出して夕陽は声を上げる。


「ぶっ飛ばされる準備はいいかクソピエロ!」


私の頭を優しく撫でるようにして、その痛みを奪いながら大気を震わす怒声が上がった。


「……はぁ、まったく予想外だね君って奴は」


夕陽は笑う。

その先の痛みを抱えて、なお笑う。



※※※※※※※※※※※※※※※


このピエロ、やばい。

直感的にそう感じ取る、さっきの蹴りも効いてないみたいだ。


「さぁーて」


どうくる?

蹴りか、拳か、それとも頭突きか? 間合いは充分取れている、立ち回りさえしくじらなければ一方的にやられる展開は無い。


「夕陽ッッ! 避けて!」


その言葉に、振り返る余裕はなかった。

油断したわけじゃない、決してピエロから目は逸らしていなかった。なのに、そのピエロの拳は気づいた時にはもう既に俺の顔面に届いていた。


「ブッ──っっ!?」


速度のついた拳に当てられて、俺の身体が地面を勢いよく転がる。

何が起こった? 何であのスピードで俺に肉薄できた!?


「おいおい、あれだけ啖呵を切ったんだ。楽しませてくれよ」


「……冗談キツイぜ」


十中八九「症状」か。

たらりと垂れる鼻血を拭って冷静に分析する。

だとしてもどんな症状だ? 相手の間合いに飛び込む? 超スピードで移動する? それとも必ず当たる位置に移動する?

痛みはないが、脳震盪でグラつく身体を無理矢理動かして己が敵を見据えた。


「次だ」


今度は不可視の一撃だった。

横合いから驚くべき威力の鈍痛が横腹にモロ決まる。


「ッッ!?」


イタズラにその男は片手を振るう。


「次だ」


今度は空気砲のような一撃が腹部にぶち当たる。

ブロック塀でも全力で腹に投げられた重みだ、口の端から零れ落ちる血を手の甲で拭いながら、必死に対抗策を考える。


「痛みはないが、それでも身体にガタはくるだろう?」


その通りだ、痛みはないが全身に気怠さが襲っている、つまりは半端じゃない負荷が身体にかかっているという事だ。


「そんなに離れてないで、もっと近づきなよ」


ハハッと笑いながら、ピエロが縄でも引っ張るように空気を引き寄せた。

それだけで、グラりと身体が勢いよくピエロに引き寄せられる。


「なんだこれ!?」


バンッッ! と顔面に拳が入る。

反動で身体が後方に仰け反らされる、だが一瞬でまた強制的にピエロに引き寄せられる。

バンッッ……グシャッ……バンッッ……ゴリュッ!

ただ、耳元で水っぽい鈍い音が響き続ける。あぁ、殴られているのか、理解が追いつかない。

なまじ、痛みがないだけより露骨にそれを実感させられる。


「酷い有様だな、まぁいい離れろ」


さんざん殴っておいて、吐き捨てるように呟く。俺の身体をトンっと押すと、まるで強力な磁石のように電柱に身体が打ち付けられる。嫌な音が全身に響いた。


「夕陽……ッッ!」


悲痛な声が聞こえる。

あぁ、クソ、立て。言い聞かせる、まだ身体は辛うじて動いた。

俺が折れれば、雨乃の身が危ない。


「普通これだけやれば折れるんだがな。動くな」


とりあえず間合いを離そうと後ずさろうとした瞬間、身体が唐突に動かなくなる。

1ミリたりとも自分の意思では動かせない。


「君を徹底的にへし折ってから、彼女の能力は頂こう」


ピエロマスクの奥からでも分かるような邪悪な笑みが見て取れる、身体はもうピクリともうごかない。


「──もう、やめて! 症状ならとっていいから! 夕陽をそれ以上痛めつけるのはやめて!」


それは涙混じりの叫びだった。

今にも泣け叫びそうな声が俺の鼓膜を震わせる。


あぁ、そうだ。

何やってんだ俺は、みっともねぇ姿見せるために来たわけじゃねぇだろうが。


自分で自分を鼓舞しながら、一歩も動かない身体を動かそうとエンジンをかける。

一次的に症状を解除して、唇を噛み切りそうなほど食いしばり、痛みで無理矢理身体を動かそうと奮闘する。


「無駄だよ、痛み程度では身体は動かない 」


「ぐっ……ぐっうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」


身体の中で筋肉が千切れる音がする。

脳細胞が死滅して、血管が壊れそうな轟音が体内から響き渡る。


「──驚いた、動くのか。ハハッ、君は私を楽しませてくれるね夕陽君」


だが……とピエロは言葉を紡ぐ。


「これでチェックだ」


──あ、詰んだ。

眼前には拳が迫る、ガンっという鈍い音と共に意識が一瞬刈り取られる。

数十秒ぐらい経って目を開ければアスファルトの上にゴミのように転がっている、顔をあげれば雨乃に伸びたピエロの手。


「……っけんな」


歯噛みして言葉を紡ぐ。


「ふざけんな」


立てないならば這いずればいい。地べたを芋虫のように這いながら、そのピエロに近づく。

全身を襲う、笑いそうなほどの痛み。されど、俺の体は止まれない。


ピエロの手が雨乃の首を捉えた瞬間、淡い光が雨乃を包みその身体を持ち上げる。

苦しそうな表情のどこかで、雨乃の顔には確かに安堵があった。

どうせあの女のことだ「これ以上、夕陽が傷つかなくて済んだ」ぐらいに思っているのだろう。


「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああッッ!」


よろめきながら立ち上がる。

ふらつく足で走り出す。

視界は少しづつ暗くなる、足元は地面があるのかどうか定かじゃないほどグニャグニャだ。


「愚かだね、君は。もう、諦めなよ」


振りかぶった拳を嘲笑うかのように、ピエロの空いた片手が「最後にここに打ち込め」と言わんばかりに押し出される。


「うぉぉぉぉぉぉぉおおお!」


微塵も力の入らない拳で、舐めきったピエロの手のひらに拳を打ち込んだその瞬間だった。


「な──ッッ!」

「──ッッ!?」


驚愕が重なる。

爆発音に似た轟音が世界を支配する。

轟音と共に俺とピエロの腕が反発するように弾ける。


「……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


激痛が全身を襲う。

耐えきれないほどの痛みが、全身をくまなく駆け巡る。

ハンマーで殴られ続けるように、ナイフで刺され続けるように、屋上から落ちた時のように。

痛みが、痛みが、痛みが、痛みが。

ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど、紅星夕陽を支配する。


「ガフッ──ゴフッ!? あぁ……何をしたぁぁ!」


叫ぶ方に目を向ければ、ピエロも地べたを這いつくばって痛みに身体を震わせていた。

クソったれ、道理は分からないがざまぁみやがれ。

立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。次第に全身が鉛のように重くなる。そして、次第に頭も働かなくなる。


「あ……ま……の」


震える手で、横たわる少女に手を伸ばす。

届くはずもないに、それでもなお手を伸ばした。

あのピエロが立てば、今度こそ終わりだ。


「頼む……」


代償なら、なんだって払う。

幼馴染一人、護れる力をくれ。約束の一つでも、守れる力をくれ。

次第に沈んでいく意識の中で、自分の無力さを呪う。

結局俺は無力な馬鹿にすぎなかった。








※※※※※※※※※※※※※※※








何が起こったのだろうか?

先程まで圧倒的優位で私から症状を奪おうとしていたピエロは地面を転げ回っている。

夕陽がやった……? 夕陽、夕陽は!?


「嘘……だよね?」


死人のように倒れる茶髪が目に入る。

伸ばした手は力なく地面に転がり、いくら症状を使えど思考すら読めない。


「あ……あ……あぁぁぁぁぁ」


喉から声にならない音が漏れる。

私のせいだ、私が……私が夕陽を。


「クソ! クソッッ!! 何をした、紅星夕陽ィィィィィィイッッ!!」


怒号と共にピエロが起き上がり、倒れふす夕陽の方によろよろと歩く。


「ふざけるな! やめろ! 止まれピエロッッ!!」


身体は一歩も動かない。

ただ、怒号を発するしかできない。


「暗示のかかった動かぬ身体で君はそこで見ていろ、星川雨乃。この男を人通りやったら、次は君の番だ。せいぜい、そこで叫んでいろよ、いくら叫ぼうが助けは来ないがねぇ」


怒りに我を忘れているのか、ピエロは狂ったように叫ぶ。


「それ以上、夕陽に手をだしたら殺す! 絶対に殺す! 腕を折られたって、足を砕かれたって、その喉元に噛み付いて殺してやる!」


私が叫ぶのとほぼ同じだった。

ゴンッッと夕陽の頭を蹴る音が響く。


「くそ! くそ! くそっっ!」


血が出るほど唇を噛んでも、身体は動かない。

やめて、もうやめて。お願いだから、それ以上夕陽を傷つけるのはやめて。

2発、3発と音が響いた。

涙で霞んで前が見えない。自分の無力さを呪いながら半分諦めかけたその時だった。


「助けなら来たさ。それにしても、相変わらずこういう時はカッケェな」


声が聞こえた。

夕陽を蹴る音の代わりに、声が響いた。


「カッコよくなんてねぇよ、こいつはタダの馬鹿だ」


もう一つ、別の声が響いた。

聞き覚えのある、耳馴染みのある声が。


「……次から次に」


ピエロの怒声なんか無視をして、その二人は静かに歩く。


「そんな馬鹿に、魅せられてんだろ俺達は」


「違いないな。だから、俺は今こんなにブチ切れてんのか」


「そうだな、瑛叶」


煙草を吹かす男は横たわる私の身体を起こす。

手首を鳴らすその男はピエロを静かに睨んでいる。


「選手交代だ、馬鹿に変わって阿呆が二人」


ニヤリと南雲の表情が歪む。


「ちょっと待ってろ雨乃。スグに追い払って夕陽を病院に運ぶからよ」


聞いたこともないような冷たい声で、瑛叶が吐き捨てる。


「所でさ、許せねぇもんってあるよなぁ瑛叶?」


「あぁ、あるな。例えば」


短く息を吐き、二人は一寸違わぬタイミングで言葉を発した。


「「親友(バカ)の意地が踏みにじられた時とか」」


額に青筋を立てて、男達は笑う。

南雲の投げた煙草の吸殻が地面に落ちたその瞬間が、開戦の合図だった。


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